第11話 彼女と彼氏の負の連鎖。
つぎに、目が覚めたら、
「ーふえてる」
私の小さな部屋の人口密度があがってた。
いつもの後輩三人と、マネージャーと、寮母さん。
後輩が、ひとりふえたけど・・・。
ー?
なんで私はこんなにほっとしてるんだろ?
私の大切にしてた、なにかがたりないのに。
ー?
ふと、目についた、不自然なほど大きな「福岡」の文字。
ーあっ、そうだ。
「・・・春馬くん」
そうつぶやくと、私のあたまがすこしすっきりしてくる。
「-ダメだよ」
すこしじゃダメなんだ。
もっと、もっと、もっと、
ー私はがんばれるよ?
だから、
「ー大丈夫だよ?」
私はみんなに、そう言った。
みんなが、なにかを言いたそうな顔を、したけど、
「ー着替えたいから」
そう言った私の言葉をきいて、だまってうなずいて、外にでてくれた。
ーだれも、いなくなった。
私は、ようやく、なんだか、心がおちついた。
ー?
おかしいな?
みんな心配してくれてるのに。
ひとりの方が、いい。
ーひとりにして、ほしい。
もう、だれも私にちかよらないで。
その吐息ですら、きついんだ。
ー?
おかしいな。
みんな、心配してくれるのに。
「・・・もっとがんばるよ?」
だって、私がきめたんだよ?
私以外の誰もわるくないよ。
ね?
春馬くん。
みんなが心配そうなのは、
ー私が悪いんだよね?
「・・・疲れた」
そう口にしたいけど、
「まだまだ、がんばれるよ?」
だから、そんなに心配しなくていいよ?
ー誰に私は言いたいの?
だれに、いいわけしてるんだろ?
ー?
一瞬、わけがわからなくなった。
ーでも。
ふって、目にはいったマグカップの文字が、私を現実にもどす。
「ー春馬くん」
ふと時計をみてみる。
「・・・仕事だよね?」
ー仕事にいけたのかな?
その時、優しい手の感触を思い出した。
「大丈夫よ、明日菜。あなたはちゃんと彼を守れたから」
ー耳にもうお母さんより、馴染んだマネージャーの声がする。
そっか。
なら、もう、いいや。
って、思いそうになったけど、福岡ってかいてあるマグカップの文字が、また、私の頭を少しひきもどす。
「ー春馬くん」
ふと時計をみてみる。
「・・・お仕事だよね?」
ー仕事にいけたのかな?
あれ?
まったく同じことをー。
私はいま、した?
「どうでもいいよね?」
ーよくないよ。
また、マグカップの福岡って文字が私を現実にもどした。
「・・・ダメだよ?明日菜」
私は、もっともっと、
ーがんばらなきゃ。
だって、私がみんなを、悲しませてる。
私の我がままで、ここにいるんだから。
ーあの哀しい瞳が、忘れらない。
・・・誰にあの子の夢が、つぶされたの?
なんで、あの子の心に、誰もよりそわなかったの?
「誰か、いたら、いまごろ私はー」
どうしたのかな?
私ののぞみはー。
・・・みんなに、笑ってほしかっただけだよ?
ね?
春馬くん。
あの子の心に寄り添えちゃう私が、おかしいのかな?
あの子だけが、悪いって思わないと、ダメなの?
ーなんで?
じゃあ、あの子の泣いてる姿は、誰が救ってくれるの?
「ー誰もわかんないくせに」
ー本当は、元カレじゃなく、相手は大人で、あの子は、ただ、脅された友達を助けようとしていただけだよ?
みんなそう言っても、信じてくれなかったくせに。
あの写真だって、ほんとうは、モザイク処理されていたのに。
ー誰があの子の夢を、つぶしたの?
あの子の言葉を信じた、私がわるいの?
ーもういいよ。明日菜。
明日菜がしんじてくれただけで、いいって。
ーなんで?
どうして、真実の方が、嘘をつくの?
いつもそう思ったけど、私が口にしたら、あの子の想いを否定してるみたいで。
あんな記事がまた、検索されちゃうから。
ー私は、誰にも言えなかった。
だって、みんなのほんとは、あの子の真実じゃないよ?
「こんなこと、春馬くんや真央にもいえない、よ?」
だって、
「ー誰も、悪くないよ?」
ー私が決めたんだよ?
「私が決めたんだよ?神城明日菜」
ー神城明日菜。
そう言葉にしたら、
ーカチッてなんか頭の中で音がした。
ーけど。
やっぱり視界にはいったご当地マグカップが邪魔をする。
ーもうほおっておいてよ。
ーあれ?
「・・・私ー」
ー?
ふと時計をみようとして、チカチカ光るあかりにきがついた。
スマホだ。
手に取っとると、たくさんの不在通知。
ー春馬くんだ。
「・・・よかった」
いつも通り出勤できたんだね。
よかった。
ーあなたは、彼をちゃんとまもったわ。
耳になじんだ声がする。
もうお母さんよりも、なじんじゃった人の優しい声がする。
ー春馬くんよりも。
「あっ、電話」
またご当地マグカップが視界にはいる。
ーうるさいな。
いちいち、視界にはいらないで。
もう、きついのに。
ーいつも、私には、あとでって言うのに。
どうせかけても、仕事中っていうのに。
ー私の心なんか誰もわかってくれないのに。
「パンダって、メェェェってなくんだよね?」
ー東京に帰ったら、読んでみろよ?
そういえば、そんな約束をしていたことを、ふっと思い出す。
パンダの方が、彼を思い出すより、楽な気がした。
ーなんでもいいや。
あのマグカップの文字から、逃れられるなら。
ーもう、なんでもいい。
「誰だった?」
ーわら けんたろう さん。
そう、言ってたよね?
もう、
その声もあんまり思い出したくないけど。
パンダの方がいい。
私はスマホを検索した。
ーよくこんな話、おもいつくな。
文字とちょっと変わった、でも、たしかに笑ってしまった話に、私の頭がすっきりした。
文字をよんだから、頭がまわりはじめたんだと思う。
ー活字の力は、
ご当地マグカップが目にはいって、
ーきつい。
って、思った。
あれ?
たしか、同じことを高校生の後輩も言ってたような。
ーコロナって見るだけで、もうきつい。
高校生のあの子でそうなら、もっと小さな子は、どうしてるのかなって、おもった。
カタカナなら、ほんとうに小さな子もよんでしまう。
いやでも、目にはいる言葉。
ーけど、もう、いいや。
って、思うけど、
やっぱり、その文字が私に彼を思い出せる。
「・・・助けて」
気がついたら、そう口にしながら、
私はスマホの不在着信を、リダイヤルした。
ーしたのに。
「ーあっ、はい、もしもし?」
聴こえてきたのは、私にもよく耳になじんだ声で。
「ー誰ーって、明日菜?!きゃっ?!」
すごく、大きな音がして、
「真央っ?!だいじょうぶ?!」
私がそう言う前に、
「柴原?!」
そう叫ぶ声がした。
いつも、私のそばにいないのに、
いつだって、このふたりは一緒にいるんだね?
「なんか、疲れた」
私はスマホをきってローリングの床にほおる。
なんか、割れる音がしたけど、
ーもういいや。
もう、
「ーいいよね?」
ーいいよ。
誰も言ってくれないけれど、
「明日菜?!」
私は慌てて部屋に入ってきたマネージャーに言った。
「その文字きらいだから、捨ててほしい」
もう、嫌だ。
ほんとうに、嫌だ。
ー疲れちっゃた。
視界にはいるあまりにも多くの情報が、活字が、呪いのように、
ーしんどい。
ただ、
「・・・疲れた」
私がそう呟いたら、
「ーうん。もう、休んでいいよ?明日菜」
ーよくがんばったね。
そう、もうすっかりお母さんより、耳になじんだ優しい声がしたけど、
ーそこからの記憶は、ひどくあいまいになった。