殿下を攻略しましょう。
ジークフリートと友人になって早一年。彼は宣言通り辛いときは支えになってくれた。
辛い時と言っても、この国の一番のパティシエが作った新作のケーキが食べられなかった時。後は、泥水に顔面から転んでしまった時。あげ出すとキリがないが、小さい辛いことばかりでも、支えになってくれていたのだ。
以前、そこまでするのはなぜかと訊ねたことがある。それに対してのジークフリートの答えはたった一言。”友達だから”だった。友達だけでそこまでしてくれるのか…と思ったが、彼の好意はありがたかった。それを本人に伝えることはなかったけど。
「お嬢様、本日はルートヴィヒ王太子殿下とお茶会でございます」
朝起きてすぐ、入室してきたメイドに告げられる。
ボサボサになっている髪を手櫛で梳かしながら返事をする。
メイドは私のクローゼットの中から、紫色のドレスを手にする。ソレは、以前ルートヴィヒから私の誕生日に贈られてきたものだった。所々にレースがあしらわれているドレスは、品がいい良い物である。
髪は程よく結えて、ポイントになるように華やかなメイクを施す。首から上を綺麗にした後はソレより下だ。メイドが私の腰のコルセットを思い切り締め上げる。そのお陰で小さな呻き声が、私の口から漏れたのだった。
「はい、出来ましたよ。お嬢様……やはりお美しいです」
準備を終えたメイドは、手を叩いて私を褒める。
確かに私は、彼女が言う通り美しい。十歳になったメルクーアは、顔立ちが綺麗な両親に似てきた。ほぼ原作に近づいている顔は、可愛いよりは綺麗系だ。艶のある銀色の髪もあいまって、この世のものとは思えない程だ。
そんな私メルクーアは、『シュテルンベルガーの碧い宝石』と呼ばれている。
なんだか恥ずかしいが、社交界の花である私の母は『シュテルンベルガーの紅い宝石』と呼ばれているので、いい意味なのだろう。
私は王宮が用意した馬車に乗り込み、城へと目指す。
「こんにちは、月のように美しい我レディー」
到着と同時にルートヴィヒが腕を差し出す。
「こんにちは、ルートヴィヒ様」
私はソレに手を添えると、一緒に歩き始める。
彼は、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。そういう気遣いが優しくて好きだ。
婚約者だが、彼のことは好きだ。きっと本当に愛している。彼のため、国のためにいい王太子妃になろうと努力したくなるんだ。
そう…だから…彼が未来で言う政略的な愛では無いはずだ。
「僕がプレゼントしたドレス…似合っているね。流石、碧い宝石」
私の名前を呼ぶ彼は楽しそうだ。
「…ドレス…ありがとうございました。でも…その…呼び名をルートヴィヒ様に言われるのは嫌ですわ」
少しだけふくれっ面になると、彼は空いている手で頬につつく。その姿は楽しそうだ。
「ごめんごめん。つい言ってしまったよ」
そんな会話をしていると、王城の中にある大きなガーデンテラスに到着する。そこにはすでに、同い年であろう男女の貴族が集まっていた。
私とルートヴィヒが姿を見せると、そこにいた人たちは深々とお辞儀を行う。彼は苦笑しながら。”畏まらなくていいよ”と彼らに頭を上げるように伝える。
「今日はメルクーアのために開催したお茶会なんだ。ぜひ、みんな仲良くするように」
彼はそう言うが、おそらくこれは婚約者がいない人達にとっての出会いの場を設けているのだろう。だから私のためでもあるだろうし、彼らのためでもあるのだ。この場には、婚約者がいる人たちもいるため、本当に私の仲を広めるだけの人たちもいそうだ。
ルートヴィヒの合図で、彼らは散り散りに散っていく。私の方にやってきたのは、女の子と男の子の二人だけだった。
「こんにちは、ルートヴィヒ王太子殿下にシュテルンベルガー様」
「こんにちは、殿下にシュテルンベルガー嬢」
人の良さそうな二人はこちらに軽くお辞儀をする。
「こんにちは、ギルベルトにツェツィリーア嬢」
ルートヴィヒはルートヴィヒでいつものように笑顔で対応する。
「メルクーア嬢、こちらギルベルト・リーシュにツェツィーリア・ハインツェだ」
彼は男の子の方をギルベルトと、女の子の方をツェツィリーアと順番に紹介する。私も軽く初めましてと彼らに挨拶をする。
ツェツィリーアと呼ばれた少女は、メルクーアとはまた違った美しさを持った少女だった。
「メルクーア様と呼んでもいいですか?」
「ぜひ。私もツェツィリーア様と呼ばせてください」
開始して数分で女の子の友達が出来た。男の子の方はジークフリートがいたが、女の子の友達が出来たのは嬉しい。女の子同士でしか出来ない話もあるのだ。
「ツェツィーリアは、普段見せない笑顔だね」
「それは…男のルートヴィヒとは違うから…当たり前でしょ?」
ツェツィーリアは彼のことを呼び捨てで呼ぶ。それに対して私は自然と首を傾げる。
「ルートヴィヒ様とツェツィーリア様はどういう関係なのですか?」
「あ…えっと…深い関係では無いんです」
ツェツィーリアはすごく慌てている。それが怪しく見えるのだけど、気付いていないのだろうか。
「僕のお婆様とツェツィーリアのお爺様が兄弟なんだよ」
成程、彼らは親戚のようだ。
謎が解明されて少しだけスッキリする。彼女がルートヴィヒのことを好きでは無いのは、雰囲気的に分かってはいたが、確信が欲しかったのだ。なるべく敵を排除したくなるのは、恋人がいる女の心情だろう。
ルートヴィヒはギルベルトと話してくると言って、この場を離れる。
ツェツィーリアと私はそれを見送ると、彼女が腕を掴んで真逆に離れる。
「メルクーア様は何か食べますか?」
近くにあったお菓子を見ていると、隣から声がかかる。私は興味のあったお菓子をお皿を入れると、二人で近くの日陰へと入る。
「ツェツィーリア様の髪色…綺麗ですね」
「…え?私の髪ですか?そ…そんな」
出会った時から気になっていたことを彼女に伝える。
白い肌の彼女の頬はリンゴのように赤くなっている。可愛い反応だ。
「それよりもメルクーア様の方がお美しいです。流石、シュテルンベルガーの碧い宝石ですね」
「……流石…親戚ですね」
ツェツィーリアが言った私の呼び名は、つい先ほどルートヴィヒに言われた呼び名だった。私は乾いた笑いが溢れる。
「え?まさか…ルートヴィヒも同じようなことを?」
彼女は嫌そうに顔を顰める。
もしかしてだけど…彼らは犬猿の仲なのだろうか。彼女の表情がそう言っているように見える。
「それよりも…メルクーア様はルートヴィヒとの仲はどうですか?」
「…え?ルートヴィヒ様との仲ですか?」
彼女にそう訊ねられ熟考してみる。
仲は普通にいいと思う。ダンスをするときは必ず相手の役を務めてくれるし、何かにかけて心配してくれる。半年に一度は素敵な贈り物をしてくれる。
「…普通だと思いますけど…。優しいですし…うーん…なんて言えばいいいでしょうか」
唸りながら答えていると、彼女は心配そうにこちらを見る。
「ルートヴィヒ優しいじゃないですか。だから、他の子たちと同じじゃないかなって…思いまして」
確かに優しい。ルートヴィヒの方を見ると、招待されている令嬢達とと談笑している。
「確かに優しいですよね。まぁ…不安にはなってしまいます」
彼が話している姿を見ながら頬杖をつく。レディーにしては良くない行為だが、ついついついてしまう。
今日は無礼講だと思ってスルーしてほしい。
「ルートヴィヒ、甘えられるのが好きなんです」
「へぇ…そうなんですね」
何故、彼が甘やかすのが上手なのか…彼の妹がよく甘えるのだそう。その反動もあり、甘えられるのが好きなんだそう。
「ですので、メルクーア様も甘えてみては?」
「私がですか!?」
私が甘えるって…どういう感じになるのだろうか。
考えたくもない…。
「大丈夫ですか…ね?」
「大丈夫ですっ。むしろ、こんな美しい方が甘えてくださると嬉しいんじゃないですかね」
先程までのテンションより上がっているツェツィーリア。だったら彼女で試してみようか。
「……ツェツィ…と呼んでもいいですか?」
甘えることが恥ずかしくなった私は、頬と耳を赤く染め、上目使いで彼女を見る。すると、彼女からはキューンという効果音が聞こえてきて、手を取られる。
「可愛いっ。可愛いですっ。ぜひ、ぜひツェツィとお呼びください。私はメルと呼んでも?」
興奮している彼女い若干引いてしまうが、少し距離が近くなって親しくなったみたいだ。
「ぜひ、メルと呼んでください」
「じゃあ…メルっ。今の感じいいですよ。そんな感じでルートヴィヒに甘えてみましょう」
ニコニコとした笑顔に、こちらも自然と笑顔になる。彼女のお墨付きをもらったので、次回からはルートヴィヒに甘えることを頑張ってみようと思えた。
これもルートヴィヒとの関係を密にするためだ。
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