第8話 彼氏と寝袋と一尉とホームセンター
いま、俺は近所のホームセンターにいる。
地元九州を中心に、展開しているホームセンターは、けっこう広く、プロが使う建築資材から、乳幼児用のりんごジュースやお茶や、食べ盛りでも、ちょっと色気づいてきた中学生にも、おからクッキーとか、なんでも揃う便利な場所だ。
いつもなら、ペットコーナーで、子犬や子猫に癒される俺も、今日は寄り道せずに、まっすぐに、アウトドアコーナーにきていた。
なぜなら、明日菜に、
ー叱られたから。
俺は、明日菜とのやりとりを思い出す。
「はっ?」
「はっ?」
「ーその歯じゃないから」
「ーええっ?」
「アルファベットを勝手に日本語表記にしないで!しかも、えーだし」
「えっ?」
「ーpictureじゃないからね?」
「おおっ?」
「そういう時はOhだよ?春馬くん」
「明日菜は、自動翻訳機付きなのか?」
「いまどき、アプリでなんでも話せるよ?」
「受験勉強って、いる?」
「勉強しないと、翻訳があってるかどうか、わからないし?」
「翻訳機の意味なくない?」
「単語はあってる場合多いから、単語だけでも結構いけるよ?」
「さすが明日菜。旅の達人」
「お仕事だから通訳さんいるし、教えてもらえるから」
「そっか」
「うん。ーで、どうして春馬くんが、でて行っちゃうの?」
明日菜は、なんか疲れた顔してもう一度、俺にきくけど、逆に俺がききたいんですけど?
「なんでって、同じ部屋にふたりって、どう考えても、おかしいだろ?」
「どうして?」
「いや、だって、男女七歳にして席を同じゅうせずって言うだろ?」
「いつの時代の格言よ?」
「明治生まれの曾祖父さん」
「鬼○の刃の世界より、前じゃないの」
「あー、俺みてないんだよね。面白い?お隣りさんとこの子供たちに、よく100均の赤いスポンジ剣で、なんとか柱とか言って、殴られてるんだけど」
「知らないの?あんなに、流行ったのに」
「流行りより、眠気だ。深夜放送なんかみるわけないだろ?アニメ行くなら、夜釣りに行くし」
「まあ、春馬くんらしいけどーって、話を誤魔化さないで」
明日菜が床をバンって叩いて、痛そうにぷらぷらふった。
「おいおい、女優だろ?身体は大切にしないと。大事な売りもんだろ」
「言い方に気をつけてよね?もう!春馬くん?ちょっと、こっちにきて」
床に正座させられる俺、村上春馬22歳。春から社会人2年目。
目の前には、社会人5年目の大先輩、神城明日菜22歳。○○プロダクション所属。
きれいな眉をよせて、俺をかるく睨んでくるけど、
ーキレイに、なったなあ。
「春馬くん」
「はい!」
野球部時代の返事をする俺に、ますます明日菜は、眉をよせる。
「私は、春馬くんの、なに?」
「えっと、彼女?」
「なんで、疑問系なのよ」
「はい!彼女です!」
ビシッと、背筋をのばす俺。
すると、明日菜は、大きくため息をついた。
「ねえ、春馬くん?いまは、令和だよね?」
「ああ、俺もふけたな」
「平成生まれを、みんないっしょにしないでよ?何歳差があると、思ってるの?でも令和なの。春馬くんの言う格言は、古いの」
「そうか?昔の人の知恵ってのはー」
「格言と知恵は、ちがいます!とにかく、私は、春馬くんと、ここに一緒に、しばらく、住むから」
「なんで?俺、邪魔じゃない?」
たしか東京に疲れたから、少し休みたいって、福岡にきたよな?
休むなら、ひとりの方が、のんびりできない?
すると、こんどは、寂しそうに明日菜が言った。
「私は春馬くんに、癒されにきたんだよ?春馬くんと、一緒にいたいの。それに、春馬くんは、私を一人で、このマンションに残すの?誰もしらないマンションなんて、怖いのに」
そう言われてみれば、そのとおりだ。
俺にはすっかりなじんだ福岡も、このマンションも、明日菜にとっては、言葉の通じる外国にちかいかも。
あっ、でもアプリって、賢いなら方言の翻訳もあるのかな?
柴原とかも普通に小学生レベルの筆算とかスマホにしゃべってるし、先輩はカップ麺のタイマー時間言ってるし、空ちゃんは、きょうの◯ケットモンスター、こどもに大人気で、一時期は警察騒ぎやひき逃げが多発して、社会現象巻き起こしたゲームのアニメをみては、俺のスマホに「きょうの◯ケモンななあに?」ってワクワクしながらきいてるし。
俺より、空ちゃんの方が、スマホを使いこなしてない?
当たり前か。
一時期は、あの突然の緊急事態宣言に、懲りた教育委員会なるお偉いさんが、しつこく保護者に、Wi-Fi環境や家にあるネット端末機の数などを、スパムメールできいてきたって、春先に軍曹がぐったりしてたな。
一発目のあの緊急事態宣言では、午前中に息抜きしただけで、公園や買い物に連れて行く親がいると、しつこく、警告してきたメール。
なぞの自警団ってなんぞや?まてよ?戦時下か?
だれが見張ってんだ?監視カメラより、こえーぞ?
あの軍曹でさえ、参らされていた。
だって、あの頃は、凛ちゃんの夜泣きが激しくて、一尉は、長期出張中だった。
初期は、自衛隊がいろいろ消毒とかにも駆り出されていたニュースを、俺もみていた。
唯一、頼りになる萌ちゃんは、小学校の卒業式も、中学校の入学式も、わからない状態で、いきなり、ほんとうに、突然、あの日に、お別れした友達や先生たち。
もう二十歳をこえていた俺でさえ、不安になって、普段はみないニュースを見てた。
ニュースみたら、見るほど、不安とわけわからない恐怖や焦りがあったんだ。
中学、小学校と本当なら、夢いっぱい、不安いっぱいで、はじまる新生活が、いきなり、不安だらけになった。
俺も明日菜も、20歳が成人式で、1月に顔をあわせたけど、明日菜は、事務所のガードも週刊誌のマークもきつかったから、遠目にお互いをみただけ、だった。
その時ばかりは、明日菜からの、俺の大学が春休みになったら、絶対、会おうってメールに、即座にOKをだした。
でもー、
あれから2年。
あの頃は、まだ二十歳だった俺も、いまでは、もうすぐ、後輩を迎える社会人2年目。
大学を卒業して、残業もなく、スマホもろくにしない俺は、ひとりでぼんやり、上下左右の喧騒をきいていた。
となりの軍曹のヒステリックな怒鳴り声と、赤ちゃんの鳴き声と、
なにより、家に入らずに、外でまだ肌寒い4月の夜空をみていた、寂しそうな萌ちゃんが、俺とかさなった。
決して、手のとどかない星の輝きを、必死でひきとめる俺と重なって、気づいたら話しかけていた。
あの時の萌ちゃんと、同じような寂しそうな顔で、明日菜が俺を見上げてる。
ー嫌だなんて、どの口が、言えるんだ?
下唇を前歯で噛んで、明日菜にバレないように少しだけど、乾いた唇を俺はなめる。
「ーわかった」
明日菜は、ため息をついた。
「もうひとつ言うとね、春馬くん。私達は、もう成人した社会人で、結婚だって、できる立場なんだよ?自分たちで、責任とれるんだから、少しくらい同棲したって、誰も文句は言えないの」
真面目な顔で言うけど、
「へっ?同棲?同居じゃなく?」
「恋人が一緒に住むんだから、同棲でしょ?」
「なるほど」
ーって、会話があって、俺はここに、いるわけだ。
で、
「村上くんは、寝心地、防水性、保温性、どれを一番重要視してるんだね?」
偶然あった、となりの轟木さん夫、ちなみに俺は一尉と呼んでいる。
一尉なだけあって、頭良さげな優しい風貌は、あんな奥さんがいるように、みえない。
おまけに、一尉が夜勤なんかの時、せっせとゴミ出しを手伝う俺に、感謝してくれてるらしく、いろいろと世話してくれる。
休みがあえば、一緒に釣りにもいく。
俺のアウトドア用のサバイバルナイフは、この人、直伝だ。
で、いまも偶然会った俺に、いろいろと寝袋を、解説してくれているわけだが、
「で、どんなキャンプで、つかうんだい?」
「いや、遠恋中の彼女が遊びにきたんで、部屋で使います」
「はっ?」
普段から大声を出している一尉の声が、ホームセンターに響いた。