義理弟の気持ち
抜き足。差し足…忍び足!
ササッと庭の茂みに隠れた。
ストールを頭に被り鼻の下で結んだ盗人スタイルで忍び込むのは…。
侵入口を目視で確認!
そっと入口に近付き部屋の中を覗き込んだ。
部屋の中、よーし!侵入口の鍵、よーし!いざ突入じゃ!
音を立てないように窓を開け、下枠に捕まり飛び乗った。
私、女スパイみたいじゃない?…しまった!どうせならボディスーツにすれば良かった!
とすぐに形から入りたがる私が忍び込んだ部屋とは…。
今朝のことを思い出していた。
「お義父様。私と王太子殿下との婚約の話が出ていると耳にしたのですが本当なのですか!?」
ここは公爵の書斎。
私が詰め寄るように公爵に尋ねると鬱陶しくなったのかソファーから立ち上がり自分の執務席に戻った。
今がチャーンス!
私は公爵の後を追いながら窓枠に近付いた。
「お義父様!何か仰ってください!」
「しつこいぞ」
ビクリと怯えるように震え、一歩後ろに下がった。
カチャリ…。
ふっ。成功した。
もうここには用はない。
「…失礼致しました」
悲観そうな表情のまま廊下に出た。
が、出た瞬間、笑いが止まらない。ふっふっふっ…。名演技。
あとは公爵が王宮に出かけるのを待つだけだ。
そして今に至る。
ルディと公爵はよく似ている。
もしかしてしつこいのはお嫌いかしら?と思っての作戦だったが、これも女優顔負けの演技力あっての賜物よ。
公爵の書斎を気分よく探るも何一つ見つからない。
おかしい…。
何がおかしいってルディが出したという求婚書が見つからないからだ。
もしかしてあれは…夢?
それって私がルディに求婚されたいと深層心理で思っているってこと!?
何考えてんのよ!あのルディが私に求婚するわけないでしょ!
…やっぱりあれは夢だったのかも。
だとしてもおかしい。
再婚とはいえ、私は公爵令嬢。
今までは生きるか死ぬかで頭がいっぱいだったから意識していなかったけど、17歳の私に求婚書の一つも届かないなんてある?
…ダンスが下手すぎて手に負えないと思われた可能性は否定出来ないが。
う~ん…。
執務席の椅子に座りながら一回転すると本棚が目についた。
よくあるよね。本棚の本を取り出そうとしたらゴゴゴゴゴゴゴ…って動いて隠し部屋!とか。
冗談交じりで手前の一番取りやすそうな本を手にするとそれが本の形をしたケースのような物だと気付いた。
はっ!まさかこのケースの中に私への求婚書が詰まっているとか!?
モテる女は辛いわ。
パカリと何気なく箱を開けるとそこに入っていた物に驚愕した。
これは…!?
手に取ろうとすると廊下から話声が聞こえてきて震える手で慌てて本を仕舞い、窓から飛び出しその場を離れた。
どうして公爵があれを持っているの!?
動揺する気持ちを抑えながら庭のテーブル席に腰を下ろした。
あれは私が幼少期に出掛ける父にあげた手作りのワッペン。
あんな下手くそな物は世界に一つだけしかないから絶対に間違いない。
それを持っていたということは父を殺したのはまさか…公爵?
父は母とは違い優しい人だった。
虐待する母を止め、いつも私を助けてくれていた。
私がルディのように無表情にならずに済んだのは父のお陰と言っても過言ではない。
そんな父にお守り代わりに渡したのがあのワッペンだった。
胸元に大事そうにしまいながら笑顔で手を振ってくれたのを最後に父は帰らぬ人となった。
目的地に向かう途中にある山で賊に襲われて追われた先の崖に転落したとか…。
自分がワッペンを渡したせいだと泣きわめく私を母は冷たい眼差しで一瞥するだけだった。
当時を思い出して再び涙が込み上げてきた。
なんでこんな設定にしちゃったんだろ。
私が父を死んだ設定にしなければ父は今も…。
自責の念にかられてテーブルに突っ伏した。
そういえば原作ではルディウスが再婚した新しい母親に蔑まれ、新しくできた姉にいじめられる姿しか書いておらず、ルディウスの母や姉の父がいつ亡くなったかってことについてまでは触れていなかった。
だけど現実で若い二人が急死して恋仲だった二人が再婚するなんて少しおかしい気がする。
まさかこれは…。
事件です!
自分が適当に決めた設定がまさか殺人事件に発展しているかもしれないなんて。
どうやら今度の私は名探偵になる必要がありそうね。
まずは…。
チェックのコートと帽子を用意しよう。
探偵気分になりながら最初にやってきたのは王立図書館。
過去の新聞を調べるためだ。
公爵家にも過去の新聞はあるが私が父の死について調べていることをいつ公爵の耳に入るかわからない。
もし公爵が犯人なら真相を突き止めようとしている私を黙ってみてはいないだろう。
早速新聞コーナーに行き、8年前の新聞を一つ一つ調べ始めた。
すると父の死より先に『クラヴリー公爵夫人、馬車にて転落事故死』の文字を発見した。
そこには事故の悲惨な状況や公爵夫人の足取りなどが記載されていた。
しかし最後の方に小さく書かれていた一文に心臓が嫌な音を立てた。
『この事故は本当に事故だったのか?原因究明が待たれる 記者 フィルマン』
何か怪しい点でもあったのかな?
続きが気になり翌日の新聞を開くと『クラヴリー公爵夫人、死因は転落死と判明』。
前日の新聞とは打って変わって事故死を主張するような記事になっていた。
ふと記者の名前に目をやると『ジェローム』と書かれていた。
あれ?前日の記事を書いた記者と違う。
引っ掛かりを感じながらも次のページを捲るとそこには『山賊が出現。伯爵襲われ崖から転落死』という記事が小さく載っていた。
父が亡くなったのって公爵夫人が亡くなった翌日なの!?
子供だったし新聞読んでいなかったから知らなかった…。
驚きながら内容に目を通すと山賊に襲われた伯爵は逃げる途中で足を滑らせ崖から転落したと記載されていた。
場所は違うが二人とも一日ずれての転落死。
あれ?そういえばこの公爵夫人の死亡現場って父も通っている道のはずだけど…。
父が亡くなったと早馬で知らせが来たのが伯爵邸を出発してから二日後のことだった。
途中で公爵夫人の事故には遭遇しなかったのだろうか?
一日遅れの転落死。公爵が持つ父のワッペン。すごく嫌な予感がする。
父の記事を書いた人は…『ジェローム』。
どうやらこの『ジェローム』って奴から話を聞く必要がありそうね。
難しい顔をしながら図書館を出ると腕を引かれて路地に連れ込まれた。
何!?また人攫い!?
「レア」
耳元に聞こえてきた声に顔を上げると黒いフードを被ったルディの姿が。
「え?ルディ?どうしたの??」
疑問符を頭の上に沢山つけているとルディは口元に指を当て静かにするように指示した。
「見失った!」
「この辺りをくまなく探せ!」
バタバタと騎士達が大通りを走り去って行った。
「もしかしてあれ探してるのって、私!?」
「恐らく公爵が公爵家の騎士に監視させていたのだと思います」
まさか私が書斎に忍び込んだことがバレた!?
「エドワール侯爵の件で護衛もしくは監視を付けることにしたのでしょう」
なんだ。そっちの方か。
「それでルディはここで何しているの?」
「レアを迎えに来ました」
やっぱり聞き間違いじゃない。
ルディが私を『姉上』と呼んでない。
「ねえ。急にどうしたの?私を愛称で呼んだことなんてなかったじゃない」
「俺はずっと呼んでいましたよ。心の中で」
「…え?」
「あなたをずっと姉としてではなく、愛する女性として見ていましたから」
…え??
…ええええええーーーーー!?
読んで頂きありがとうございます。