親友と、彼氏と彼女と、ジャングル。
私の名前は、柴原真央。
私には、とても可愛くて、とてもきれいで、でも、とてもガンコな性格の、いまや、国民的大女優になってしまった、神城明日菜、という大親友がいる。
そして、もうひとり、私にとっては、明日菜よりも長くそばにいる、もうひとりの私の大切な親友、
―村上春馬。
いまでは、大人気女優になってしまった、明日菜の彼氏。
だけど。
いつも彼女の明日菜より、私のそばにいたヤツで、私にとっても、彼氏よりも、そばにいたヤツだ。
であって10年。
私は、明日菜よりも先に、村上に出会っていた。
ー神城明日菜。
私の通う中学校どころか、周辺の中高、下手したら小学校と大学生まで知っていた、その存在。
「神城明日菜」は、どこか他の少女とは違う空気をもつ女子だった。
それは、入学式には、もう全校中に、その名前が知れ渡るほどの特別な、ナニか。
明日菜は、確かに美少女だったけど、芸能人と比べたら、やっぱり、田舎の美少女って感じで、正直、私でも容姿だけ、なら勝てると思っていた。
ーでも、それでも「神城明日菜」は、違う存在だった。
そこに、いるだけで、空気が違う。
そこに、いるだけで、誰もがつい、明日菜をみてしまう。
そこに、いるだけで、ナニか、がちがう。
そんな、独特の存在の、明日菜は、決して自分からは、他人に心を開かない子だった。
私は、自分でも明るくて、自尊心がつよくて、快活で、頭もいい。
ーそう自覚している方の、クラスのいわば、トップカーストにいる存在だった。
でも、私は、その表現自体が、嫌いなタイプの人間だった。
だって、その単語自体の本当の意味を知っていたら、そんなに、おもしろ半分に使っていい言葉だと思わないからだ。
正直、そんなに気軽に、他国の人間が、使っていい単語じゃないと思っている。
まあ、私が幼少期から戦時中の話を、散々、うちの和菓子職人さんや曽祖父母から、きかされて育ったせいもあるだろうから、そんな私の考え自体が、傲慢なんだって、わかってるし。
だって、南九州には、特攻で有名なあの場所もあるんだし。
ーって、話がそれたけど、とにかく、私は、そういう性格だったから、1年生で同じクラスになった明日菜に、積極的に自分から絡んでいった。
・・・絡んでいったけど、明日菜は決して、明日菜の方からは、絡んでこなかった。
でも、私でも理由は見ていたら、わかった。
休み時間の度に、同学年や先輩に関係なく、男子に呼びだされて、放課後には、こんどは、先輩の女子に呼び出される。
体操服が、なくなる。
外履きの靴ですら、なくなるから、明日菜は、かならずロッカーに、どんなに雨が降って、靴が泥だらけの日もいれていたし、ひどいときには、髪も切られていた。
さすがに、その時ばかりは、私も怒って先輩に抗議にいこうとしたけど、
「どうせ、無駄だから」
って、明日菜自身に、とめられた。
「でも、ありがとう。柴原さん」
って、つかれきった目で、寂しそうに笑った。
ーどうせ、無駄だから。
そう、いった明日菜の言葉は、悲しいくらいに、現実だった。
だって、いま明日菜と仲良くしている子たちも、好きな子ができて、その相手が、明日菜に恋をしてしまったら、憧れてしまったら、簡単に、明日菜の陰口を、言い出すんだ。
それが、私にも、わかっていた。
私は、それを、とめられない人間だった。
だって、とめたところで、誰も得をしない。
むしろ、クラスの人気者の私から、かばわれたら、私の目の前でならいいけど、私の目の届かない場所で、明日菜は、もっと陰湿ないじめにあう。
そして、それを私には、絶対に言わない。
だって、私は、そこまで、明日菜に信頼されていなかったから。
あの日、村上に、明日菜がであうまでは。
あの、いまでは、思い出したくもない、最低な初カレの赤木が、明日菜に告白するまでは。
明日菜の目には、私は「敵」でしかなかったから。
ー大好きだよ?真央。
いまでは、明日菜は、そう言ってくれるけど。
ー春馬くんの次に、大切だよ?真央。
いつも絶対に、心でそう付け足してるほど、
ーバカップルな友人たち。
明日菜の瞳が、いつも村上を追っていたことくらい、私にもわかっている。
でもさ、明日菜?
明日菜よりも、ずっと、村上の方が、明日菜を目で追っていたんだよ?
いつだって、下唇を噛みしめながら、悔しそうな顔をしながら、時には、本当に涙をにじませながら、その涙を、
「柴原、俺が逃げないように、俺が目をそらしそうになったら、ヒールで脛を思いっきり蹴飛ばしてくれ」
って、泣きそうな顔で、言うから、さ。
ーそんな、想いをしてまで、遠いstarをもとめなくてもいいじゃん。
って、思いながらも、私は、あいつの望み通りに、ヒールで思いっきり、脛を蹴り飛ばしてやっていた。
だって、村上に、明日菜しかいないように、明日菜をまかせられるのは、村上だけだって。
ー村上以外の男なんか許せない。
って、思うほどには、もう私と村上は、明日菜でしかつながりがないんだ。
こういうと、私が村上に、恋愛感情を持っているように聞こえちゃうけれど、私たちの間には、ほんとうに「明日菜」というつながりしかない。
そりゃあ、いまでは、確かにイケメン先輩って、いう別の大切なパイプもあるけど。
でも、ね?
明日菜。
18歳の誕生日に、とても残酷なことをしたって、悔やんでたけどさ。
ー明日菜は、優しすぎるんだ。
ー明日菜は、純真すぎたんだ。
ー明日菜は、守られすぎたんだ。
ー知らなくていい、現実からも、
ー知らなくちゃいけない、現実からも。
守られて、大切に育てられて、そして、いじめにあうから、限られた世界、でしか、ものを考えられくなったんだよね?
本当は、明日菜が、18歳の時に、断らなきゃいけない仕事だった。
明日菜自身が、NOっていえば、すむ仕事だったよね?
だって、その仕事は、契約外の仕事だったんだから。
ーだって、あの子の、夢だったから。
そうつぶやくように、私のしらない友人の想いを、引き継いじゃった明日菜。
どんなに理不尽ないじめにあっても、決して相手を恨まなかった明日菜。
ねぇ、明日菜?
だからこそ、私や村上や、明日菜の周りにいる人たちが、みんなが明日菜を守りたいんだよ?
一度、傷つけちゃった心は、癒すのに、とても時間がかかるだろうけど。
大丈夫だよ?明日菜。
明日菜は、さ。
ー私と違って、男を見る目は、確かなんだよ?
だって、私は、明日菜よりも先に、村上をみつけていたから、わかるんだ。
私が、見つけた時には、もう、村上の心には、明日菜がしっかりといたんだよ?
あの時、中学一年の真冬の屋上で、凍える明日菜のもとに、あの変態教師と一緒に駆け付けたのは、私だったけど、
ー見つけたのは、村上だったんだから。
必死に、あの男子生徒と女子生徒で露骨に態度を変える教師に、感情的にならないように、拳をぎゅっと握りしめながら。
最後の切り札として、なんとか明日菜の名前を出さないように気を配りながら。
でも結局は、凍える明日菜のために、明日菜の名前をだしちゃったけど。
私が、いなかったら、きっと、村上があとをついていってたよ?
あの変態と、カギのかかる屋上に、ふたりきりにさせたら明日菜にナニするかわかんないし。
なにもされなくても、あいつといただけで、変な噂になっただろうし。
ー村上は、頭がいいから、絶対に、そこまで考えていたよ?
あんな変態でも、教師は教師だから、絶対に、内申にひっかかるのに。
あとさき、考えずに、明日菜を助けていたと思うよ?
あんなに、必死だったくせに、
「あんたは、来ないの?」
せっかく、明日菜に、アピールするチャンスなのにって、思って私は、きいたんだよ?
そうしたら、
「俺が行っても、役に立たないだろ?神城さんって、男嫌いに見えるし。なんで嫌な思いを、わざわざさせようと思うんだ?」
って、本当に、嫌そうな顔をして、
「寒そうだから、はやく行ってやれよ」
って、私をせかしていたけど、
ーたぶん、その時には、村上には、明日菜の考えてることが、わかってたんだと思う。
私が、あの屋上で、凍える真っ白な顔で、うつろに屋上のフェンスをながめる明日菜をみて、ぞっとしたように。
ーあいつも、明日菜の心の傷に気がついたんだ。
ーそう。
「私も、村上も最初から、気づいていたのになあ」
私は、小さくため息をついて、じっとまだほとんど大きさの変わらない自分のお腹をみつめる。
ーと、
「どうだい?ぼくらの宝物のご機嫌は?」
って、毛深いゴリラの手が、私のお腹に触れてきた。
あいかわらず、この人は、私の心の不安に敏感だ。
「ー先輩、くさいです」
「あれ?ルイボスティーってダメだった?大量摂取しなければ、よかったんじゃなかった?」
赤い色をしたお茶を置いて首を傾げると、本当にゴリラのようにみえる。
「くさいのは、先輩です」
そう言いながらも、私は先輩の腕に顔をうずめる。
本当に、このゴリラは毛深い。
いつか野生に帰るんじゃないかなあって、おもうくらい。
でも、そうしたら、私は、このゴリラを追ってジャングルまでいくのかもしれない。
いまは豆粒よりもちいさなこの命が、私の手をはなれたら、だけど。
ー大丈夫だよ?明日菜。
村上なら、どんなに明日菜が遠く輝くstarでも、きっと自作のロケットで、追いかけるよ。
あのパンダみたいに、絶対にあきらめない。
私はつい最近、村上からきいたネット小説のパンダを思い出しながら笑った。
ゴリラにパンダ。
その違いが明日菜と、私の違いに思えたから。
ちなみにこのパンダは、例によって、わら けんたろう氏作の例のパンダだけど、村上と明日菜の場合、あのパンダとは、雌雄、逆だと、私は思う。
そうであってほしいと、願いながら、私はゴリラの用意してくれた、ルイボスティーを、ひと口飲んだ。