最終話 彼氏と彼女とコロナと未来。
あの日、1回目の緊急事態宣言が出された日。
それまで、大人たちが、なんとなく、さわいでいた、コロナが。
ニュースや話でしか、きいたことがなかった、コロナが。
子供たちの目の前に、突然、日常として現れた。
ー恐ろしいまでに、残酷な、手段で。
突然の、休校宣言。
本当なら、本来なら、その危険性を、もっと親が、大人たちが、気にしてあげないといけなかったんだ。
でも、その大人たちですら、いきなりすぎて、対応に追われるのが必死で・・・。
ーあの1回目の緊急事態宣言が、日本に、緊張感を、コロナに対する恐怖を、うえつけた。
たしかに、有効だった。
それまで、どこか他人事だったコロナが、一気に身近にな存在に、なった。
ーただ、あまりにも、突然すぎたんた。
時期が、悪すぎたんだ。
そのまま、春休みまで休校を目論んだのは大人たち。
だけど、少しだけ、考えてほしかっった。
春はであいの季節で、なによりも、別れの季節だった。
ー忘れられない、光景がある。
「俺は、一回目の緊急事態の時、ただの学生だったから、寮のテレビでみんなで、就活なんかのことを心配はしたけどさ」
手洗い、うがい、消毒やマスクさえしていれば、俺たちの年齢で感染しても、どうせ軽症で済むんだし。
ただ、実家から帰ってくんなと言われたのは、なんでだよって気分なだけだったし。
ほんとうに、いちばん気楽に、考えてた種類の人間だった。
俺のしらない所で、多くの子供たちが、それを案じる大人たちがいたことを、知らなかったんだ。
ーだから。
「知っていてほしいんだ。明日菜」
明日菜の目をまっぐに見て、俺は、語りだした。
あの日、突然の緊急事態宣言がだされた翌日に、例の母親は、小学校1年生の子供を、下校時間に合わせて迎えに行った。
父親がいる家には、帰れなかったから、車で10ほどかかる校区外の実家から通っていた。
だから、たまたま、目にした光景だったと。
一斉下校で、子供たちで、あふれかえる昇降口。
下校する子供たちの手には、大きな手提げ袋があって、普通なら、長期休みの前に、少しずつ持って帰れていた荷物。
グランドで、距離をおいて座る先生と子供たち。
みんなが、泣いていた。
みんなが、突然の事態に戸惑って、
突然のお別れに、泣いていた。
あと一か月は、そばにいれると思っていた先生や子供たち。
すこしずつ、すこしずつ、心の整理をつけていくはずだった、3学期。
突然、コロナという見えない敵があらわれて、子供たちの日常生活の要である学校が、奪われた。
ー友達が、奪われた。
それまでだって、たくさんのことが、給食での楽しい会話や、合唱コンクールが、奪われていたのに、
―春は、別れの季節だった。
そのまま転勤で、お別れする子供も先生もたくさんいた。
先生も子供たちも、みんなが泣いていた。
「必ず、元気でまた会いましょう!絶対に」
先生たちの声が、あちらこちらで、泣く子供たちを慰めていた。
ようやく、解散になったとき、ひとりの若い先生が耐えられなくなったように、叫んだ。
「絶対に、死ぬなよ!」
その言葉に、母親の目の前で、4年生くらいの女の子がうずくまり、号泣した。
ーなんてひどいことを言うんだろう。
と、母親はおもった。
けれど、いまなら、わかる。
先生たちの、心からの叫びだったと。
ずっと成長をみまもり、次の学年へ、あるいは、次のステップへと、ずっと子供たちを見守り続け、導いてくれていた先生たち。
みんな涙で目を真っ赤にして、祈るように、子供たちを見守っていた。
テレビで、ぼんやりとコロナ情勢をきいていた自分なんかよりも、気狂いのように、子供たちにコロナのニュースを見せていた祖父母よりも、ずっと、先生たちの方が、子供たちの心配をしてくれていた。
そして、そのことに、子供たちも気づいていた。
あちらこちらで、泣き崩れる子供たちは、別の子供たちになぐさめられて、立ち上がっていく。
先生たちの声が、やさしく導いていく。
自分たちも、怖いくせに、それでも必死に、子供たちを支えようと頑張っている。
ーああ、この学校の先生方にであえて、うちの子たちは、本当に幸せなんだなあ。
少なくても、泣きながらでも、子供たちの目は、まっぐに前をむいていたね?
守ろうとしてくれている、まっすぐな、先生たちの言葉は、まっすぐに、子供達につうじていたね?
目のまえで、うずくまり泣き出した少女を前に、自分がもし保菌者だったらっておもうと、一瞬、なぐさめるのに躊躇してしまった母親とは違って、自然なしぐさで、ただ純粋に、子供たちは、お友達の心配をしたね?
ーそして、遊び場を、友達を、残酷なまでに、奪われたんだ。
未知のウイルス、コロナに。
いまでも、コロナによる不登校の数は増えている。
子供たちのコロナ鬱は、大人が思っているより、深刻で、経済的なダメージだって大きい。
リモートによる夫婦間のトラブルは、そのままま、子供の虐待にもつながってきている。
まさしく、負の連鎖がおこっているけど、
一方で、がむしゃらに、守りたいって、あがいている大人がいる。
クラスターがでで、「あんなに気をつけていたのに、みてあげられなくて」って、電話の先で悔しそうな、震えた声で医師が言う。
いつだって、登校をみまもってくれる、地域パトロールの人たちもいる。
役所も児相も、走りまわっている。
学校には、先生と子供たちの笑顔がもどりつつある。
けれど、いまだにコロナが、怖くて学校に通えない子供たちもいる。
笑顔で学校に、公園に通いながらも、コロナって単語がひとこと出ただけで、全員が顔をしかめる現実がある。
ーでも、あの日の先生と子供たちの間には、たしかな希望の、きずなが見えた。
その言葉を、きいた時から。
春先に追い詰められた軍曹のヒステリックな声と、凜ちゃんの泣き声と、ただしずかに、夜空をみあげる萌ちゃんの、あきらめきった悲しい顔を見た時から、
「-俺、教師になりたいんだ」
春馬おにいちゃん、教えるのがうまいね?
耳に残る萌ちゃんの声。
いつかの母親が、児童精神科医に言われたそうだ。
「不登校の子には、自信が足りない子が多い。なにか1教科だけでも得意なものができると、それだけで学校に行きやすくなるんだ」
ーじゃあ、俺でも少しは、役にたつんじゃないか?
「俺は、柴原にさそわれて、大学時代に教職課程もとっていたからさ。資格はあるんだ」
明日菜は、じーっと、俺をみていたけど、
「また真央?」
「そ。柴原」
「ほんとうに、真央には、頭があがらないね?春馬くん」
「そうだな」
「でもーー」
「俺の彼女は、明日菜だよ」
俺は、いつもの問すら明日菜に言わせなかった。
さすがに、人目のあるこの場所で、明日菜にキスする度胸はないけど。
ポケットから、リボンのついた長細い箱を取り出す。
「・・・これは?」
「本当は、明日菜が20歳になるときに、渡そうとおもっていた」
本当は、あの成人式の時に柴原に託していた。
でも予想外にメディアが、明日菜に集中していて、柴原も動けなかったんだ。
「・・・ペンダント?」
「ああ。俺にしては、まともだろ?」
俺のバカげたご当地キーホルダーをネックレスにしてもっているってきいてから、ずっと送りたくて、せめて、20歳になる記念にって、ものすごく、迷いながらも、バイトして、買ったプラチナのシンプルなペンダント。
真ん中に、シンプルなアルファベットの「A」だけがあるペンダント。
明日菜は、それを見て、
「どうして「A」?」
「明日菜の「A」にみえるだろ?」
「・・・意味は?」
「・・・あいしている、の「A」だよ」
50音でも、アルファベットでも、はじめの文字。
あの昭和の特別な7日間とおなじく、とくべつな文字。
すべてのはじまりの文字。
俺の特別な「明日菜」の、「A」。
俺たちのはじまりの文字の、「あ」。
くさいけど、俺らしくないけど、あのパンダと同じように、
俺がそばにいない時も、
ー絶対、明日菜を守ってくれよ?
俺たちの特殊な、最初の文字。
人目があるから、キャップをとることができないのがもどかしい。
「かならず、迎えに行くから」
「・・・・」
「かならず、奪いに行くから」
「・・・・」
「かならず、俺が守るから」
「・・・・」
「かならず、俺が―」
明日菜がキャップをとると、俺の唇に、柔らかな明日菜の唇が重なった。
驚いてる間に、明日菜は、また目深にキャップをかぶりなおして、
「わかった。かならず、まってるね?春馬くん」
ぎゅっと、俺の右腕に震える身体で抱きついてきた。
ーけど、
遠くで聞こえるシャッター音が、俺の理性を、とどめてくれていた。
ーどこにでもいるんだな。
そりゃそうか。
こんだけスマホに溢れてるんだし。
もはや、全国どこでも、国民総出で、パパラッチだ。
ぼんやりと思いながら。
それでも、もういいやと、開き直って、明日菜の身体を優しく抱きしめた。
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