第8話 彼女と彼氏の、えらばれちゃった、子。
「・・・眠ったわ」
やさしく明日菜ちゃんの髪をなでていた、明日菜ちゃんのマネージャーさんが、そう言った。
私は、ほっとする。
はじめて、私が明日菜ちゃんに会ったのは、彼女が13歳の夏休みで、長年このプロダクションの寮母をしている私にも、すぐにわかった。
ーああ、この子は、えらばれちゃった子、だ。
自分からは、なにも望んでないのに。
ーえらばれちゃった子、だ。
たまに、そういう子をみかける。
ほんとうに、数年に1度だけだけど、
ーふつうに生きることを、外見だけで、あきらめないといけない子たち。
べつに、芸能人に限ったことじゃない。
ふつうに、多くが、一般的に存在するけれど。
明日菜ちゃんは、ごく限られた、おそらく、多くの人とは反対の、ギフトの持ち主。
ー本人が、のぞんでなくても、
えらばれちっゃた子、だ。
たまに、この世界にも、現れる。
でも、その子がのぞむ未来じゃないなら、
ーただ、苦しいだけの、世界。
外見だけで、多くの傷をおってきた子たち。
ーああ、この子は、ダメだ。
私は、瞳をみて明日菜ちゃんに、そう思った。
もう、他人を信じられない瞳をしている。
もう、疲れきった瞳をしている。
もう、この子はきっと、大人を信用してくれない。
もう、生きることに、興味をもってない。
ーそう思っていたけれど。
「・・・ちょっとみないうちに、また増えてるのね?」
ご当地マグカップが増えてる。
この変な贈り物の主を、私はスマホの強化ガラス越しにしかしらないけれど、
ー私の大事なご当地グルメのスポンサーだ。
ほんとうに、新鮮な魚を、せっせと明日菜ちゃんのためだけに、私とスポンサー契約をしている、明日菜ちゃんの大切な、彼氏。
ー村上くん。
正直、ここは、大都会の東京だから、あの魚も生きたまま手に入る。
たぶん、送料の方が高いと思う。
それなのに、釣っては、せっせと私にプレゼントして、それとなく、明日菜ちゃんの様子を気にしている彼氏。
とくに、明日菜ちゃんが落ち込む恋愛映画の撮影中や公開前後に、連絡してくる、身勝手な彼氏。
明日菜ちゃんの落ち込み方を知っているから、いつも小言を言いたくなるけれど、
ー明日菜ちゃんと同じ瞳で、私を見るから。
私は、なにも言えなくなる。
ーああ、この子も、えらばれちゃった子、なんだって、そう思うから。
もう、他人と違うことを理解して、
もう、他人と同じにするのがいやなのに、
もう、たくさんのことをその頭脳で理解しちゃうのに、
もう、理解しすぎて、許容量をとっくにオーバーしてるのに、
まだ、他人を理解しようと、あきらめてない瞳。
明日菜ちゃんのことを守りたいって、訴えてくる純粋な眼差しに、
ーああ、明日菜ちゃんは、だいじょうぶ。
そう思っていたのに。
「・・・なんでこうなるの?明日菜先輩も彼氏さんも、悪くないよ?。なんで、みんな、そんなに他人のことに、興味あるの?誰が、得するの?私たちには、人権がないの?」
お金をもらってるから?
ーあなたから、もらったの?
ほんとうに、意味がわからない。
有名税?
あなたが払うの?
ーはらってくれるの?
そう黒髪の子が言う。
「だいじようぶ。あなたたちは、必ず私たちが守るから」
マネージャーが言って、私もそう安心させようとおもったけど、
「どうして守れるの?どうやって守ってくれるの?」
だって、いらない情報も、親がブロックかけたって、
ーあたりまえに、子供たちの目に、はいるよ?
「ー守って、くれないよ?」
たぶん、彼女が思い出してるのは、明日菜ちゃんが本当に壊れかけはじめた、きっかけを作っちゃった、
ーあの子だ。
あの子も私たちは、守れなかった。
ただ、ひたすら、守りたくて隠していたのに。
ー知らなくていい、現実ばっかりなのに。
・・・あの子のたった一度の過ちは、未来をそんなに他人がつぶせるほど重かったの?
こんな世界じゃ、私たちはどうやって、この子たちに未来を教えてあげられるんだろう。
大人の口よりも、もう、情報を子供たちは知っちゃってる。
ー誰が守るって、口にできるの?
だって、
「ーそう、だね」
マネージャーが悔しそうに言って、
「ーごめんね」
私は気がついたら、そう口にしていた。