第9話 彼氏と彼女と、友人と。
「よっ、有名人」
会社に着くなり、俺は、そのめずらしさにびっくりした。
「へっ?柴原?」
ー俺と明日菜の、いや、明日菜の親友の柴原だ。
産休ではないけれど、このコロナのまっだなかの、妊婦さんなので、ふだんはリモートをしている。
夫のイケメン先輩もリモートが多い。
俺の会社は外資系なので、そういう待遇は日本よりずーっと優れているる
「なんで?」
「んー?ただの妊婦検診のついでだよ」
柴原はそういって、
「ームリがあるね」
肩をすくめる。
「ーたしかに。お前、俺たちの子守りを卒業する気だっただろ?」
「ー怒っていいかな?」
「うそです。ありがとうございます」
「明日菜にも、そんだけ素直ならいいのに」
「ーこれは、もう、お前にだけする挨拶だ」
「ー明日菜が泣くよ」
「言わないから」
「ーいうのが、あんたでしょ?」
「ー確かに」
俺の口はかるい。
かるいけど、それで誰も被害はない。
ーだって、俺、基本的に柴原以外の親しい友人いないし。
いる必要ないし。
ーめんどくさいし。
会社の人間関係だけで腹いっぱいだ。
ーこの会社はあんまりない気もするけど。
でも同じ考えの奴は柴原しかいない。
イケメン先輩は、俺と柴原にあわせられる貴重な人だから。
ー明日菜は、ある意味で似てるから。
だから、俺と柴原が明日菜を理解しちゃうんだ。
じゃないと、こんなにながく俺たちとつきあえない。
ー相手をつかれさせちゃうから。
根本的に、なにかが違うんだ。
ただ、俺と柴原の間では、そういう気遣いをしなくてすむ。
ー同類だから。
「で、明日菜に連絡取れた?」
「なんでとれない設定?」
「わかんないわけないじゃん」
「だよな。ひとついい?」
「わざとだよ?」
「じゃあ、きくな」
「もしも、があるじゃん」
「ねーよ。俺とお前だぞ?」
柴原は肩をすくめると、俺の隣にあるイケメン先輩のデスクにすわった。
「どう動く気?」
「・・・最終手段は、あんまり使いたくない」
「無理だよ?」
「・・・だよな」
「はやく行動したら?どうせ同じなら、もう時間がないよ?」
「お前は?」
「んー。いまは、ムリ」
「ーひとつだけいい?」
「私はきめないよ?」
「はやすぎね?」
「言葉いる?」
「何語ではなす?」
「言ったらやるよ?」
「お前はできるから、いやだ」
「あんたもその気になればやるでしょ?」
「簡単に、その気になれれば、苦労しない」
そのやる気スイッチ、マジでナゾのオンオフなんだけど。
「ごめん。私はわかんない」
「だよな」
柴原は柴原で苦労している。
ただ、処理スピードが俺よりはるかに高いだけだ。
それに、そもそもこいつは俺以外のやつにこんな、うかつな発言しない。
イケメン先輩はべつだけど。
あのひとや、明日菜は、イケカマ係長も、俺たちのことを知っていてくれるから。
ーだから、俺たちは息ができる。
それに、どっちにしろ。
「どうせ、その手しかないよな?」
「だから私は決めないよ?そもそも、その言葉自体がもう決めてるよね?」
「ああ、どうせ?」
「どうせ、だよ?」
柴原はそういうと、やわらかな笑顔をみせた。
「英訳したらだめだよ?たしかに私はイケになったけど」
ーここが、明日菜と柴原の決定的な違い。
俺の思考を完璧に先読みしてくる。
明日菜なら、エスパーかってなるけど、
「相変わらず、すごいな」
「いまさら?」
あたりまえにそういうのが、柴原だ。
だから、ほんとうに油断していた。
だって、俺も柴原も、明日菜がなんらかのリアクションをおこすことは、予測していたけれど、そこに柴原が絡む気は、
ーほんとうになかったんだ。
それが、離れた場所にいる明日菜にしてあげられる柴原の最大の心遣いだったから。
もうこれ以上、明日菜を傷つけたくないって、
俺も柴原もほんとうに予想外だったんだ。
ー俺たちだって、予測できないことは、あるんだよ。
表情にでないだけで、焦ってることは、多いんだ。
あの柴原が焦って、キャスターつきのデスクチェアーから、落ちたくらいに。
イケメン先輩が慌てて、病院に連れていったけど、俺はあの日以来、柴原に直接あえてない。
ーほんとに、なんなんだよ?
俺たちが一体なにをしたら、こうなるんだよ。
ーただ、守りたいだけなのに。
ほんとうに、それだけなのに。
ただ、俺にはひたすら柴原の小さな命の無事をひたすら願って、
ーちょっとは、神様って信じられるかなって思った。
いまが最低なら、絶対に浮上してやる。
俺が無理やりにでも釣りあげる。
もう柴原のノットがなくても、どんな方法でも、反則技でも、
ーバレなきゃ、俺の勝ちだ。
逃がした魚は大きいって、成人式の笑ってたやつらに、赤木に、こんどこそいってやる。
「ーいちども逃がしてねーよ」
いまは、いきなりとなりで水中ドローンが潜ってく意味不明な時代だけど、簡単に魚群探知できるけど、
「ーシンプルイズベストって、よく言ったよな」
頭のわるい俺でも理解できる、単語。
ーカタカナじゃなきゃいいなあ。
調べる気もしない、慣用句?
「・・・翻訳アプリってどこまであってるんだろ」
柴原マスターもう頼れないんですけど?!
そもそも、あの場所、何語だよ?
ってか、そもそもあれってどこだ?
ついさっき、イケカマ係長に渡された紙切れを見ながら、俺は首を傾げた。