友達が出来ました。
ルートヴィヒの婚約者として発表されてから一年が経った。
この一年は妃教育として自宅での勉強や、王宮内でのマナーレッスンなど過密に行ってきた。メルクーアの頭が良かったのか、講師からは褒められた。本来の三倍ほどのペースで進んでいるらしい。褒められると嬉しいものだ。
ということで、本日は週に一度の休息日になっている。普段は城下町へ行ってお茶をしたり、アクセサリーを見たり、普通の貴族令嬢のような生活を送っていた。
しかし、本日は城下町には繰り出さず、自宅内に居なさいと父から命令された。
私専属のメイドが綺麗なワンピースを着るのを手伝ってくれる。その後はメイクを施し、そのまま応接間へと通される。
「…ねぇ…今日何かあるの?」
不思議に思った私は、後ろに控えているメイドへと声をかける。
「いえ?伯爵様が一緒にお茶を…とおっしゃっていました」
そう答えるメイドだが、私は知っている。
父がお茶を提案する時、こんなに着飾らない。自宅にいるだけなので、薄くメイクをするだけだ。
「…ルートヴィヒ様ではないだろうし」
真面目なので、彼が来る時は事前に連絡をくれる。
だから、ルートヴィヒではないだろう。だったら…相手は誰だ。私は眉間にシワを寄せながら扉を開くのを待つ。
「おはようございます、お父様。どうかなさいましたか?」
軽く膝を曲げて挨拶を済ませると、父は”おはよう”と爽やかな笑顔で返事をする。そして、そのままソファーへ腰掛けるように促される。
父の隣に腰掛けると、その数分後に扉のノックする音が聞こえる。父が”どうぞ”と声をかけると、男性と男の子が入ってくる。二人とも茶色の髪色をしているが、男の子の方が若干明るい気がする。
「お久しぶりですね、シュテルンベルガー伯爵」
「こちらこそお久しぶりです、クラウスハール侯爵」
大人の男性が父に挨拶をする。父は茶髪の男性のことを『クラウスハール』と呼んだ。
ここで前世の記憶を思い出す。…が特に記憶にない気がする。ということは、ヒロインのことを好きになるヒーローの一人ではないということか。
「こんにちは、シュテルンベルガー嬢」
明るい茶髪の男の子が私に挨拶をする。子供同士の挨拶ということか。
「こんにちは…初めまして…?」
メルクーア自体の記憶に彼は存在していない。
小説の中にもクラウスハールという人物は居なかったはずだ。
「初めましてではないですよ」
「あ…あはは」
そうはっきりと突きつけられて、私は乾いた笑い声が口から聞こえる。
いや…どう考えても初めましてですよ…。だって、ここ数年の記憶に彼らしき人はいない。
「ジークフリート・クラウスハールです」
爽やかな笑顔で手を差し出す、ジークフリートと名乗った男の子。私はじっとその手を見つめると、その手をとる。
「メルクーア・シュテルンベルガーです」
ジークフリートは私の手を軽く握ってから離す。
「子供同士、仲がいいですね」
彼の父親がそう言った後、私は男性の方を向く。
いやいやいや……。
今見てました?名前を言って挨拶しただけですよ?
私の思いは侯爵に伝わるはずもなく、私の父から”二人で遊んできなさい”と私とジークフリートを応接室から出す。
二人きりになった私たちは、数秒間無言で立ち尽くす。
「…どこかに行きますか?」
先に沈黙を破ったのは私だった。
ここから近い場所にある庭なら落ち着いて話せるだろう。
彼が頷いたのを確認後、先導してやってきたのはシュテルンベルガー家の明るい庭だ。淡い色の花で埋め尽くされた庭は、明るくて気分が和らぐ。
「クラウスハール様、どうぞ腰をおかけください」
白く塗られたベンチを指すが、彼は立ったままだった。
「……クラウスハール様?」
額に青筋が浮かびそうになるのを、我慢して堪える。
「ジークフリート」
「……は?」
素の声が出たのは聞き逃して欲しい。自分の名前だけを言うってどういこと?
「僕の名前はジークフリートです」
「知ってます」
さっき自己紹介しましたし。とは流石に口にしなかったが、顔には出ていたのだろう。ジークフリートは苦笑している。そんな彼は口パクで何かを伝える。
「えっと…ジークフリート様…お座りください」
何度目かで急に閃いた私は彼の名前を呼ぶ。すると、爽やかな笑顔を私に振りまくとベンチに腰掛ける。
「クラウスハール様は何か飲まれますか?」
「……」
今度はションボリとした顔になる。
内心、めんどくさいな…と思いつつも、名前を呼ばないと進まないことを覚悟した。
「ジークフリート様は、何か飲まれますか?」
「紅茶で」
満面の笑みとはこういうことなのだろう。嬉しそうに笑う姿を見て、私はドン引きだ。
そう言った邪念を取り払いながら、近くに用意されていた紅茶のセットで準備を進めていく。
「メルクーア嬢が入れるのか?」
「え?えぇ…こういう時以外はやりませんけど」
近くにメイドはいないし、夜遅い時に追加で飲みたくなった時などに自分で入れることがある。
「もしかして…やめたほうがよろしいですか?今すぐメイドを呼びますね」
そう彼に尋ねると、首を横に振る。
「大丈夫ですよ。ぜひ、メルクーア嬢が入れた紅茶を飲みたいです」
そう言われて嫌な気分になる人はいないだろう。
私は小さく返事をして紅茶を入れる。程よく香り始めたところで、カップに注いで彼の前にそれを差し出す。
「驚きました。令嬢がここまで上手に紅茶を入れることができる人、いませんよ」
私が入れた紅茶を一口飲むとそう言う。私はカップを手に持ったまま、目をパチパチと動かす。こうも素直に褒められると思っていなかったので拍子抜けしてしまう。
「…ありがとうございます」
「ルートヴィヒ様の好みの顔だったからでは?と言っていた人だと思えないぐらい…繊細だったとは」
「…はぁ!?」
彼の口からは聞き覚えのある台詞が、一言一句間違えずに紡がれる。
思わずガシャンとカップを乱雑に置いてしまう。大きな音がガーデンテラスに響く。動揺が隠しきれない。
待った…彼が言った台詞…私が言ったものじゃない!?
「…びっくりした」
「失礼いたしました。で…ジークフリート様はどうしてソレを?」
見えない部分から汗がぐっしょりと湧き出ている。
「メルクーア嬢が他の御令嬢方に囲まれていたときに、堂々と言っていましたよね?」
口元にカップを近づけ、優雅に答える彼に小さく”はい”と目を逸らしながら返事をする。もう目を合わせられない…羞恥心が湧き出てくる。
「…もしかして…近くで笑っていました?」
ふと去年のことを思い出した時、近くで男の子が笑っているのが浮かぶ。あの近くで笑っていたのは男の子だけだった。
「あ、気がつきましたか?そうです、近くにいた時たまたま聞こえてきたんだよ」
彼は段々と軽い口調になってきている気がする。
「そーなんですねー」
興味がないように返事すれば、彼は少しだけ頬を膨らます。コロコロと表情が変わるのは私のようで、見ていて飽きない。
「それを聞いて思ったんだけどね」
「うん、何?」
いつの間にか私の方もフランクになってきている。
「僕たち、友人としての相性がいいと思うんだ」
「…は?どうして?」
「なんとなくだけど…君が辛いときは支えになりたいなと。後、単純に面白そうだからかな」
前半はまぁ…よしとして、後半はなんだ。どういう理由だよ…と思ったが、断る理由もない。
「支えになってくれるって…どこまでかわからないけど…。でも、貴方が友人なら退屈しなさそうね」
そうして、私たちの新しい関係ができたのだった。
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