とりあえずは自然体に。(1)
ルートヴィヒ王太子殿下から婚約された私、メルクーア・シュテルンベルガーは破棄されない未来のために、彼との距離を程よく縮めていた。
急に詰めすぎない。じっくりゆっくりと。彼から招待されるお茶会には進んで参加もした。
まだ公に婚約者として発表されていないため、隣に立ち続けることはしなかったけど。彼のお茶会には、彼の婚約相手候補となる年頃の令嬢が沢山いた。その中にはもちろん可愛い子もいた。
その子たちより可愛くて、選ばれたのが私なんだと思うと、自然と笑顔になってしまう。
そして、内密にルートヴィヒとの密会など開いている内に一年が過ぎた。私より早く産まれた彼の誕生日に婚約者発表をするのだそう。
メルクーアの家であるシュテルンベルガー家に、ルートヴィヒが選んだドレスや装飾品が贈られてきた。
彼の誕生日当日。
私は贈られてきたプレゼントを全て身に付ける。体のラインを美しくみせるコルセットに数回吐きそうになった。直前に甘いものを口にしなければよかったと後悔だ。
メイドのお墨付きをいただいた私は、王宮から派遣された馬車に家族と乗り込む。
父親もかっこいいが、母親も兄達も皆が彫刻のように美しい容姿をしている。私は改めて、この世界に転生できてよかったと思った。
少し早めに到着した私は、ルートヴィヒからのエスコートを受ける。
「こんばんは、メルクーア嬢。月のように…いやそれ以上に美しいね」
開口一番、歯の浮くような台詞を受ける私は目を見開いてしまった。
さすが主人公と言うべきか。幼いながらも女性を褒める言葉が、こうもスラスラと言えるなんて…。
「こんばんは、ルートヴィヒ様。そんなことはありませんわ。月の方が美しいため、私が霞んでしまわないかが心配です」
私も私で年齢以上の返答をしてしまった。
「そんなことはありませんよ。今日はメルクーア嬢が一番輝いて見えます。月は今宵は許してくださるでしょう」
なんて談笑していると、いつの間にか裏口に到着していた。
私とルートヴィヒはこれから国王の話が終わり次第、彼にエスコートされて皆の前に出ていくのだ。
「……っうえ」
王国全土の貴族の前に姿を現れると考えただけで胸焼けしてしまう。緊張で心臓が出でしまいそうになる。
私の異変に気付いたルートヴィヒは心配そうにこちらを覗く。
「大丈夫かい?」
「えぇ…大丈夫です。少し緊張で…」
手で静止するポーズを取っていると、彼は私の両手を包んでくれる。
「こうやると安心するらしい。妹が言っていた」
彼の真剣な顔に圧倒されて何も言えなくなる。
ルートヴィヒの妹だから王女様か。きっと彼に似て美しいのだろう。
私は彼の手の中で力を入れる。
「ありがとうございます。緊張が…ほぐれたような気がします」
「良かった」
程よく私の緊張がほぐれたところで、二人に声がかかる。
つまりは…王の言葉が終わったのだろう。
「さぁ、お手をどうぞ…マイレディー」
私は差し出された手を取る…と二人で明るい場所へと足を運ぶ。
夥しい数の拍手に少しだけ怖気づく。
(…だって…今までこんな事…なかったし)
怯みそうになるのも、ルートヴィヒが静止してくれるので、逃げないようにしっかりと地に足をつける。貴族たちの中からは、怒りを隠し切れていない面々も見えるが、それは大人のように笑顔で対応する。
「ルートヴィヒの婚約者となった、メルクーア・シュテルンベルガー嬢だ。さぁ、メルクーア嬢挨拶を」
陛下が群衆に私を紹介する。名前を呼ばれると、情けない声が口から漏れる。
「…ひゃ、ひゃいっ。メルクーア・シュテルンベルガーです。王太子であるルートヴィヒ様を支えられる王太子妃となります」
八歳の私にはこの挨拶が限界だ。これ以上のものは、パニック中の頭では考えられない。泣きそうになるのを頑張って抑えて、震える足でしっかりと立つ。
まばらではあるが、拍手があったということは…一応は認めてもらったということでいいのだろう。
まずは第一関門突破だ。
私の挨拶の後、会場に控えていた王宮御用達の演奏家たちは綺麗な音楽を奏でる。
その音楽に酔いしれていると、ルートヴィヒは私の目の前で手を出す。
「僕と一曲お願い出来ますか?メルクーア嬢」
一難去ってまた一難。
ダンスなんか苦手だよ…。
逃げ出したくなるのを我慢して彼の手を取る。
「…私、ダンス苦手ですよ」
あまり身長が変わらない彼の耳元で小さく呟くも、ニッコリと微笑まれただけだった。
ちょっと…今の笑顔は何なのよ。
「僕がリードするから大丈夫だよ」
「そ、そうですか」
「そう。だから、貴女は僕に身を任せて」
こんなにも信頼できる人はいるだろうか。
私は黙って頷くと、彼のリードに身を任せて一曲を踊り終えたのだった。
…第二関門も突破だった。