読めない彼女(ルディウス視点)
レアを俺だけに振り向かせたいと決めてから母の教えなどどうでもよくなり、俺の生活はレア中心の生活へと変わった。
だが、どれだけ彼女を観察しても彼女の行動を理解するのは難解で俺の頭を何度も悩ませた。
まずレアの部屋には令嬢の部屋とは思えないような物がたくさん置かれている。
唐辛子を粉末状にした赤い粉。すり鉢に…砥石?
一度レアにさりげなく何に使うのか聞いてみたことがあるが「来る終末の日のための準備」だそうだ。
鬼気迫るレアの様子に俺はレアを守るため一層剣術に打ち込んだ。
さらに力を入れたのが踊りの練習だ。
はっきりいってレアの踊りは壊滅的だ。
「なんで上手くいかないのかな?」
不思議がるレアに俺は心の中で思った。
途中で入る変な掛け声『ヨイヨイ』が余計なのでは?
だがレアが踊れないのなら好都合だ。
他の男と踊る機会を無くせるからだ。
だが自分と踊る時は牽制の意味も込めて完璧な姿を見せつけたい。
そこで俺が考えたのは攻撃される前にかわして次の動きに繋げるという方法だ。
正直大変ではあるが相手がレアだと思うとそれも楽しく感じるから不思議だ。
こちらは16歳までに習得すれば問題ない。
そして最も俺を悩ませたのは誕生日の贈り物である。
毎年レアは俺の誕生日に何かしら贈り物をくれるため、俺も何かレアが望む物をあげたいと思い、今一番欲しい物を尋ねた。
「筋肉が欲しいな」
この答えには未だ応えることが出来ず、結局一度も贈り物を贈れていない。
そんなレアは俺の姉として俺に構いたがるが、俺はレアを生涯の伴侶としてみている。
今のままでは一生異性としてみてはもらえないだろう。
だから俺は少しずつレアの中に俺を浸透させることにした。
気付いた時にはレアが俺を欲するようになるように…。
そして将来のために俺にはもう一つ考えるべきことがあった。
それはどうやってレアと婚姻関係を結ぶかということだ。
世間では今の俺とレアは姉弟になってしまう。
公爵の保護下にある今の姓のままでは結婚は難しい。
そんな矢先、剣術の先生に言われた言葉が活路を見出した。
「ルディウス様は素晴らしい剣術の使い手ですね。王宮の騎士達も顔負けですよ」
王宮の騎士か。
王家に仕えることに全く興味はないが、王宮の騎士ならば武勲を得る機会も断然増える。
そこで爵位をもらいクラヴリーの姓から離れればレアとも結婚しやすくなる。
それに給料も手に入るから公爵家のお金ではなく自分のお金でレアに欲しい物を買ってあげることが出来るようにもなる。
筋肉以外で…。
俺は早速王宮の騎士になるべく動き出した。
その成果はすぐに表れた。
14歳になった俺は史上最年少で王宮騎士になったのだ。
もちろん一番に報告したのはレアだ。
「ルディが王宮騎士!?史上最年少で!?凄い!天才!?」
「そんな大げさな話ではありません。基礎を身に付けていれば誰でもなれますから」
「もう!こういう時は素直に喜びなさいよ!早速お祝いをしないと!」
レアの喜ぶ姿に俺まで嬉しくなった。
レアといるとこんな些細なことでも幸せを感じる。
お祝いは俺の希望でレアと二人きりで行うことになった。
レアは公爵夫妻と俺の仲を心配して了承してくれたが、俺は折角レアが俺の為に祝ってくれる席を誰にも邪魔をされたくなかっただけだ。
レアには俺だけを見て、俺の事だけを考えていて欲しいから。
そんな俺の気持ちを知らないレアは無邪気に俺のために初めて刺繍したというハンカチをお祝いにくれた。
ハンカチを開いて固まった。
…これはなんの絵柄だ?褒めるべきか?それとも素直に分からないというべきか?
「ちょっと歪んではいるけど初めてだから仕方ないよね」
てへへと照れ笑いするレアの手は絆創膏だらけになっていた。
俺を想いながら一針一針縫ってくれたのだと思うと心が温かくなった。
「そうですね。個性的ですが姉上らしくていいと思います」
それ以来ハンカチを刺繍してくれなくなった。
何がいけなかったのだろうか…。
俺は部屋に戻ると宝箱を開けた。
中には今までレアがくれた全ての物が詰まっている。
誕生日に貰ったビックリ箱なる飛び出すおもちゃが出てくる箱や箱を開けると指を挟まれるという使い道のない不思議な箱。
一度誕生日に大きな箱が部屋の前に置かれていて開けたらレアが入っていたこともあった。
「貰えるのですか?」
と本気で聞いたら固まったのでまだその時期ではないとレアが入っていた箱だけ貰っておいた。
よく考えたら箱ばかりだが。
屋敷が火事になってもレアとこの宝物達だけは守ると決めている宝箱の中に新たな宝物をしまった。
俺が王宮の騎士になって数日が経った。
剣術の先生は王宮騎士も顔負けと言っていたが顔負けどころか弱すぎて話にならない。
「へえ。お前がルディウス・フォン・クラヴリーか」
俺より少し年上の男は木刀を手に取ると一振りして俺を見据えた。
「お相手願おうか」
周囲の騎士のざわつき方からこいつがただの騎士ではないことを瞬時に察した。
もしかしたらこいつは…。
俺は持ち前の瞬発力を生かして目の前の男に切りかかるも男はギリギリで避け木刀を振り下ろしてきた。
体を回転し、木刀を受け止めると男は面白そうに笑った。
「へえ。噂以上だ」
俺は相手の木刀を自分の木刀でいなし体勢を崩したところで下から木刀を振り上げるも一歩後退され当てることはできなかった。
「暗殺者にでもなれそうなくらいの素早さだ」
男は笑いながら木刀を所定の位置へと戻した。
「まだ勝負はついていませんが?」
「この勝負は今度開かれる剣術大会までのお楽しみにしておこうじゃないか」
男の発言に周囲がざわついた。
「殿下。剣術大会の出場は16歳以上と決められております」
騒ぎを聞きつけて駆け付けた団長が男に進言した。
「それは未熟だからという意味だ。君も知っての通り彼の実力なら十分だろう。それに今年の剣術大会の主催者は私だ。その私の決定に何か不満でも?」
男の圧に団長は押し黙った。
「楽しみにしているよ、ルディウス」
これが俺と王太子の出会いだった。
14歳の剣術大会では王太子にあたる前に団長に敗北した。
さすがは王宮騎士団団長。積んできた経験と実績が違う。
だが俺だってレアを守るために誰にも負けるわけにはいかない。
この日から勝つためにはどうすればいいのかをひたすら考えながら訓練に励んだ。
毎年行われる剣術大会で勝つ以外にもう一つ目標が出来た。
それは剣術大会の優勝者に渡される褒賞金を貰うこと。
このお金があればレアにドレスを買ってあげることができるからだ。
15歳の剣術大会は団長には勝てたが王太子に負け準優勝だった。
賞金は俺の衣装一着分。来年は絶対に優勝してやる。
そんな俺の邪魔をする奴が現れた。
「やあ。ルディウス」
団長の部屋に呼ばれて行くとソファーに座る王太子の姿が。
「殿下が護衛としてお前にお供を頼みたいそうだ」
団長に耳打ちされ思わず眉をひそめた。
「護衛は近衛兵の仕事ではないのですか?」
「うん…まあ…そうなんだが…」
「この王宮で私の次に強いルディウスを護衛に指名するのはおかしな話ではないだろ?」
俺より強いなら護衛はいらないのでは?鼻につくような物言いに少し苛立った。
王太子の護衛としてやってきたのは町の視察だった。
これなら本当に近衛兵に頼んで欲しいと思ったが、王太子曰く王太子だと分からないように視察したいとのことだ。
「町には面白い情報がたくさん転がっているんだ」
そう言って連れて行かれたのは貴族御用達の洋服店だった。
中に入るとすぐに店主が出迎えてくれた。
「ようこそお越しくださいました。今日もいつもの部屋でよろしいでしょうか?」
「ああ。それと今日の付き添いはクラヴリー公爵家の令息のルディウス・フォン・クラヴリーだ。これからは彼と来ることが多くなると思うからよろしく」
「まあ、そうでしたか。こちらこそよろしくお願い致します」
挨拶を済ますと通されたのは小さな部屋だった。
王太子をもてなすには小さすぎるのではと思っていると店内の話し声が聞こえてきた。
どうやら令嬢が今流行りの服と装飾品を買いにきたようだ。
その後も数人の令嬢や贈り物を取りにきたという貴族が店を訪れた。
「今の流行りがよく分かるな」
仕事に専念していた俺に王太子が呟いた。
「これを知っておけば気になる女性への贈り物に困らないだろ」
得意気に片目をつぶる王太子に殺意が湧いた。
そんなくだらないことの為に俺の貴重な時間を潰したのか?
「冗談だよ」
剣を抜きそうになる俺に苦笑いを浮かべた。
「これで今、王都に入ってきている物の流れが見えてくるんだ。大抵身に着ける宝石は服に合わせる。流行りの服が分かればどんな宝石が売れるかも自ずと見えてくる」
まだ王太子の意図が分からない俺は眉を寄せた。
「不正をするには宝石を買ったことにするのが一番高額で誤魔化しやすいってことだよ」
王太子がなぜわざわざ店にまで足を運んだのかようやく理解した。
今、人気のある宝石を把握することでそれ以外の宝石を多量に購入している貴族を調べるのが狙いなのか。
紙の上では見えないものを直接確認しにきたのだろう。
「まあ女性との話題作りを探しに来ているのもあるけどね。ルディウスも来年は成人なのだから女性の心を掴む術を学ぶのも悪くないぞ」
はたしてレアに普通の令嬢の心を掴む術が通用するのかどうか…。
一応学んでおくか。
読んで頂きありがとうございます。