番外編④ ラスト2話、春馬版
まだ夜明け前の海で、俺は草むらに例の乗り物をセットした。
たぶん、明日菜なら、あの話を読んでいる。
最後の最後に、たぶん、読んでる。
「・・・まあ、そう、俺が、しむけたしな」
けっきょくは、俺は間に合わなかったけど。
最悪にちかい偶然が、俺たちをおそってしまったけれど。
「まあ、すべては、いまから次第?」
ー思いつける手段はぜんぶうつ。
相変わらず、俺の頭脳は絶好調にフル回転している。
こういう時にフル回転しなれば、
ーいつ、つかう?
本気で、そう思う。
「ちょうどいいの、よく、イケカマ係長もってたな?」
しかも、やけに可愛いんですけど?!
いや、イケカマ係長もたしかに美人だけどさ。
「・・・かわいすぎない?」
そりゃあ、あのパンダはかわいいけど。
だけど、
ーほんとにベストのタイミングかは、
「・・・俺にもわかんねーんだよな」
ただ、明日菜のこころの休憩が、満たされたことをねがうけれど。
「・・・短いもんなあ」
明日菜が、言葉を理解し始めた時からのこころの傷を考えたら、
ーもう20年近く、明日菜は他者のなにげない言葉に傷ついていたことになる。
20年のかわりにしては、
「・・・無茶だよなあ」
そうおもうけれど、俺には、このタイミングしか思い浮かばない。
そのうちに、明日菜の異変に、きっと、あいつらが気がつく。
そうしたら、きっと、いつかは、また、なんらかの形で明日菜を傷つけるかもしれない。
ーもう二度と傷つけたくない。
その想いは、明日菜をとりかこむすべての人間の想いだし、願いだ。
そういう未来であってほしい。
「ーなら、俺がどうにかしてやる」
ちりん、と例の乗り物の、ベルをならす。
ー春馬くん。
あの声を俺はぜったいにあきらめない。
「たのむぜ、パンダ」
デミオのサイドミラーも、わざと、たたまないで駐車している。
あとは、
「明日菜の視界に、俺は、入らないようにしないとなあ」
無意識で、思い出してもらわないとこまる。
きっかけに、俺は重すぎる。
ーだから。
「ー釣れるなよ?」
ただの釣り人に、風景になじむために、俺はいつもの穴釣り用ロッドとリールではなく、ふつうに、シーバス用のロッドに、これまたシーバスようのPEラインとリーダーそして、
「・・・これくらいいいよなあ」
だって、こんな針と餌ににくいつくなんて、絶対でかいし。
たまたま、きのう、でっかいサイズのエビ見つけたし。
こんなでかいのリリースサイズはくわないだろうし。
そのための、シーバス用だし。
ん?エギングじゃないのか?
ーあんな高いのもし折れたらもったいないだろ?いや、ひとによっては、シーバス用の方が高いだろうけどさ。
使用頻度の問題じゃね?
どっちにも金かけられるほど、俺は金持ちじゃない。
簡単にわりと、ロッドって折れるし。置き竿していたら、軽い分、海に沈むし。
ーそしたら、一瞬で万単位で、あっさり海の中だし。
実際、何回かやったし。
ー学べよ、俺・・・。
シーバスもまあまあ高いけど。
「俺、へたくそだしなあ」
いまだに、憧れのシーバス様だ。ちなみに、糸島ではやらない。博多湾の河口でやってる。
博多湾だから、
ーくさい。
時々、めちゃくちゃ、オイルかなにかでくさいし、海もあんまりきれいじゃない。
九州一のネオン街でやってるし、競艇場のそばだし。
夏場はちりりんって鈴の音がして、うなぎ釣りのひといるけど。
ー鈴ってむかしのひとの知恵なのに、いまだに、無敵なアイテムって、感心するけど。
・・・ここのウナギを売るの?
マシで?
えっ?!まさか、あの繁華街?!
ーこわくて、そこまで、きいてないけど。
真水で何日か泥を吐くなら、いいのかなあ。
ー天然ウナギには、間違いないし、
ー新鮮なのも、間違いないし、
ーまぎれもない、福岡産だし。
「・・・看板に、いつわりないな」
そう、おもうけど。
「・・・偽りは、ないよな」
なら、いいのかな?
俺には、手が出ない値段だろうし。
まあ、深く考えるのは、やめとこう。俺には関係ない世界だし。
「もうすぐ、夜明けかあ」
のんきにつぶやいた、俺は忘れていた。
ー夜明け=魚が活発化する、
あさまづめ、ってこと。
まだ暗い夜明け前に、車の音がきこえた。
車から、降りる人影に俺の鼓動が、どくんってはねた。
まずい、俺らしくもなく、
緊張してるけど?!
ー俺も、人間だったらしい。
当たり前だし。
ただ、自然相手は本当に、よそく不能だったんだ。
予測不能だから、俺でも、ストレスフリーで遊べてるんだけど。
「俺って、すげーな」
どうしてこう斜め上をいくんだろ?!
マジで、理解不能。
だって、
明日菜が、じっと、さっきの乗り物に目をやっている。
・・・明日菜がいる。
おちつけよ?俺。
そう思うのに、バカみたいに心臓が鼓動をはやめる。
いつも、冷静なはずの俺なのに、
タイミングが大事で絶対に失敗できないのに。
そうわかっているくせに。
いやってほどわかってるのに。
ーやばい。
明日菜がそこにいる。
やばい。
いますぐ、防波堤から駆けおりて、抱きしめたくてたまらない。
ドクン、ドクンって
鼓動が耳に痛くて、いつも、冷静なはずの俺の頭が、
ー煮沸したみたいになる。
パニックになる。
実際に、俺はいつもなりそうになるけれど。
「あすー」
耐えきれなくて、ぐっと足に力をいれてロッドも手放して、駆け出そうとしたら。
「わっ?!」
ぐんって、俺を力強く、踏みとどませる、力が、あった。
ーマジか?!
俺の意識は、あっさりと明日菜からそっちに向かう。
俺に、同時進行はむりだ。
視界がそっちを自覚しちゃったら、もう、完全にそっちしかなくなって、
なにより、
「・・・なんで、すぐに、食いつくんだ?」
しかも、みょうに重いんですけど?!
でも、俺だって、いつもの穴釣り用の細い糸や小さなロッドや、リールじゃない。
ーシーバス仕様だぞ?!
・・・いまだに、シーバス釣ったことないけど。
シーバス様なのに、サビキ釣りしてるけど。
だから、
「使い方は慣れてるぞ?」
サビキ釣りは、ほんとうに、五目釣りだぞ?!
かかった豆アジにヒラメがくいつくんだぞ?!
あいつらの引きはつよいぞ?!
って思いながら、釣りあげたら、
「おっ!マジで釣れた!」
あの仕掛けにかかるくらい、超でかい!
「やっぱり、俺って、なぞに強運!マジ、すげー!」
って、防波堤ではねてしまう。踏み外しそうになって、あせったけど。
ひやって、したから、冷静さをとりもどして、
「まぶしい」
って、目をほそめる明日菜の顔が俺には、はっきりみえた。
ー明日菜だ!
明日菜には、逆光でも、俺からは明日菜がはっきり見える。
ー明日菜だ。
俺の視界がちょっと、にじんだけど。
「ーパンダ?」
って声に、
「失礼だな、俺の愛車だぞ?」
口がかるいのが、俺だ。
反射的にいっていた。
俺には、我慢ができない。
たぶん、そういう特性だ。
だから、口が軽い。
柴原は、療育をうけてるから、セーブしているけれど。
俺の場合、口がかるい。
正直、どうしょうもない。
ひとの秘密は、ほとんど、まもれるんだけどなあ。
・・・自分のことになると、ムリ。
柴原いわく、風船よりかるい。
あれ?
俺ってハゲ上司よりもかるいわけ?
ヘリウムガスよりも軽いの?
ー相変わらず、絶好調な俺の思考。
すげーな。
マジで、なぞ。
だから、
「えっ?」
って、いつもの調子でそう返していた。
後から考えたら、俺って、バカじゃないの?!って本気でおもうけれど。
うれしくて、やっていた。
だって、明日菜だ。
ちょっと、やせてしまって、顔色も悪いけれど、
ー明日菜だ。
明日菜が目の前にいる。
それだけで、俺の頭も心も絶好調に、ご機嫌にまわりだす。
だって、
ー明日菜だ。
すごくない?
明日菜がこの世界にいてくれるんだぞ。
ーすごくない?
俺はまた、防波堤の上でジャンプしてしまう。
こういうの、人によっては、多動になるんだろうな。
俺の頭は時々暴走して、口と身体にでてしまう。
たいてい、うれしいときにそうなる。
わかっても、こればっかりは、俺にはとめられない。
ーとめたら、生きていけない。
俺には、嘘がつけない。
でもさ、
いま、うそつく必要も、感情をころす必要もない。
ーここに、明日菜がいる。
すごくない?!
しかも、
「えっ?」
って、俺の声に、
ー明日菜がこたえてくれた。
すごくない?!
俺はますますピョンピョン飛び跳ねて、
ー落ちそうになる。
やばい。マジで落ちる。
明日菜が、心配そうな顔をした。
ー俺の、心配をしてくれてる。
マジで?!
こんな奇跡あんの?!
だって、すげーぞ?!
ー明日菜がいるぞ?!
―この世界に
・・・明日菜がいる。
それだけで、
ーマジ、すごくない?!
って浮かれていたら、
「・・・いつまで、やるの?春馬くん」
いつものトーンであきれられた。
ー俺って、どうよ?
一瞬、マジでへこんだけど、
でも、
ー明日菜の視界に俺が映った
俺が、また、映った。
ーすごくない?!
だから、俺は笑ったんだ。
「おはよう!明日菜」
ほんとうに、こころから、そういった。
うしろから、朝陽がばかみたいに顔をみせて、
ーいつかみた、映画のワンシーンみたいだったけれど。
明日菜はスクリーンのむこうがわにいるように錯覚したけれど、
「・・・なんで、それ?」
俺の魚にこんな反応をするのは、明日菜、しかいない。
それがこんなにうれしいんだ。
ーおはよう、明日菜。
明日菜がここにいる。
それが、俺はこんなにうれしいんだ。
ただ、それだけだ。
ほんとうに、この世界にいてくれる、
ーそれだけで、
俺はとてもうれしいんだ。
ーおはよう、明日菜。
これからは、絶対に俺が守るよ?
そう、おもうんだ。
ーおはよう、明日菜。
明日菜がここにいる。
それだけで、
俺は、すごく、うれしいんだ。
ーおはよう、明日菜。
なんどだって、俺がそういうから。
ーおはよう、明日菜。
かならず、そう何度だっておこすから。
ーゆっくり眠れた?
いつか、明日菜が落ち着いたら、そうきこうって、俺はおもっている。
ーおはよう、明日菜。
そのことばを、きようも俺はかみしめている。
ーおはよう、明日菜。
ほんとに俺を思い出してくれて、
ーありがとう。
こんどこそ、俺が絶対にまもるよ?
俺は涙でにじみそうになる視界をぐっとこらえていた。
ほんとうに、
ーおはよう。
こころから、そうおもった。
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少しでも続きが読みたいと思われたら評価お願いします。
予想外の方に読んで頂き、ふたりのハッピーエンドをこちらにもってくるか悩み中です。
ほんとうに読んで頂きありがとうございます。
あと誤字脱字ほんとうにすいません。ありがとうございます。