甘えてみましょう。
ツェツィーリアに甘えてみて下さい。と言われてから、チャンスがあれば何度か挑戦してみたのだが、どれも不発に終わった。物が欲しいと言ってねだるのも違うし…だからといって他の甘える方法も分からない。
ジークフリートに甘えるって何だと思う?と聞いても、興味がないのか”分からない”と一言だけ返ってきた。そこから彼は膨れっ面になっていたが、年頃の男の子は分からない。ルートヴィヒが達観し過ぎている気がしている気がする。
それは、置いておいて。
今日はこの国を祝う建国祭の二日目だ。
一日目は挨拶やら何やらで忙しなく動くことになり、ゆっくりと過ごすことが出来なかった。
二日目以降は、全員が楽しめるようにと、王の計らいにより貴族間の集まりはなくなったのである。
この建国祭は、この国の象徴であるヒマワリの色や、ヒマワリ本体を身につけ参加するものである。そのため、ルートヴィヒも私も、黄色やオレンジ色を基調にした衣装を身に纏い、城下町で祭を楽しんでいる。
彼はこの国の王太子で、私も王太子妃になる予定なので、護衛が隠れている。完全なお忍びではないけれど…それでも二人で城下町に出かけるのは楽しい。
「ルートヴィヒ様、次はあちらに行きませんか?」
噴水の近くで休憩した後、城下町で流行っているという噂のパフェのお店を見つけた。つい最近、休暇を得ていたメイドが”美味しかったんです”と頬を染めながら言っており、興味が湧いていたのだ。
「うん、行こうか。ほら、メルクーア嬢…離れないで」
ルートヴィヒが自身の手を出す。私は、その手と彼の顔を交互に見ると、おずおずとその手を取る。遠慮がちに手を握る私とは対称的に、しっかりと握る彼の顔は眩しい。今にも私が焦げてしまいそうだ。
「…あの…ルートヴィヒ様…手が」
力強く握られた私の掌からは、じんわりと汗が流れている。
「手がどうかしたのかい?」
「汗を…かいてしまっていまして…嫌じゃないですか?」
汗をかくことが恥ずかしくなって、彼から顔を背けてしまう。
だって…急に手を繋ぐんだもん。心の準備なんてありやしない。
「嫌じゃないよ。僕はメルクーア嬢とこうして手を繋げて嬉しいけど…嫌だった?」
「い、嫌じゃありません。ただ…少し照れてしまいましただけなのです」
最初は自分が思っている以上に大きな声が、そしてその自分の声に驚いて小声で彼に伝える。
今日は開放感があるからか、周りは喧騒としており私一人の大声では注目を浴びない。
「照れていたんだ…メルクーア嬢は可愛いね」
「な?か、え?」
ルートヴィヒの形のいい唇から紡がれた言葉に、上手く言葉が出てこなくて詰まってしまう。
「か…可愛い?」
「うん、可愛いよ。僕はそういうメルクーア嬢が好きだな」
建国祭という祭りで開放感があるからか、普段とは違う彼にドギマギしてしまう。
こうして彼の言葉に一喜一憂している私は、側から見て大丈夫だろうか。
「……からかってます?」
素直にありがとうございます。と受け入れることが出来ない私は、少しだけ頬を膨らませて彼を見る。こういうことをすれば、彼の好感度が下がると分かっていても、メルクーア自体の性格が邪魔をする。
これでは、私はツンデレですと言っているようなものだ。
「僕はからかわないよ?それは、君が一番知っているだろう?」
「…分かっていますけど。いつもはそんなことは言わないじゃないですか」
彼のいつもとは違う行動、言動に振り回されている気がする。さっきから楽しそうに笑っているから、私の反応を見て楽しんでいるんだろう。
「今日はほら…街一帯が楽しそうだろう?だから、僕も楽しもうと思って」
「……では、私も楽しみます」
私が笑顔でそう返すと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
◇◆◇◆◇◆
行きたいと言っていたパフェを食べた後は、露店に出かけた。
店主が作ったというヘアアクセサリーの中に、オレンジ色の花があしらわれた物があり、ソレに目がいった。
「メルクーア様、こんにちは。どうですか?この店の中でも人気の物ですよ」
「こんにちは。確かに…人気が出るのもわかります。可愛いですもんね」
自信満々に伝える店主は可愛らしい。
私より三・四歳程年上であろう彼女は、こんがりと焼けた肌にそばかすがまばらに散っている。前世の私も彼女のような健康的な肌だったと懐かしむ。
「お姉さんの手作りなんですか?」
「え?どうして分かったんですか?」
それは…一つ一つ少しだけ違うからだ。手作りだと全てが同じものにならない。ただ、ほぼ見た目が同じに見えるもので、彼女の器用さが出ている。
「何となく、そうなのかなって…すごいですね」
私が手作りのお店からなかなか離れず、感動している間ルートヴィヒも隣で商品を眺めている。
「メルクーア嬢に似合いそうだね。こちらを一つ」
「は、はいっ。かしこまりました」
初めて声を出した彼に、私は驚いて隣を見上げた。店主のお姉さんはあたふたと慌てる。ただ、落とさないように丁寧に取り扱うと、手を出したルートヴィヒに渡した。
彼はお礼を言って受け取ると、流れるように私の髪にヘアクセをつける。あまりにも自然すぎて、私がぼんやりとしている間に事が済んでしまった。
隣にいるルートヴィヒは満足そうだ。そして、楽しそうでもある。それを見て私も笑ってしまう。
「似合っているよ、メルクーア嬢」
「……ありがとうございます」
私のやりとりを見ていた店主は、頬を染めている。何だか恥ずかしい。
「…少し離れませんか?」
彼が屈んだタイミングで耳元で提案すると、彼がまた手を差し出す。今度は迷わずにその手を取ると、彼は木陰に私をエスコートしてくれる。
ちょうどいい具合に涼しい場所にあるベンチで、触れるか触れないかの距離で腰をかけて休憩する。
「…ルートヴィヒ様」
「なんだい?メルクーア嬢」
お互い目を合わさず、隣に座ったまま話を始める。目が合わないからか、彼の表情は全く読めない。
「私が甘えるのってどう思いますか?」
「ん?メルクーア嬢が僕にか…」
彼が思案する。少しの沈黙に私は喉を鳴らす。
「…僕は嬉しいよ」
柔らかな声に思わず安堵する。
ツェツィーリアが言っていた通りらしい。私はここで自信が付いて、とあることを甘えてみようと思った。
「…ルートヴィヒ様」
私は彼を見つめるように半身を取る。
「なんだい?メルクーア嬢」
「…二人きりの時は…ルーイ様とお呼びしても?」
「……あぁ勿論。僕もメルクーアと呼んでもいいかな?」
恥ずかしいから二人きりと付け足す。だが、それすらも了承してくれるルートヴィヒ。
「はい、ぜひお呼びください」
私は距離が近くなったことに喜ぶ。
彼は私の髪を一房取ると、それに口付ける。
「ル、ルートヴィヒ様っっ?!」
「ルーイ。じゃないのかい?メルクーア」
「ル、ルーイ様」
十一歳の色気どうなってるの?
私の心臓がバクバクと鳴っている。なんか今すごく恋してるって感じがする。
「何だい?」
「…なんでもないです」
私が彼の色気に爆発寸前になっていると、彼は楽しそうに笑う。
……甘えてみるっていいかもしれない。
そう思える大切な思い出になった。
きっと彼とは良い関係を結べるだろう。
ここまで呼んでいただきありがとうございます。
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