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ある日の彼女と、彼氏のプレゼント


私は13歳の夏から、いまでも、寮で生活している。


私が所属している大手芸能プロダクションが、所有しているマンション。


本来なら、未成年しか住めないこの寮に、21歳の私がいるのは、世界的なパンデミックを起こしている、言わずと知れたコロナのせいだ。


二十歳の成人式を終えた頃、実は、もうセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越す手筈は、ついていた。


あとは契約だけとなった時に、あのコロナがはやりだした。


ふだんより、ずっと、週刊誌のマークが厳しくなっていた。


べつに、私に、やましいことはないんだけど、


というか、ほしくても、本当に、ないんだけど。


私が優等生だったからこそ、事務所が、コロナを口実に、後輩たちとの寮生活を続けるように、言ってきた。


1番年上の私が、真面目な生活をしていたら、後輩たちに、注意しやすくなるからと。


ーそれ、私に、言うの?


って軽くあきれたら、マネージャーはあはははって可愛く笑って、誤魔化そうとしたけど。


私のマネージャーは、いいひとなんだけど、失言が多い。


ーなんか、どっかの誰かさんみたいだ。


いや、彼の場合、失言とすら気づいてないかも。


天然も通り過ぎたら、天才になりそう。


実際、マネージャーも彼も国立大だし。


「明日菜先輩の場合、マネージャーさんが、過保護って言うんですよ?特別待遇的な?」


「そうだよねー。それに素直に従う、明日菜先輩もどうかって思うし、あっ、先輩、アイスないですか?」


「あっ、私も欲しい!先輩、もらうねー。うげっ、増えてる」


「あれ?でも、進化してない?」


「きれいなマーブルだね?」


「でもー」


「「「すっごく、不味そう!先輩、食べてもいいっ⁈」」」


ーなんだろう?


勝手に冷蔵庫をあける所から注意した方がいいのか。


不味そーって言いながら、返事も待たないで、食べはじめるのを叱るべきか。


まだ高校生の後輩たちが、きゃあきゃあと盛り上がってる。


「いいけど、お腹壊しても知らないよ?マネージャーさんや寮母さん、お腹下してたよ?」


「いま、学校もリモートだから大丈夫!」


「トイレでも、ノーパソ持ち込めばいいし」


「「「ノープレブレム」」」


いや、問題だらけなような?


なんだろう、この親近感。


私は、ため息をつくと、あたたかいお茶を、後輩たちのためにマグカップに注ぐ。


「あっ!マグカップも増えてる」


「合格祈願?」


「明日菜先輩、なにか、資格でもとるの?」


かの有名な、学問の神様を祀った太宰府天満宮。


その参道にあるお土産屋さんで買ったらしいマグカップ。


ついでにって、送られてきた梅ヶ枝餅は、嬉しかったけど。


なんで、学問の神様なんだろう?


3年も前に高校を卒業した私は、苦手な数学から解放されてホッとしているのに。


「太宰府天満宮っていえばさあ、近くに竈門神社あるんだよねー」


「ああ、鬼◯の◯戸兄ちゃん!」


「縁結びの神様なんだよね?なんで、そっちじゃないの?」


「明日菜先輩に、こっちで縁があったら困るとか?」


「「きゃあっ!かわいいっ!」」


って黄色い声を出した後輩たちは、すぐに、今度は無言で顔を見合わせた。


そして、私の顔色を伺ってくるけど、私は、肩をすくめた。


「私の彼に、そういうロマンチックな考えが、できると思う?」


いっせいに、元気よく、頭を左右にふる後輩たち。


ちなみに、ここにいる地方組3人と、東京在住の4人で、歌って踊れるアイドルをしている。


曲をきけば、なんとなく、聴いたことがあるレベルの活躍。


コンサートなどの活動ができないので、元気な彼女達は、暇を持て余しては、私の部屋を占拠している。


たまに、私が仕事から帰ってきたら、3人で勝手に部屋でくつろいでいたりする。


まあ、これに関しては、部屋に鍵をかけていない私も悪いし、部屋に見られて困るものもないし、たぶん、私の部屋にくるのも寂しいからだろうし。


あのやっかいな、コロナのせいで彼女達も1年くらい帰省できてない。


上京したばかりの私を思いだすと、怒るに怒れない私がいる。


私だってあの頃は、寂しくて仕方なかった。


毎日、毎日、泣いていた。


ースマホの画面ごしに、こまったような顔を隠せない彼の前で。


優しい言葉も、気の利く言葉も、なんなら表情ですら格好よくなんてできない、私の彼。


ー村上春馬くんの前で。


私は、ただ寂しくて泣いていた。


ほかのみんなは、もう少しがんばれや、逆に帰っておいでとか。


私が寂しいと口にすると、なんらかのリアクションが返ってきてた。


それが家族や友人ならら当たり前だと、私も思うけど、春馬くんからは、いつも、否定も肯定もなかった。


ただ、寂しくて泣いてる私を、こまったように、けどずっと見て、聴いて、ただ画面越しにいてくれた。


ずっと、朝まで、だって。


野球部の春馬くんには、朝練もあったのに、いつだって、私の気がすむまで、黙って見ていてくれた。


彼がいなければ、とっくに、すべてを投げだして、逃げ帰ったと思う。


ーでも、春馬くんがあの時に、帰っておいでと口にしたら、別れてただろうな。


だって、泣く私に、こまった顔をしながらも、春馬くんは、いつだって悔しそうに、軽く下唇を前歯でかんで、そして笑うんだ。


ーそのうちに、俺も東京の大学行くから。たぶん?えっ?だって、未来なんかわかんないだろ?


付き合ってすぐ、遠恋になった彼女を、悪気もなく怒らせるひと。


ーなんで怒るの?神城ー、あっ、いや、あ、あす、な?


最後に照れくさそうに、私を呼ぶから、どんなに泣いても最後は笑顔になれた。


…春馬くんが私のことを、はじめて、「明日菜」って名前でよんでくれたのは、東京に来たその日の夜だったけれど、


春馬くんが素直に、私の名前を呼ぶまでは、けっこう時間がかかった。


それこそ、はじめての帰省まで。



14歳の誕生日をむかえる冬休みに、約3か月ぶりに、私は、春馬くんや真央のいる地元に帰省した。


そのころには、もう人気ファッション誌のモデルをしていたから、一応、マネージャーから春馬くんとふたりきりで会うことは禁止されていた。


田舎での私は、目立ちすぎるし、田舎だから、中学生の男女交際には、大人の目が厳しかったし。


大きな和菓子屋さんを経営する真央の家に、さきに春馬くんが遊びに行って、そのあと、私が遊びに行く形で、夏休み以来の再会だったけど。


ー例のルービックキューブ大会に巻き込まれた私。


ちなみにに、あのルービックキューブは、一面そろえて、ただ真ん中だけをかえるから、誰にでもできる簡単なあそびらしい。


実際に、春馬くんと真央は、日の丸弁当後は、面の四隅の色を指定して遊んでいたし。


ルービックキューブの多様性を日々知る私だった。


ただ、


ー私には1面そろえるのも難しいんですけど?!


って思いながら、ぼんやりとみていて、結果は相変わらず真央の圧勝で、


「くっそー」


って春馬くんは、本当に悔しそうにしていた。


そして、


「約束だからね、村上」


って、ご機嫌な真央を、


「わかったよ!真央!」


って、呼んだ。


「ーえっ?」


真央のことを呼び捨てにするほど、仲がいいのって、唖然としていたら、


「私じゃないでしょ!」


って、思いっきり、真央が、ルービックキューブの角で、春馬くんの頭をなぐった。


「痛いっ!」


「痛いのは、明日菜の心だ、どアホ!」


って、真央は言うけど、


「大丈夫?春馬くん?」


私は、春馬くんの頭を撫ででいた。


ちょっと、血がにじんでたけど・・・。


「あー、うん。大丈夫。いまのは、たしかに、俺が悪い」


「なんで?」


「柴原のこと、名前で、勝手によんだから」


「えっ?」


「英語ではRubik's Cube」


「えっ?」


「エルネー」


「えっ?」


「正式名はルビク・エルネー」


「えっ?」


「英国人じゃなく、ハンガリーの建築学者」


「えっ?」


「英国での登録商標は、Rubik'sで、ルーピックス・ブランド社」


「えっ?」


「RUBIK CUBEはメガハウスの登録商標」


「えっ?」


「ライセンスをうけていないメーカーでは、同種の製品をルービックキューブと称していないけれど、一般的には、これらもルービックキューブに含めることが多い」


「えっ?」


「ちなみに、愛好家は日本ではキュービスト・・・」


「英語圏ではキューバ―だよ。ってか、あんたたち、一体どんな会話をしているのよ?」


真央があきれて、口にした。


でも、


ね?


真央。


ーどうして、真央まで、ナゾ知識?


私は、内心、ちょっと、おもしろくない。


でも、やっぱり、真央は真央で、にやって笑うと、


「やーん。可愛いっ!明日菜ってば、こんなんでヤキモチだなんて」


って、私にだきついて、頭をいい子いい子って、撫でてきた。


真央は、背が高いし、力もつよいから、私は、されるがままだったけど。


「・・・女ってむだに、くっつくよなあ」


って、春馬くんがあきれていた。


「ーん?あんたも入りたいの?村上」


「冗談だろ?青井に殺されたくない」


「青い?」


「私のいまの彼氏の名前だよ」


「赤に青だから、絶対に次は黄色だな」


「勝手に、信号機にするなっ!ってか、別れてないし」


「時間の問題だろ」


「時間をまってるともいう」


「うまい言い回しだな」


「恋愛の達人を目指してるから」


「俺には、無用なスキルだな」


「明日菜を射止めといて、なに言っているんだか」


って、流れるような会話が、ふたりの仲の良さをよく表してる。


私が口をはさめずにいたら、春馬くんが、そんな私に気づいて、ちょっと罰のわるそうな顔をした。


「ごめん。明日菜」


「ううん。仲が良くてちょっと、びっくりしただけ。真央のこと、名前でよんでるんだね?」


ってきいたら、


「いや、はじめて、よんだけど?」


「こいつ、バカだから、私の前で明日菜のことカッコつけて名字読みしてたからさ。ついからかったんだよ。ルービックキューブで、私が勝ったら、私の前でも名前でよぶって」


「ーで、ちょっと、悔しくて、ふざけた。明日菜しか名前で呼んだことないよ。しかも柴原なら、真央じゃなく魔王だ」


「・・・もう一度、殴っていい?」


って、またひと騒動あったけど、真央は、私と春馬くんが会う時間に、たくさん、春馬くんがてれずに、私の名前を呼んでくれるように、してくれたんだよね。


「明日菜」。


そう呼んでくれるのは、ふたりだけで、いい。


ー東京の事務所にも、たくさん私の名前を、呼んでくれて、大切にしてくれる人は、いるけれど。


「明日菜先輩、トイレ?!」


って、真っ青な顔で、トイレに駆け込む後輩や、マネージャーや、寮母さんや・・・。


私の居場所は、もう完全に、東京になってしまっているけれど。


でも、


私のスマホが振動する。


そこには、くっきりうつる。


私の大切な家族のロック画面と。


ノートパソコンには、あの日に真央が、とってくれた春馬くんとの、ツーショット写真が、大切に保管してある。


ただ、となりで、照れたように笑う春馬くんと、笑顔の私のツーショット写真。


きっと流出したところで、ファンに頼まれて撮った、で信じられる写真だけど。


私には、なによりも大切な14歳のプレゼントだった。

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