洗脳された世界(ルディウス視点)
しばらくルディウス視点が続きますが、本編の最初の方にも書きましたがルディウスは少し?病んでいます。
ルディウスのイメージが崩れるという方は読むのをお控え下さい。
本編でも病んでたよ?って言われると元も子もありませんが…。
母は生まれながらの王族気質だ。
自分は王族であり、王族よりも身分が下になる公爵夫人という立場を嫌っていた。
そのため『王族としての自覚を持て』が母の口癖だった。
王族の自覚がないと判断されれば即ムチで叩かれ『不純物が混ざった出来損ない』と顔を背けられた。
母に喜んでもらいたい一心で頑張った時期もあったが、母にとって俺の感情など不要な物でしかなかった。
俺はただ母の望む王族を演じていればいい。
そんな母は俺が8歳の時に亡くなった。
あれだけ王族の誇りを大事にし、王族を重視してきた人間も死ねばただの肉塊。
棺に眠る母を眺めながら人の生の虚しさを感じた。
もう俺の生活に干渉する人間はいない。
だが母が死んでも俺のやることは今までと変わらなかった。
なぜなら俺はそれ以外の日々の過ごし方を知らないから。
父が再婚することになったのは母が死んで一年後のことだった。
父が再婚しようが新しい家族が出来ようが俺には関係ない。
俺の生き方は『王族としての自覚を持て』…ただそれだけだから。
新しい公爵夫人は無表情の俺を見て眉を顰めた。
この表情をする人間は大抵俺の事を嫌っている。
父も同じだからだ。
母によって洗脳された俺を父は昔から疎ましく思っており、俺を見る時の目は汚物でも見ているかのような目をしている。
今更誰にどう思われていてもどうでもいいけど。
「こちらのお嬢さんはレリア嬢だ。お前より一つ上だから姉になる。仲良くしろ」
紹介された少女は母親に背中を押されながら怯えた様子で俺の前に進み出た。
俺が怖いのか不安そうに視線が泳いでいる。
「レリア嬢。弟になるルディウス・フォン・クラヴリーだ。仲良くしてやってくれ」
父が俺の名前を紹介した瞬間、先程まで怯えていた少女とは別人のように顔つきが変わり俺を凝視した。
「あなた…ルディウス…?」
初対面だと思うが少女はまるで俺を知っているかのような口ぶりだ。
少女は何かを考え込みだしたが俺には関係ない。
…この時はそう思っていた。
翌日。
新しい家族ができても俺の日々は変わらない。
今日もいつもの日課をこなすため廊下を出た。
「ルディウス、おはよ!一緒に遊ばない?」
廊下に出てすぐに俺の進路を塞ぐように立ちはだかったのは、無理やり笑みを作った少女だった。
俺は少女を無視して横を通り過ぎると少女は俺の後ろをついて歩き勉強部屋まで付いて来た。
「あら?レリア嬢も一緒にお勉強するのですね。とても良い心がけですよ」
俺の後から教室に入った少女はすでに勉強部屋に来ていた先生に声をかけられ頬を引きつらせた。
「いや…あの…私に分かるかな…?」
「大丈夫ですよ。レリア嬢には基礎知識からお勉強してもらいますから」
しぶしぶ俺の隣に座った少女はものの数分で眠りについた。
休憩時間になり読書をしていると少女は机に突っ伏しながら俺に顔を向けてきた。
その表情には疲労の色が見えた。寝ていただけなのに。
「やっぱり最低限の知識は知っておいた方がいいよね。でも勉強って苦手なんだよね…」
返事もしなければ視線も本から逸らさないのに隣に座る少女は一人で喋っている。
馬鹿なのか?
「ルディウスは凄いね」
凄い?
母に言われて当たり前のようにこなしていただけなのに凄いと言われたのは初めてだ。
「私なんか教科書開いただけで寝ちゃうよ」
それは知っている。
翌日も少女はヘラヘラと笑いながら俺の後を付いて歩いて来た。
今日は剣術の稽古だから飽きてどこかに行くだろう。
…とはいかなかった。
「やあ!とお!うりゃ!!」
短い木刀を振り回しながら先生に突っ込む姿は猪さながらである。
「動きはいいのですが、もう少し考えて動けるといいですね」
「はい!」
戻ってきた少女は汗を拭いながらニコニコと嬉しそうに笑っている。
「動きがいいって褒められちゃった!私、剣術の才能あるかも!」
あの先生の言葉のどこに褒め言葉があった?
どう聞いても動きが馬鹿だと言われているようにしか聞こえなかったが…。
この女の思考回路がどうなっているのか俺には理解できない。
初めて自分の想像の域を超える未知の生物が現れた気がした。
そんなある日。廊下を歩いていると彼女の母親がこちらに向かって歩いて来ていた。
あちらは俺に気付くと顔をしかめながら扇で顔を隠した。
「レリアに剣術を学ばせたりしているそうね。あの子は公爵令嬢なのよ。そんな野蛮なことはさせないでちょうだい。これだから身勝手な王族様の子供は困るのよ」
俺は一度だってあの女を剣術に誘った事はない。
いつもあの女が俺をつけ回しているんだ。
迷惑しているのはこちらなのに…。
夫人の横を通り過ぎ、部屋に向かおうと階段を上っているとパタパタと小さな足音が聞こえてきた。
「ねえ!今日は勉強お休みでしょ!町に遊びに行かない?」
俺は少女を無視して階段を上り続けた。
「絶対楽しいから行こうよ!」
しつこく追いかけてくる少女に俺の中の何かが切れた。
次の瞬間、少女の体は宙を飛んでいた。
自分が彼女を突き落としたと気付くには時間はかからなかった。
尻餅をついた少女は怯えた顔で俺を見上げている。
その姿に何とも言えない高揚感が沸き上がってきた。
俺は今、この女を征服しているのか。
癖になりそうな快感を遮断したのは夫人の叫び声だった。
夫人の叫び声にやって来た公爵は溜息を吐くと俺にお仕置き部屋まで付いて来いと目で合図してきた。
俺はまだ座り込んでいる少女の横を通り過ぎ歩き出す公爵に付いて行った。
お仕置き部屋。
母が生きていた時はよく入れられた。
真っ暗な狭い部屋に食事も水も禁止の状態で丸一日放り込まれるのだ。
それで病気になったこともあったが、母には王族の血を引いているのに体の弱い子だと呆れられた。
当時の事を思い出しながら歩いているとパタパタと小さな足音が近付いてきた。
「お義父様!ルディウスをお仕置きするのは止めて下さい!!」
父の足にしがみついたのは先程まで怯えて動けずにいた少女だった。
「私がルディウスをしつこく誘ったのがいけなかったのです!どうしてもお仕置きするなら私も一緒にお仕置きして下さい!」
少女の必死のお願いに公爵は溜息を吐いた。
「ただの子供同士の喧嘩のようだ。今回は見逃してやろう」
「あなた!?」
納得のいかない夫人は声を荒げるも父はそれを無視し仕事に戻ろうと踵を返した。
通りすがりに父は俺にだけ聞こえるように小さな声で呟いた。
「あまり私の手を煩わせるな」
少女は立ち上がると俺の手を握った。
「お仕置きなしになって良かった。ごめんね、ルディウス」
突き落とした俺に笑顔を見せる少女になぜだか恥ずかしさを感じたのだった。
翌日から少女は俺の後ろを少し離れて付いてくるようになった。
しつこく誘ってくることはなくなったが、しつこく付きまとっている自覚はないのだろうか?
途中で地面に座り本を開くと一人分だけ離れて少女も腰を下ろした。
「ねえ。ルディウスって呼びにくいからルディって呼んでもいい?」
俺は少女を無視して次の頁を捲った。
「…まあ嫌ならルディウスのままでもいいけど…」
「好きに呼べば」
いつも元気な少女の下がった声音に思わず返事をしていた。
すると少女は目を輝かせて嬉しそうに笑った。
「初めて返事してくれた」
少女の笑顔になんだか気恥ずかしくなり本を閉じて立ち上がると少女も慌てて立ち上がり後を付いてきた。
俺は別に呼び方なんてどうでもいいと思って返事をしただけだ。
口がきけないわけでもないんだし…。
自分の気持ちに戸惑っていると「ウゥゥ…」と低く唸る声が聞こえてきた。
まずい。父の飼っている番犬だ。
この犬は俺に懐いておらず一度噛まれそうになったこともある。
なるべく近付かないようにしていたのだが、考え事をしていて気付かなかった。
今にも襲い掛かってきそうな犬に一歩あとずさると犬は俺に向かって飛びかかってきた。
「伏せて!!」
叫び声に合わせて咄嗟に伏せると「ギャン!」と苦しそうな犬の泣き声が聞こえてきた。
状況を確認しようと顔を上げると突然物凄い突風が吹き目を閉じた。
次の瞬間、背後にいた少女が凄い勢いで咽だした。
「ぐおぉぉぉ!まさかの自滅!風向き注意!」
なんのことだ?
顔を上げると犬は一目散に逃げ出していた。
後ろにいた少女は目を押さえながら悶えている。
目を擦りながら涙をボロボロと流す少女は立ち上がると俺に手を差し出した。
「ルディ、怪我はない?」
泣いているのに得意気に笑うその凛とした姿に自分がなぜ彼女に対して恥ずかしさを覚えたのか理解した。
自分は彼女に比べたらとてもちっぽけな人間だ。
俺だけじゃない。
周りにいるどの人間も彼女の前ではちっぽけな人間でしかない。
その優しく勇敢な姿はまるで神話に出てくる女神のようで…。
彼女が欲しい。
彼女の全てを俺だけに振り向かせたい。
読んで頂きありがとうございます。




