秘めた想い(ルディウス視点)
王太子に様々なところに連れ回されて一年が経ち、16歳になった。
この歳になってようやく剣術大会で優勝することが出来た。
これでレアにドレスを買ってあげられる。
でもどうやって町に誘うかが問題だ。
レアは俺が階段から突き落として以来、町に誘ってくれなくなった。
俺はあの時の事を今でも悔やんでいる。
休日の今日は自宅で剣術の訓練を行っていた。
そろそろ時間か。
俺は訓練を切り上げると汗を流しに屋敷に戻った。
休日はレアとお茶をする約束をしているからだ。
最初の頃はレアが騎士のみんなに差し入れだと休憩中を見計らい訓練場まで来ていた。
レアは俺にも休憩を勧めてきたが俺のためだけに持って来てくれないことに嫉妬して断っていた。
しかし社交界に出るようになったレアは段々綺麗になっていき、騎士の中に邪な想いを抱く奴が現れ始めた。
そんな奴からレアを引き離したくて、休日は決められた時間に俺がお茶の相手をするから訓練場には姿を見せないという約束で合意した。
あとで知ったことだが、訓練中にお茶の誘いをすると俺が嫌がるかと思い、みんなが休憩中の時を見計らって来てくれていたそうだ。
直接誘ってくれれば断らないのに、レアは妙なところで俺に気を遣う。
やはり階段から突き落としたことがレアの心の傷になっているのかもしれない。
約束の場所に行くとレアがテーブルに突っ伏していた。
これはレアが何か悩みを抱えている時によく見られる仕草だ。
レアに俺の存在を知らせるためわざと足音を立てて近付くと、顔を上げたレアの頬が緩んだ。
この表情をする時は俺に見惚れている時で俺の好きな表情の一つでもある。
ただし俺に向いている時限定だが。
レアに少しでも異性として意識してもらいたくて女性の心を掴む術を使ってみてはいるのだが…レアの義理弟扱いはまだまだ抜けないようだ。
洋服店からの帰り、俺は改めてレアが俺を義理弟としてしか見ていないことを実感した。
幼い頃からレアを見てきたが、レアには『愛される』という感情が欠落しているように思う。
公爵夫人がレアを虐待してきたのが原因だろうか?
それだけではない気がする。
自分は人から愛される存在ではない、そう考えているような…。
だからレアは俺に家族としての愛を与えてはくれるが俺からの愛には気付かない。
このままではレアを他の男に奪われかねない。
公爵の動きを見張ってはいるが、今のところレアの婚約については動きを見せていない。
手遅れになる前になんとしてでもレアをこの家から引き離さないと。
そのためにもまずレアに俺の気持ちを認識させる必要がある。
レアが俺を異性として見てくれないのなら異性として認識してもらうように踏み込むまでだ。
そんな矢先俺は王太子に呼び出されていた。
「昨日、お前が助けた令嬢を調べて欲しいんだ」
王太子が昨日人攫いの現場にいたことには気付いていた。
だがなぜ俺があの令嬢を調べなきゃいけないんだという不満を顔に出すと俺の返事を聞く前に畳みかけてきた。
「あの現場にいたお前しか令嬢の事がわからないだろ?」
王太子が他の女に目を付けたなら公爵令嬢であるレアとの婚約話は出なくなる可能性はあるため、嫌々ながらも引き受けた。
女の名前はマリエット・ドゥ・セルトン。
光の家で育ち、彼女の周辺の人間は誰も彼女を悪く言わない。
誰に聞いても彼女は優しく、思いやりがあり、可愛い…。
それが俺にとっては逆に気持ちが悪かった。
あの優しい女神のようなレアでさえ実の母親に疎まれているのに誰からも嫌われない人間が本当にいるのか?
俺が知る限りそんな人間は一人も見たことがない。
彼女を助けた時のことを思い出した。
自分になびかないと判断した俺と彼女に見惚れていたレアでは彼女の声音にわずかな変化があった。
おそらく彼女は人に好感を持たせるような仕草や声音を使い分けることで相手を魅了しているのだろう。
自分に好意を寄せていると勘違いさせるために…浅ましいな。
報告書を王太子に手渡すと興味深そうに報告書を捲った。
「ふ~ん…。施設育ちみたいだけどルディウスは彼女とどういう関係なの?」
どういうとは?
「関係もなにもあの時が初対面ですから特には…」
「あれ?そのわりには一番に助けていなかった?」
一番というかレアを助けるつもりで…ってもしかして…。
「殿下が仰っている令嬢って俺が背に匿った令嬢のことですか?」
「そうそう。人攫いに鞄を投げつけている姿が勇ましくて恰好良い女性だったよ」
何やってんだレアは!?
人攫いに立ち向かうとか危ないだろ!
「私が助けたかった…」
王太子より先に助けられたのは良かったと思いつつ、レアに興味を持たれたことは厄介だ。
「殿下にはセルトン伯爵令嬢の方がお似合いだと思いますよ」
腹黒同士。
「…お前にしては珍しいな。いつもなら躊躇いなく情報を提供してくれるのに」
「提供するだけの情報を持っていないだけです」
王太子は探るような視線を俺に向けるも一切感情を表に出さない俺に溜息を吐いた。
「お前が教えてくれないなら今度の生誕祭で探すしかないか」
本気で不参加を考えた瞬間だった。
不参加という選択は難しく、着飾ったレアと共に王太子の生誕祭に参加した。
こんなことならもっと地味なドレスにしておくんだったという後悔はあるものの、お揃いにしたのは正解だったかもしれない。
レアは気付いていないようだが、ところどころに恋人同士のような関係に見えるように細工をしておいたからだ。
分かる人には俺とレアが特別な関係に見えるはず。
これが噂になってくれればいいのだが…。
当たり前だがレアを見た王太子はすぐにあの時の令嬢だと気が付いた。
だが何より気に入らないのはレアが王太子に魅入っていることだ。
勘違いするなよ。レアは顔立ちの良い人間を鑑賞するのが好きなだけだからな。
王太子に睨みをきかせ牽制をかけるも俺への嫌がらせとばかりにレアを踊りに誘ってきた。
レアが他の男と踊るのは嫌だがいつもの調子で王太子の足を踏めばレアを誘おうとする奴等はいなくなる。
絶好の機会といえば絶好の機会なのだが…。
俺にだけ分かるように小さく首を振るレアのために助け舟を出すも王太子は気付かず…いや気付いていてわざとか。
王太子の不快な態度に眉を寄せていると嫌がっていたはずのレアが意気込んで踊りに行ってしまった。
絶好の機会だとは思ったが、レアが率先して向かうのは気に入らない。
独身同士では禁忌だが、戻ってきたらもう一度レアと踊って見せつけなければ。
しかしこの日の夜会で上がった話題は俺とレアの特別な関係…ではなく『王太子の足を踏んでも許される令嬢が現れた!』という話だった。
レアがようやく俺の元に戻ってきたと思ったら新たな邪魔が入った。
セルトン伯爵令嬢だ。
この女がどういうつもりで俺に接触してくるのかはよく分からないがレアのために女を踊りに誘った。
踊りの最中、俺の頭にあったのはレアの怯えた表情だった。
あの表情をされたのは階段から突き落とした時以来だ。
確かにしつこいこの女に苛立っていたのは事実だが、決してレアを怯えさせようと思っていたわけではない。
レアに視線を向けると会場を出ようとしているところだった。
どこに行くんだ?
「ルディウス様はお姉様と仲がよろしいのですね」
初対面に近い人間から名前で呼ばれるのは気分が悪い。
俺は女を無視して踊りを続けた。
「仲が良い姉弟が羨ましいです。私もルディウス様のように素敵な弟が欲しいです」
姉、姉とうるさい女だ。
「レアとは血が繋がっていませんから姉弟ではありません」
「…そうなのですね。ごめんなさい」
踊り終えると他の令嬢達の誘って欲しそうな視線を無視してレアを追いかけた。
王太子がレアに興味を持ったせいで面倒なことにはなったがレアが王太子に全く興味がないのにはいい気味だと思った。
振られたのだから早く諦めて他の女に目を向けて欲しい。
「お茶会?」
「はい」
俺が準備したお茶会の招待状を王太子に手渡した。
今回のお茶会は、レアの元に届いたレア曰く、野心家達の手紙の中でも王太子妃になり得る令嬢を俺が厳選して集めたお茶会だ。
「何が狙いなんだ?」
「姉上から殿下の求婚をお断りしたと聞きました。そのお詫びも兼ねての招待です」
「…まだ私は諦めてはいないよ」
遠回しにレアを諦めろと言ってみたがしつこいな。
「姉上には殿下との結婚の意志はありませんから」
「ルディウス。彼女は公爵令嬢だ。個人の意志がどうとかいう問題ではないのは分かるだろ?」
「政治的な観点を考慮されるのでしたら殿下こそもっと他の令嬢に目を向けられるべきでは?」
王太子から好戦的な視線を投げかけられたが無表情の俺にまで届かず途中で鎮火された。
「参加しても俺の気持ちは変わらないよ」
この男に目を付けられたのが一番厄介かもしれない。
レアは王太子とセルトン伯爵令嬢を結ばせたがっているが俺としてはレア以外なら誰と結ばれてくれても構わない。
しかしお茶会が実際に始まると令嬢達の標的は王太子だけじゃなく俺にまで降りかかってきた。
どの令嬢も王太子妃を目指して頑張って欲しいところだ。
うんざりしてきたところでレアが会場にいない事に気付き、レアを探しに屋敷に戻ろうとするとセルトン伯爵令嬢が話しかけてきた。
「ルディウス様。これ、血で汚してしまったハンカチの代わりに新しいハンカチを刺繍したんです」
差し出されたハンカチはすぐに公爵家の紋章だと分かるくらい立派な物だった。
「あまり上手ではないのですが使って頂けると嬉しいです」
彼女の人差し指には絆創膏が貼られている。
きっとこのハンカチを差し出された人間は一生懸命刺繍してくれたと思えるこのハンカチに感動するのだろう。
だが俺は知っている。
不格好でも沢山の絆創膏を手に貼りながらも俺のために一針一針頑張って刺繍してくれたハンカチを。
「ルディウス様が喜んで下さって嬉しいです」
喜ぶ?この女は何を勘違いしているんだ。
「以前も話しましたがハンカチは姉上が作ってくれているのでいりません」
俺は女を残しその場を離れた。
その帰りに見たのは王太子と一緒に会場に戻るレアの姿だった。
事情を聞くためレアの部屋に行って正解だった。
取り戻したハンカチを眺めながら先程のレアの様子を思い出していた。
セルトン伯爵令嬢の話をした時、明らかにレアは拗ねたような物言いになっていた。
それに『嫉妬』という言葉にも過剰に反応していた。
レアの中で俺に対しての気持ちの変化が現れ始めているのか?
いや…しかし相手はレアだし…。
火を弱めた後のレアのはにかんだような笑顔が浮かんできた。
レアが俺を好きだったら間違いなく抱きしめていた。
レア、早く俺の想いに気付いて。
俺はレアの代わりにレアから貰ったハンカチに口付けを落としたのだった。
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