第12話 彼氏と彼女と、彼氏の本音。
「・・・先輩は?」
私は学校から帰るとすぐに、自分の部屋でうがい手洗いをしっかりして、着替えて、きちんとマスクをしてから、明日菜先輩のお部屋をたずねる。
前は、ここまで、注意はしなかったけど。
ーいまの明日菜先輩を専門の病院でもないなら、まかせたくない。
それが、私たちにただできることだったから。
ただ、前とはちがうのは・・・。
「おかえりなさい」
「こんにちは」
明日菜先輩には、家族がついていた。
明日菜先輩のお母さんか、お姉さんのどちらかが必ずそばにいて、お休みの時にはお、父さんとお兄さんもきていた。
ー来てたけど。
「いまは、寝てるわ」
明日菜先輩は、あの日以来、私たちに笑顔をみせてくれない。
ほんとうに、ただ、ぼーっとしていか、眠ってる。
問いかけても、なんの感情もない目が、私たちを見返してくるけど・・・。
「ごはんは?」
「ー少しだけだけど食べたわ」
明日菜先輩は、だされた食事をちゃんと、少量だけでも口にしちゃうから、
「・・・やっぱり、いまの状態じゃ措置入院はできないって」
明日菜先輩のお母さんが溜息をついた。
ー明日菜先輩は、ただ、ぼーっとしていて、でも、食べ物をくちにして、だけど、あんまり動こうともしなくて、
ー自殺も他害も心配いらなくて、
「ーだいじょうぶ、だよ?」
時々、ふと思い出したように、そういうから。
ー入院もできない。
私たちには、ただ、見守ることしかできない。
ほんとうに、明日菜先輩が、もう言葉を理解でき始めた時から、無意識でなげつけけられてた言葉が、もう何年も続いていたから。
ー明日菜先輩とは、きりはなせないから。
ただ、20年近くの明日菜先輩の傷ついてしまったこころの休憩が、必要だった。
「ある日、突然、その時はおとずれる。なにかのきっかけさえあれば、また立ち上がって、歩き出せる、ーそんな子もいるって」
全員がそうとは、言えないって、言われたけれど。
ー私たちは、ただ、明日菜先輩がこれ以上、傷つかないように、ただ、見守っている。
「・・・先輩、また見てる」
つけてあったテレビでは、全国のお天気地図がでて、明日菜先輩は、ただ、日本地図の下の方をみていた。
そして、その地図がなくなったら、また、うとうとしてる。
「・・・きょうは、もう少しだけ、大きなアルファベットに、してみたの」
明日菜先輩のベット脇にある小さなテーブルには、小さく英語表記で、シンプルにFUKUOKAの文字がならんでる。
明日菜先輩は、その文字をたまに確認するようにじっとみて、でも、またうとうとする。
このマグカップを選んだのは、明日菜先輩だった。
私たちは、もう、明日菜先輩の心がこれ以上、傷つかないでいいように。
彼、のものは、徹底して隠していたけど、ある日、いまみたいに天気予報の地図をじっとみて、食器棚をみて首をかしげて、
「・・・マグカップは?」
そう呟いた。
私たちは、びっくりしたけれど、明日菜先輩を刺激しないように、小さな文字からはじめていた。
ーだって、たったひとつの希望だったから。
「・・・まだ、なのかな?」
もう、あれからずいぶんと月日がながれてる。
もうすぐ、春が来る。
ー明日菜先輩が、ゆっくりと壊れていった春が来る・・・。
あの人は、ただ、それを待ってる。
遠くはなれた、場所で、たまに私たちがおくる明日菜先輩の写真や動画をみてる。
だまって、明日菜先輩をみまもっている。
ー明日菜先輩が、あの人のことを拒絶した日に、
「ーよかった」
パソコンの画面ごしに、そう言って、泣き崩れたひと・・・。
私たちには、理解できない行動だった。
ーだって、忘れちゃったんだよ?
あの人だけを、忘れちゃったんだよ?
私だけ、明日菜先輩に忘れられちゃうのと、同じだって、思ってたけどー。
「・・・まだ、俺にもチャンスがある」
俺は、まだ、明日菜の特別だって、膝から文字通り、崩れおちるように、なきくずれていた。
ーそうだ。
明日菜先輩は、あの人のことだけを、忘れてー。
でも、あきらめてないんだ。
ー特別、なんだ。
それが、私たちにもよくわかった。
明日菜先輩のたったひとりの、一番星。
大都会の東京の夜に、いつだって、その小さな光をみつめていた先輩。
・・・優しい明日菜先輩。
いつだって、私たちを見守っていてくれていた、でも、一度だって、
ー私たちには、なんにも言ってくれなかったね?
いつだって、やさしく笑ってたから。
ーだから、みんな、気づけなかったんだ。
だって、明日菜先輩は、
ー女の子だよ?
もともと、隠すのがうまいんだ。
もともと、
ー私たちに笑顔を見せていてくれたの?
ーほんとうの、あなたの姿はどこですか?
いま、いる明日菜先輩は、笑ってた、先輩は、
ーどこで時をとめたの?
もう傷つきすぎちゃった心には、わかんないよね?
だって、ずーっと、見ていたはずたった。
だって、ずーっと、笑っていてくれた。
笑ってたんだ。
ーあの日まで。
どんなにきつくたって、
ー年子の面倒見がいいお姉ちゃんって、時点で、もう頑張っていたね?
そこに、気づいてあげられなかった。
だって、
背丈だけでみたら、ふつうの子の平均をはるかに超えてたね?
みため、だけなら、2歳以上は、うえにみえてたね?
ー背が高いから、年相応のことをしたら、わがままな子って見えちゃってたよね?
ー見た目でたくさん傷ついてたのに。
子供の年の差はすごいのに。
たくさん、我慢してたね?
ーえらかったね。
でも、もう、そんな言葉もとどかない。
ーいいよ。
よくがんばったね。
えらかったね。
ーごめんね、は、絶対にいわない。
約束するよ?
そんな簡単な言葉で、ママは絶対に、
ーパパを許さない。
そして、
ーママも許さないでください。
あなたたちに、だけ、そう言われていいよ?
ーママ、いつも守ってくれてありがとう。
守れなかったって、後悔はもうしないよ?
だって、もう、
ー前をむいて、歩き出した。
たくさんのことに、傷ついても、
ーママ、いつも守ってくれてありがとう。
そんなやさしいウソで、もう二度と心が凍り付かないなら。
ーママだけじゃない。
ーみんながあなたの成長を見守ってくれる。
ほら?
よーく、耳をすませてごらん?
あなたのまわりは、みんなあなたを守りたいって、必死なんだよ?
ーママ以外にも、たくさんの大人がみまもっていてくれるよ?
歩き出した、その一歩に。
歩き出せなくなった、その心に。
逃げられた、その勇気に。
ーもう、いいよ。
よくがんばったね。
えらそうに、まわりはいうけれど、
ーママたちの子供の頃に、コロナはなかった。
それだけが、事実なのに。
ーもう、いいよ。
そう言ったって、もうその背中はまっすぐに前を歩き出したから。
ママはだまって見守るね?
ーほんとうに、
よくがんばったね?
えらかったね。
ーほんとうに、たくさんのひとに、助けられて、
あなたはいま、前をむいて、笑ってくれている。
ーそれだけで、みんなが、とてもうれしいんだよ?
ちいさなその心を、守れたって、思うから。
みんなの願いを、かなえてくれたから。
ーゆっくり、すすもう?
そんな言葉も、もうとどかない。
だって、もう、力強く、まっすぐに歩き出しちゃった。
その瞳にしっかり、未来を思い描いて。
ーもう、そんな言葉もとどかない。
それが、みんながうれしいんだ。
でも、ほんとうに、つかれたら、
ーにげてもいいんだよ?
だって、いまの大人が子供の頃に、コロナはなかった。
ーそれだけで、もうじゅうぶん、
あなたたちは、ママたちをこえたんだ。
だって、いのまの大人のこどものころに、
ーコロナは、なかった。
大人が絶対に忘れちゃ、ダメなことなんだから。
大人が怯えてるのに、
どうして、やわらかな子供たちの心が守れてるって、
ーその笑顔のやさしいウソに、気づけてますか?