第3話 彼氏と彼女と彼女のダミー。
ブロッコリーの苦みに耐えながら、俺はもぐもぐ食べていく。
いつも通りの、ひとりぼっちの部屋で。
不思議と、上下左右のドタバタも、きこえない部屋で、俺はひたすら、
―草をたべる。
いや、森か。
そういえば、ドレッシングをわすれてたなあ。
明日菜のやつ、そのまま、草くってたしな。
ー朝が、サラダとヨーグルトだけって、
「ちゃんと食えてるか?」
明日菜の食事のことも、ほんとうならもっと考えないといけないよな。
けど、
「・・・嫌いな食べ物を俺が釣りで釣った魚って拒否される彼氏って、どうよ?」
がらんとした部屋で、つぶやく。
そういえば、海でも明日菜は、目立っていたしな。
「目立っちゃうんだよな」
残り一個になった森を、口に放りこむ。
相変わらず、森をくってる気になるのは、なんでだろ?
ーあんた、だけよ。
そう柴原からのつっこみが、頭に浮かぶ。
そういや、俺がこうして森を食ってるのって、あいつが明日菜に俺のブロッコリー嫌いを話したせいじゃないか?
・・・柴原 真央、恐るべし。
俺は、いまだに振動するスマホを―。
「あれ?おさまってる?」
あんなに、ピカピカ、ヴーヴー、緊急車両化していた俺のスマホが、しずかになってる。
「充電キレか?」
不思議におもって、手に取ったら。
スマホの画面に。
ー神城明日菜の事務所、記事を否定。人違いか?
って、なっていた。
俺はじっとその画面をもみつめる。
お茶会もYOUももう見る気には、なれなかった。
でも、
「・・・否定、かあ」
ブロッコリーの苦みが口の中に、またよみがえる。
そうするしかない、とは理解できるけれど。
「・・・明日菜は、大丈夫かな?」
俺は自分の腕に、はめた空色の腕時計をみる。
別れ際の明日菜の泣きそうな顔が、忘れられない。
福岡空港近くの人気のない脇道で、明日菜の事務所の福岡支店の人たちと合流した。
「じゃあ、な?」
「・・・うん」
うつむく、明日菜をだきよせてキスして、背中をなででやりたかったけど、
「さあ、はやく」
事務所の男性スタッフに言われて、明日菜は移動した。
去り際にちらっとこっちをみて、一瞬だけ、視線が交差したけれど、すぐに明日菜は目をそらして車に乗り込んだ。
そして、かわりの人物が、俺のデミオにのる。
洋服もおなじで、種類は違うが、似たような空色の時計をつけて。
マスクとメガネをかけていければ、明日菜に似たひと完成品?みたいな?
ただし、
「あらー。ぼうや、驚かないのねー」
って、独特の低温の鼻にかかった声は、うちの会社のイケカマ係長によく似ている。
というか、はっきり言おう。
ーイケカマ係長だ。
「・・・係長、なに、やっているんですか?」
「つれないわねー。春馬っち」
「それ、how much?にきこえるからやめませんか?」
「いくらなら、OKなの」
「俺は、明日菜のモノなんで」
「ふーん。やっぱり、つきあってるのね」
イケカマ係長は、あっさりと、ながしているが、まあ、俺の会社の場合は、そうだろう。
なにせ、外資系だ。
スタッフのほとんどが、ハーフや外人だから、当然、イケカマ係長も、純粋な日本人じゃない。
ーということは、日本の芸能情報などには、うとい。
日本人は、目にもいれてないともいうが・・・。
「なんで、係長がここに?」
「ー真央っちに、頼まれたのよ。あの子が、彼女の事務所に電話して、こうするように、指示したの」
「ーそれは、わかりましたけど。柴原に頼んだんですね?」
「だって、こんなおもしろい遊びに、参加しない手ないでしょ?」
・・・明日菜の代理が、イケカマ係長って・・・。
しかも、このイケカマ係長、全身整形しているから、声以外は、本当に、女性なんだよな。
ちょっと、背はたかいけれど、遠目には、明日菜に見えなくもない。
もともと事務所から、ダミーの話は、聞いていたけれど、
ーイケカマ係長は、きいてないんですけど?!
って、思いながらも、俺はしばらく、福岡空港や、博多、天神、海や山などを、イケカマ係長とデミオでまわった。
だから、結果的に、俺とイケカマ係長のデミオを見かける率が高くて・・・。
その間に、明日菜は、東京に帰った。
ーかえった。
俺は、おおきく息をはくと、明日菜の荷物をまとめるために、段ボール部屋にいく。
そういや、明日菜の洗濯物もあったよな?
「えっ?俺がたたむの?」
ーえっ?
って、明日菜の返してくれる声は、ないんだよなあ。
「あーっ!くそっ!」
俺はこぶしで自分の太腿を、なぐりつけた。
ー俺が、守りたいのに。
ー俺が、笑わせたいのに。
「けっきょくは、また、俺で、泣かすのかよ?」
俺から、リアクションを仮に起こしたって、明日菜がひとこと違うと言えば、それで、もうはっきりと、関係性がかわるのが、俺たちだ。
俺は、ただの「神城明日菜」のファンになる。
明日菜の、特別、ではなくなる。
「言葉にすると、重いなあ」
どう、動けばいい?
この分なら、俺の方は、鎮火してくれる。
そもそも俺と明日菜が一緒にいたのは、13歳の3か月で。
唯一、そのことを知っているのは、柴原だけで。
いまさら、赤井なんかの中学時代のやつが、ネットにいろいろと拡散したところで、俺の高校大学のやつらが、否定するだろう。
ー柴原が、俺の彼女だったって。
「これ、明日菜は、知らないんだよなあ」
もちろん、俺と柴原は、付き合っていないが、周囲からは、仲が良すぎて、そう思い込まれていた節がある。
柴原が、俺にちかづく女たちを牽制していたし、俺も、逆に柴原が絡まれたりしたときに助けていた。
ーで、俺と柴原は、明日菜を通じて仲がいい。
でも、その明日菜が、目の前にいるわけでもない。
いくら、本人たちが否定しても、噂は、真実より信用されることもある。
で、俺たちは、くっついたり、はなれたりするけれど、基本的には、仲が良いカップルとして、周囲に認識されていた。
イケメン先輩と柴原が入籍したのは、最近で、学生時代のやつらはしらないし。
「・・・火消し材料としては、まちがってないけど・・・」
ーこの場合、明日菜の心は、だいじょうぶか?
いままでは、どのインタビューでも俺のことを否定しなかった明日菜に、俺を否定させるつもりか?
ー大好きだよ?
ー春馬くん。
耳に残る、どこかあまえた子供のような、声。
「・・・まずい、な」
俺は、明日菜用のスマホを手にした。