危険な義理弟
私、レリア・アメール・クラヴリーがルディウス・フォン・クラヴリーの義理の姉に転生したと気付いたのはルディウスと初めて顔合わせをした7年前だった。
義理父となるクラヴリー公爵からルディウスを紹介された時に、この世界は自分が書いた物語の中だということを知った。
記憶が戻ったあの時は焦ったよ。
だって死の宣告を受けたも同然なのだから。
原作者の私がよりにもよってなんでこのキャラ?と思わずにはいられなかった。
この物語は二人の男がヒロインを巡り争いが繰り広げられるベタな恋愛小説だ。
一人は王太子、もう一人は我が義理弟のルディウスなのだが…この子、ちょっと病んでるんだよね。
愛を知らないルディウスは正統派王子の王太子とは違い、ヒロインを力尽くで手に入れようとして暴挙に走る。
監禁もヒロインを自分の物にしたいという欲求から生まれた行動だ。
だがルディウスが病んでしまったのには原因がある。
それがルディウスによって惨殺されたこのクラヴリー公爵一家だ。
私の母とクラヴリー公爵は幼馴染で将来を誓い合った恋仲でもあった。
しかし現王様の妹との縁談の話が出たことにより破談。
公爵は王女と結婚。母はしがない伯爵と結婚することに。
しかし公爵を忘れられない母と伯爵との結婚生活は破綻。
さらに好きでもない男との子供でもある私を幼い頃から躾と称して虐待していた。
子供の頃は何故母が自分を愛してくれないのか分からず戸惑ったものだ。
記憶が戻って理解したけどね。
一方、クラヴリー公爵の方もプライドの高い王女との結婚生活は破綻。
王女はルディウスを王家に仕える者として厳しく躾けるも、あまりの厳しさに心配した執事が父のクラヴリー公爵に報告したのだが公爵は無関心を貫き通した。
こんな二人に育てられたルディウスは私が出会った時にはすでに感情を表に出さない子供になっていた。
その後、お互いのパートナーが早々に急死したこともあり二人は再婚するのだが、愛する男を奪った女の子供として私の母はルディウスを毛嫌いし、原作の私は母に褒められたくてルディウスをいじめる日々。
それによりますますルディウスの心は病んでいってしまうことに。
物語とはいえ実際に生活してみると、あまりにも過酷な環境にルディウスに申し訳ない思いでいっぱいになった。
だから記憶が戻った私は決めたのだ!
ルディウスを愛しまくると!!
ルディウスの心が病む原因になったのは愛を知らなかったからだ。
だったら私が愛とは何ぞやということを身をもって教えてあげようじゃないの!
ということでルディウスと出会ってからの7年間、あらゆる方法でデレデレに甘やかそうと遊びに誘ったり、町に出掛けようと声をかけたりしてみたのだが…。
鬱陶しがられたり、拒否される毎日。
毎年の誕生日プレゼントもあげているのだが、私は一度も貰ったことがない。
私の愛は伝わっているのだろうか…。
このままだと行きつく先は死体の山の一部。
庭のテーブルに突っ伏していると足音が聞こえてきた。
「お待たせしました。姉上」
「ルディ」
上体を起こすと黒い髪に黒い瞳の無表情なイケメンが立っていた。
うちの子、カッコ良すぎるでしょ!
ラフなシャツが輝いて見える!
ヒロインを取り合うならやっぱりイケメンじゃないと!という作者の意図通り、出会った当初は見惚れてしまうくらいの美少年だった。
それが年月を重ね、あどけなさはまだ残るものの青年になった彼は色気が増してそこら中にフェロモンを撒き散らしている。
私は文字で書いていただけなのだが、実物は作者の好みが反映されているといっても過言ではない。
「今日も訓練してきたの?」
垂れそうになる涎を拭いながら笑いかけるも無表情のまま「ええ…」とルディは向かいの席に腰を掛けた。
昔から表情筋どうしたと言いたいくらい無表情で笑った顔など見た事ない。
ヒロインに対しては口元を緩めたりするくせに。
私だってルディに愛情を持って接しているのに、まだ出会ってもいないヒロインにちょっと嫉妬してしまう。
まあヒロインにしか興味が無いように書いたのは私なんだけどね。
一途なのは良いことだ。
暴挙にさえ走らなければ。
「精が出るわね。頑張るのは良いことよ」
私も頑張っているけど未だ成果は出ず。
お茶の席に来てくれるようになっただけでも多少の成果は出ているのかもしれないが。
それ以外はさっぱり。
まあお茶に付き合ってくれるようになったのも、訓練場にまで毎日押し掛けた結果なんだけどね。
きっと煩わしくて仕方なくといったところか。
考え事をしながらお茶を一口啜るとルディが口を開いた。
「…明日、町に行きませんか?」
突然のお誘いに飲んでいたお茶が気管支に入り咽た。
私が町に誘っても全く付き合ってくれなかった子が!?
「ど…どうしたの突然?」
咽ながら驚いた顔を向けると表情筋を動かすことなく返答してきた。
「夜会用の衣装を準備しようかと思いまして」
なるほど。
私の一つ下のこの子は今年16歳。
成人となり夜会に参加出来る歳になった。
「それならお姉ちゃんが成人祝いに買ってあげるよ」
姉面のドヤ顔でお茶を啜るもルディは小さく首を振った。
「いえ…。王太子殿下から褒賞金を頂いたのでそのお金で買おうと思います」
今度はお茶を飲み込めずに噴き出した。
「…姉上…」
さすがの無表情も眉間に皺を寄せた。
たぶんこの子は褒賞金について驚いていると思っているだろうが、私が驚いたのはそんなところではない!
「王太子殿下と知り合いなの!?」
だって原作で王太子と知り合うのはヒロインと出会ってからのはずなのに、なんでもう知り合ってんのよ!
「王宮にいるとよく絡まれます」
なにそのヤンキーによく絡まれますみたいな文言は。
「護衛など近衛兵に頼めばいいのに何故か騎士団にまで来て俺を指名してくるので困っています」
そうか…よく考えたらこの子が王宮で騎士をしていること自体が原作から外れているのか。
原作でのルディウスは実母の影響で王家に仕えることを嫌悪し、令息として日がな一日過ごしているだけだった。
それなのに今は騎士として立派に王宮で勤めている。
感慨深くなり、頭を撫でると訝しそうに見上げられた。
「姉上。子供扱いは止めて下さい」
「立派に育って嬉しいな~と思って」
ルディは小さく溜息を吐くと腕を掴んできた。
「成人女性が成人男性にするような行為ではありませんよ」
私の腕を掴んだまま立ち上がるとルディの端正な顔が近付いてきた。
「姉からの愛情表現に大袈裟ね」
「あなたは姉ではありませんから」
淡々と答えるルディにショックを受けた。
分かっていた。
ヒロインにしか興味の無いこの子は私を家族だとは思っていない。
この子に愛を与えられるのはやはりヒロインしかいないのかもしれない。
そうなると私の行く末は…。
グエッ!
思わず苦々しい顔で首を押さえてしまった。
「どうされたのですか?」
突っ立ったまま百面相をしている私にルディは首を傾げた。
「ちょっと未来を視てきただけ…」
冷静になるため席に座りお茶を啜った。
大丈夫。まだ策はある。
最初の頃はルディに愛情を持って接すれば殺されるのは回避出来るかもと考えていた。
しかし5年経ってもルディの心境の変化は見られず、もしかしたらもうヒロイン以外で心を動かされない子になってしまっているのかもしれないと考えた私は新たな打開策を打ち出していた。
それは王太子を手玉に取るという作戦だ。
王太子と仲良くなっておけば最悪私だけでも守ってもらえるかもという愛の欠片も無い作戦だ。
所詮世の中一番大切なのは自分の身よ。
それに私はこの世界の原作者。
王太子の性格も好みも接触タイミングも把握済み。
あとはじわりじわりと攻めていけば…。
「ふっふっふっ…」
「悪い声が漏れていますよ」
危ない危ない。
本音が駄々洩れるところだった。
まあこの子が暴挙に走らないのが一番いいんだけどね。
チラリとお茶を啜るルディを窺った。
最悪暴挙に走った時用にルディを撃退するための準備はしている。
常に持ち歩いているバッグの中にはこの7年で作成した防犯グッズが多数。
でもこれでどこまで対抗出来るか。
しかもこの子、騎士になったから戦闘力が格段にアップしているのだけど…。
「それで…」
ルディがカチャリとカップをソーサーに置いた。
「明日は付き合って下さるのですか?」
うだうだ考えていてもなるようにしかならないし、最悪殺られる前に逃亡するという手もある。
今はまだもう少しこの可愛い義理弟を見守ってあげよう。
「もちろんよ!私が最高の紳士に仕立ててあげるわ!」
胸を張りながら自信満々にドンッと胸を叩いた。
「姉上の美的感覚はあまり信用していませんので付き添いだけで結構です」
前言撤回!!
ホント!可愛くない義理弟だな!!
読んで頂きありがとうございます。