第5話 彼氏と彼女と彼氏の親父。
ーおかしい。
俺はスマホを見ながら考える。
どう考えても、おかしい。
明日菜と連絡かつかない。
メッセージも既読にならない。
「ーって、自分で散々、明日菜にやっといて、言う資格ないだろ?」
ーお前がいままで、明日菜に散々やっていたことじゃないか。
勝手に、ばかな主人公になって、悲劇ぶって、
「・・・誰よりも、俺が気づいてたのに」
明日菜からのサインは、13歳のあの真冬の屋上で、豆粒みたいに見えた時から、わかってたのに。
「・・・なに、やってんだよ?」
本当は、あの日に柴原に頼まずに、俺が屋上まで行けばよかったんだ。
「なにが、明日菜が男嫌いだからだよ?お前が、あの時から明日菜にむきあうのが、怖かっただけじゃないか」
あの凍えた瞳を間近でみる勇気が、なかっただけなんだ。
だって、
「お前は、あの日、死ぬつもりだっただろ?明日菜?」
その危うさに、俺と柴原だけが、気づいてやっていたのにー。
俺たちは、
ー俺は、明日菜のそばにいてやらなかった。
ちゃんと、むきあって、あげなかった。
スマホ越しにふざけた会話で、明日菜が笑ってくれたら、笑顔をみせてくれたら、それだけで、
「・・・なんで、だまされた?」
―誰よりも見てたくせに。
柴原に指摘されるまで、明日菜の演技にだまされていた能天気な俺。
笑ってくれているなら、大丈夫だなんて、
ー5歳の子供でも、平気で親の前で、演じれるぞ?
「俺が、あまえさせて、やらなかったくせに」
明日菜の優しさに、俺を想ってくれる感情に、勝手に、都合よく解釈して、現実を見てなかっただけだ。
「・・・ほんと、いまさら、傲慢すぎるだろ?」
だけどさ。
俺はスマホの画面を見ながら苦笑する。
まだ「神城明日菜」になる前の、17歳の明日菜の待ち受け写真。
あの頃には、素直にまだ明日菜を見てたはずなのに。
「・・・ほんと、名女優だな」
ほんと、びっくりだ。
だけど、ほんとうに、5歳児でも、簡単に親をだませるんだ。
そういう事例を俺は、はっきりと知っている。
だって、本人から聞いたから。
あのぼそぼそしゃべる独特のしゃべり方で、あの人は言った。
ーほんとうに、気づかなかった。
ほんとうに、わからなかった。
あの日、突然、父親をみて泣き出していた子をみるまで。
当の子供ですら、わからないって、泣いていた感情だ。
いつもニコニコ穏やかに、笑ってた子だ。
誰もが優しくて、穏やかな子だと思っていた。
ー演じさせたのは、誰だよ?
サインはあったのに。
「サインどころか、であった瞬間から気づいてただろ?」
ーほんとに、なにをやっているんだ?
気づいてやれなかったのと、気づいていて、無視するのじゃ、決定的にちがうだろ?
「けど、だからって、あきらめられないだろ?」
ーあきらめてたまるかよ。
「あー、くそっ!なんで、こんなにネット社会なんだよ」
もとはと言えば、ひとのプライバシーにつっこみすきだろ?
お茶会は、瞬時で世界発信だぞ?
・・・日本語わかるやつがどれくらいいるかは、別にして。
日本人は日本をみんな知ってるって思うけど、思ってるほど知られてないぞ?
100超えの国あって、一か国語だけじゃん。
「・・・100分の1かあ」
―俺のいまの会社の世界シェアの方がひろいな。
試しに会社で世界発信してみるか?
「ワタシハ ムラカミ ハルマ デス」
明日菜ならともかく、誰がみるんだ?
明日菜でも怪しくね?
俺の会社って、ボランティアとかも力入れてるから、メジャーな国以外も希望したら飛べるぞ?
いまはコロナだから、無理だけど。
そもそも、俺はなんどもいうが英語すらしゃべれない。
ーん?
けど、英語が世界共通語って、本当か?
ー春馬くんなら、ジェスチャーだけで通じそうだね。
明日菜の声が頭でする。
昨日のことなのに・・・。
いや、もう日付がかわったから、一昨日か・・・。
「ーきょうは、ムりか」
俺はスマホを充電器にもどす。
ちなみに通常版の俺のスマホは、明日菜の事務所の発表と、イケカマ係長のおかけで、通常運転だ。
明日菜とまったく違うネットワークだけど。
すげーなあ、あのネットワーク・・・。
あれぞ、独自のマニュアルネットワーク。
ーじゃないと性別変えてまで、この日本で戦えないか。
俺の会社は外資系で世界的にもシェアが広いけれど、
ーアタシのいける国は、決まっているわ。
そうイケカマ係長にきいたのは、それこそデミオで宣伝中だったな。
俺なんかよりも、ずっとたくさんの経験をしてきた人間の言うことには、深みがあったし、
ーあの子、だいじょうぶ?。
一目で明日菜の不安定さを見抜いた、独特の観察力。
それだけたくさんの経験を幼少期からしてきた人たち。
明日菜が後天性だったら、イケカマ係長たちはどっちなんだろ?
ふと疑問に思ったけれど、
「しらねーやつが語れるわけないか・・・」
だって、俺は、ふつうに、いま男としての人生を、受け入れてる。
その当たり前の事実が、苦痛だって思ったこともない、
本当の苦しみなんか、わからない。
だって、下手すりや大好きな親にすら、否定される秘密だぞ?
悲しませちゃうかもしれない秘密だぞ?
それこそ子供だからこそ、隠そうとするんじゃないか?
「・・・だから、こその重みか」
俺の夢と明日菜の願い。
「ほんと、バカすぎる」
ーほんと、間が悪すぎる。
「・・・もう少し前に、ネットに流してくれたらよかったのに」
そうすれば、たぶん、明日菜に連絡がとれていたけど・・・。
「ームリだな」
そうだとしても、こうなるまで、俺にはわからなかったかもしれない
ーだって、俺のそばにいつも当然にいる存在だったから。
拒否するのは、いつも俺の方だったから。
「ーいま忙しい。あとで、か」
なんど、そう明日菜のメッセージに送り返しただろう。
そうひとことだけで、何を言いたいのか、きいてやろうともせずに。
「・・・自業自得、だよな」
ほんとに、あとできいてやったことが、どれくらいある?
その時の明日菜と同じテンションで、また、きいてくれるのか?
その瞬間の、明日菜の気持ちは、どこに行くんだ?
「ー自分が拒否られて、やっとわかるなんてな」
・・・ほんとうに、何様なんだ、俺。
13歳の俺も、18歳の俺も、22歳の俺も。
「むかしは22歳って大人に見えたけどな」
特に20歳を超えたら、酒もたばこもOKだ。
免許は18歳の春にはもうとってたけど。
そういえば、車の運転をはじめてした時も大人に近づいた気がしたなあ。
親父の運転する姿に純粋に憧れていた子供時代。
ふつうに、家族に優しかった親父。
あれが、当たり前だと思ってたけど。
「働いて、家族を養って、まもって、でもー」
・・・いろんなタイプの理想像がある、か。
子供を愛おしく、誰よりも大切に、思ってるのは、母親と同じはずなのに。
ー見ていたら、わかるのに。
ーわかるから、こそ、気づけなかったのに。
ー愛情はたしかに子供に伝わってるのに。
母親よりも、子供を、大切にしてるくせに。
どこで、なにが、母親と違ってた?か。
あの母親は言ってた。
ほんとうに、子供が大切なんだと。そう信じられたし、その愛情は、たしかに子供に通じてる。
だからこそ、子供は泣いた。
泣いて、ようやく、周囲は気づけた。
ー気づいて、あげられなかった。
パパのことをみてたら大好きなのに、胸が苦しくて、泣きたくなる。きつい。
大好きなのに、胸が苦しくて。きつい。
ー大好きでいたかったんだ。
守りたかったんだ。
大好きな、パパを。
大好きで、いたくて。
でも、愛情からくる言葉もきつくなるくらいに、繊細な子で。
ーなによりも、母親は仕事で留守がちだった。
妹を守らないといけなかった。
たったひとりの小さな背中に、背負いすぎた感情。
爆発した時には、
ーもう、深い傷を負ってた。
大好きなお姉ちゃんの姿を見ていた下の子も。
だけど、たしかに、父親の愛情は、伝わってたんだ。
ただ、母親がそばにいなかった。
あまり怒らない母親と、口うるさい父親の差が激しすぎたんだ。
うけとめるには、繊細で優しすぎた、怒られたら、自分が悪いと妹を責めずに。
ただ、ひたすらに、小さな背中に、言えない想いを背負って、だけど、背負うには小さすぎて、
ーいつもニコニコしてるから、まわりの大人、みんなが気づけなかった、子。
ーだませた子。
騙せるまで。追いつめられても、父親を庇った子。
それだけ、慕われてるのに、なにかを決定的に、間違えてしまった父親。
母親との違いは、言葉の使い方だけ。
母親より、ずーっと、子供とあそぶひと。
間違いなく、子供を愛してる人。
子供が心を壊しても、大好きでいたいって、願って、守りたかった父親。
その愛情は、たしかに伝わっていて、だからこそ、子供は父親を守るために、心が壊れた。
ー自分が壊れても、大好きでいたかったんだ。
俺は、どんな親父になりたいんだろ?
明日菜は、俺になにを、ほんとうに願ってる?
考えろ。
本当に、考えろよ、俺。
もう間違えるなよ。
「・・・間違えても、あきらめるなよ」
明日菜は、ずっと俺を見捨てないでいてくれたんだから。
「それくらいは、できるよな?」
俺は下唇を前歯で噛んで、
ーダメだよ?春馬くん。
俺の心配より、お前の心を守ってくれたらよかったのに。
「・・・もう傷つけちゃったからな」
血がにじむ前に歯をはなした。
それが、明日菜の願いなら、もう俺はただ、うけとめてやるしかないんだ。
ー絶対に、守りたいんだ。
だから、
「・・・ちゃんと、寝ないとな」
眠れないかもしれないけど、目をとじるだけでも疲労はとれる。
ー俺がここで倒れるわけにはいかないんだ。
だって、
「・・・俺が守りたいんだから」
その思いだけは、誰にも負けないんだから。