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とある名のある俳優と彼女。


僕は、それなりに有名な俳優だ。


どれくらい有名かというと、抱かれたい男ベスト10位に入るくらいには、有名で、ちなみに、アイドルをのぞけば、俳優部門では、1位になるくらいだと思ってくれたらいい。


ーよけいに、混乱させちゃうかな。


まあ、それなりに、名前が世間には、知られている存在だ。


ただ、演技についての評価は、わかれている。


なぜなら、僕の代表作である少女漫画原作の映画は、完全に、同じ事務所の後輩の代表作に、なってしまったからだ。


僕の事務所は、大手プロダクションで、歌手、芸人、タレント、俳優、モデル、スポーツ選手など、様々な種類の人間が所属している。


そんな大きな事務所だけど、もともとは、俳優専門の事務所だったから、いちばんの売りは俳優業になる。


しかも、少数精鋭を文句にしていて、僕たちは、まず養成所に入るためのオーディションをうけて、養成所で実力をつけて、そこから、また、事務所の正規オーディションをうけて・・・。


とにかく俳優としては、入るだけでも大変な事務所で、しかも、同期はそういうやつらの集まりだから、とにかく、実力もだけど、運がないとやっていけない。


そんな事務所にも、ほんの一握りだけ、絶対的な、特殊なオーラ―をもつ人物たちがいる。


そういうやつらは、こっちがどんなに、血反吐をはくような努力をして、たくさんのモノを犠牲にして、やっとつかんだプロダクションのオーディションの合格通知なんか関係なく、スカウトって、特別な形で入ってくる。


僕の4歳下の女優、


ー神城明日菜、もそのひとりだ。


しかも、彼女をスカウトしたのは、僕がプロダクションに入ったばかりの頃に、世話になった敏腕のマネージャーで、たまたま旅行で訪れた福岡で、


「もうね、直感どころじゃないわ!もう、その瞬間、なにがなんでも、私がこの子をスターにしてみせる!っていうか、運命というか。もう、私の残りのマネージャー人生をこの子に捧げるって思ったわね」


そう興奮して言っていたのを、よく覚えている。


ー残りの人生って、あんたまだ若いだろって内心でつっこんだけれど。


まあ、確かに南九州の片田舎からでてきた、まだ中学生の神城をみた時に、


ーああ、なるほどな。


って、僕でも、そう思ったし。


ただ、不思議だったのは、そんなふうに息をまいていたマネージャーや事務所だったから、どんどん神城を売り出すのかと思っていたけれど、彼女は、あくまでも、学業優先で、無理のないスケージュールで、でも確実に実力や知名度のあがる役をこなしていくだけだった。


一度、不思議におもって、マネージャーにきいたら。


「ちょっと、読み間違えというか・・・。うーん。まあ、このままでもいいかなあって、思っちゃうのよね」


って、いつもハキハキしているマネージャーにしては、歯切れの悪い返事があっただけだった。


そして、なによりも、神城自身も、与えられた仕事は、真摯にこなしていたけれど、自分から、積極的に、仕事を欲しがっているようには、見えなかった。


そして、その通りで、神城は高校卒業と同時に、田舎に帰ると周囲に漏らしていて、あれだけ、強引に芸能界へスカウトしたマネージャーも、納得していた。


でも、僕は、釈然としなかった。


だって、神城には、他にはない空気感がある。


僕や他の俳優やアイドルがどんなに、欲しくても、絶対に手に入らないものがある。


それなのにー。


恋愛映画界では、名の通る監督がメガホンをとる少女漫画原作の映画のヒロイン役でさえ、彼女は断った。


僕が相手役で、その監督で、有名な少女漫画で。


出演さえすれば、爆発的に知名度も人気もあがるはずの映画を、神城は、あっさり断っていた。


マネージャーも、


「契約外だし」


って、とくに問題にしていなかった。


というか、むしろ、契約外後のオファーに、ホッとしている様子もみえた。


ほんとうに、なんの未練もなく、芸能界を去る子なんだな、と僕は理解したけれど。


正直、なんで?


とも思っていた。


それくらい、色々な面で彼女は、事務所でも異質な存在だった。


まさに、宝のもちぐされだった。


なのに、それをスカウトしたマネージャーも、上層部の人間もあっさり手放そうとしていた。


―契約切れ。


その単語ひとつで、あっさり手放すほど、周囲に愛されていたんだ。


なのに、ばかな後輩の写真が流出した。


僕にとっては、ただの愚かな行動にしかみえなくて、自業自得でしかない行為だった。


だって、僕のたいせつな、出演予定の作品を、撮影前から、ブラックなイメージにしてしまったからだ。


せっかく、みんなで、頑張ろうって、いろいろとスタッフとも話をしていたのに。


あんなバカのせいで、ダメになるなんて、ありえないっておもった。


ひどい奴だって?


はっ?


笑わせるなよ。


あの時の世間の反応は、みんな恐ろしいまでに、責めてきたじゃないか。


後輩のあの人生を、ダメにしたのは、お前らだろ?


流出させた奴はもちろん、そんな写真や行為自体を考えずにやったからだろ?


あさはかな、バカげた理由だろ?


その頭が足りなかったから、こんな事態をマネいたんだ。


ー自業自得以外のなにがあんだよ。


僕は、いまでもそう思ってる。


それくらいの、損害が僕らの事務所を襲ったし、なによりも神城の運命を変えたんだ。


あんなふざけた事件で、バカみたいにメディアや世間が騒いで、よってたかって18歳の後輩の未来をつぶしたけど、


いちばんの被害者は、神城だと僕はいまでも思っている。


あんなバカな女の尻拭いをさせられて、僕との恋愛映画のヒロインになった神城。


クランクインの時から、圧倒的な存在感をもって、現場に異質な空気感をもたらした、存在。


どこのどいつが、コイツを演技から、きりはなそうとしたんだ?


ふざけんな。


なんで、僕の方が神城の演技にふりまわされなくちゃいけないんだ?


ーなんで、こんな本当に、恋した気分になるんだ?


僕の感情は、ずっと荒れ狂っていた。


そんな、僕らにあの日が訪れた。


神城との、キスシーンだ。


僕は、当たり前だけど、もうひとりの男だったし、遊べそうな時は、それなり遊んでたし、純愛ってのは、僕とは無縁だってマネージャーもしっていたけど。


「でも、あんたは、相手をきちんとみてるでしょ?決して、無理やりはしないでしょ?心が行為にきちんと伴っている相手しか相手にしないでしょ?」


ーだから、あんたなら、明日菜をまかせられる。


って、マネージャーは言った。


その時に、神城がつきあっているヤツのいる福岡に行くために、ただ、それだけのために、芸能界から去ることをきかされた。


ーありえないだろ?


13歳の、たったの3か月しか、つきあってなくて、その後、遠恋で5年だぞ?


そんな奴のために、神城もマネージャーも夢をあきらめるかって、僕には、理解ができなかった。


だって、相手の男だって、やりたい盛りの18歳のガキだぞ?


遠恋だぞ?


いくら可愛くたって、手が届かない距離だぞ?


ー我慢できるかよ?


いくら神城が想ってても、相手は、どうなんだよ?


ー福岡にいって、神城が哀しい想いをするくらいなら、僕がー。


って、僕は本気で思ったけれど。


あの日、スタートの合図がかかるまでの神城のあの表情を見た日から、


僕の心の時計は、凍傷にあったようにヒリヒリと痛んでいる。


僕とのキスシーンの、前、その後。


神城は、


ー「神城明日菜」になった。


完全に、僕が、ひきこまれたラブシーン。


完璧なまで、圧倒的な、演技力。


そこに、神城が、まったく存在しないからできた演技。


あの日から、僕のみていた、マネージャーや事務所の上層部が大切に守っていた、神城が消えた。



「あっ、先輩、こんにちは」


事務所のドアをあけたら、神城がいた。


あの時より、ぐっと大人になった神城は、いまでは、洗練された美しさをもっていて、所作も立ち姿も、なにもかもが完璧に絵になっていた。


そう、そこにいるだけで、絵になってしまうんだ、もう。


その手首にまかれた空色の女性用にしては、少しごついアウトドア用の時計ですら、彼女がするとファッション誌みたいに見える。


私服の神城が、いつもしている時計は、もう廃版になったモデルで、そもそも、空色自体が珍しかったから。


ーたんに、人気がない色だったから、廃版になったんだ。


だって、誰がアウトドアのカッコよさに、空色のやさしさを求めるんだって話なだけだ。


同じ青なら、もっと濃い方がカッコいいだろ?


・・・神城の時計が特別だってことは、僕もマネージャーからきいてしっているけれど。


「やあ、うちあわせ?」


僕はなにげなく言いながら、でも神城の座っているソファーに一人分の距離をあけて座る。


でも、


「コーヒーでももってきましょうか?先輩、ブラックですよね?」


って、本来なら事務所のスタッフがしてくれることを、さりげなくしながら、神城は、僕から距離をとった。


そして、当然のように、コーヒーカップをテーブルにおくと、向かいのソファーに腰掛ける。


そんな僕らを、神城のマネージャーが苦笑してみていたけど。


「緊急事態宣言があけたから、お休みと旅行の許可をもらいに来たんです」


「えっ?」


「どうしても、福岡に行きたいんですって」


そう苦笑するマネージャーに、


「だって、やっと緊急事態宣言があけたんですよ?もう私だって22歳なんだし、彼だって社会人です」


「ーまあ、そうなるわよね」


やさしい目で神城をマネージャーはみたけど、僕は内心のいらだちをごまかすように、ブラックコーヒーを飲み込んだ。


神城の空色の時計を睨みながら。


神城が笑う。


「そうだ。ほんとは、この言葉が一番ですよね?先輩。ご婚約おめでとうございます」


僕は、もうすぐ父親になる。


避妊の失敗による婚約で、もっと言えば、相手のアイドルは計画的だったけど。


ー僕は父親になる。


だから、こんなバカな嫉妬はおわりにするけど。


―お前は、本当に神城を幸せにできるのか?


僕の知らない空色の時計の持ち主に、心の中で問いかけた。


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