第25話 彼氏と彼女と走るパンダ。
ーどうするかな?
俺は、ミネラルウォーターを泣きそうな顔で、飲んでる明日菜をみて考える。
俺や柴原が想像していたより、明日菜の心が、不安定だ。
ーそりゃあ、2年もほおっていたし?
いや、俺に至っては、5年近くだし?
成人式で直接会ったのは、柴原だけで、その時だってごくわずかな時間で、会話もろくにできなかったって言っていたし。
ーもう、柴原には、たよれないしな。
柴原の状態が悪いことくらい、俺だって、イケメン先輩からきいている。
そもそも、柴原が俺のことがわかるように、俺だって、それくらいわかる。
わかるからこそ、メッセージを送ったんだから。
あいつは、ああいうやつだから。
自分のことで、精いっぱいなくせして、俺たちのことも、心配するやつだから。
ーくそっ。
俺は思わず下唇を前歯で噛みそうになって、あわててとめる。
どうすんだよ?
明日菜が俺にどうしてほしいかくらい、俺にだって、わかってる。
だけど、俺はー。
「どうして、ダムなの?」
明日菜が、首を傾げる。
ー泣きそうな声、で。
ー少しあまえた声、で。
ーおさない声、で。
明日菜が、言う。
「ああ、ほら?せっかくだから、どっかに、明日菜をつれていこうかなって思ったけどさ。修学旅行が福岡だったから、メジャーなとこはもう行ってるしさ」
ーうそ、つくなよ。
俺が、あのダムに行きたいくせに。
ーそこで、私のピースがつながったの。
ぼそぼそとちいさな声でしゃべるはずの人が、また力強く言ったから。
俺が勝手に、決めたいくせに。
「動物園とかも考えたんだけど、東京には、パンダもいるしさ・・・。パンダって言えば、繁殖期にメェェェって鳴くんだってしってたか?」
「羊じゃなく?」
「そう」
「繁殖期限定?」
「たぶん?萌ちゃんがウェブ小説に、はまっててさあ。めちゃめちゃ俺もつぽったんだけど。とあるパンダのショートなんだけど、マジで、はまった」
「内容は?」
「話すとネタバレになるし、調べてみろよ?」
「なんていう人?」
「わら けんたろう、さん」
「パンダ?」
「そう。萌ちゃんが何度も繰り返しみてるから、俺もぜんぶ覚えるくらいみたのに、いまだに爆笑中」
「ふーん。春馬くんが珍しいね」
「東京にもどったら、読んでみろよ?絶対に笑えるから」
「・・・わかった」
ー絶対に、覚えとけよ?
残念だけど、俺も社会人になったから、いつでも明日菜の連絡を、声を、きいてやれないんだ。
せめて、明日菜がスマホを持った時に。
俺につながらなかったときに、そのスマホで検索してくれよ?
頼むぜ、パンダ。
ー笑えるけど、明日菜が気に入るかは、べつだけど。
たぶん、内容をよんだら、俺らしいって笑うはずだ。
魚釣りネタなら、俺も豊富なんだけどなあ。
ー嫌な思いをさらに、上書きしてどうするって、話だし。
けど、俺から魚釣りとデミオをとったら、なにも残んねーよ。
だったら、他人の力をかりてでも、明日菜が笑ってくれるなら、それでいい。
俺が、笑顔にさせたいのに。
でも、俺は、いつも一緒にいてやれない。
俺の、大っ嫌いなスマホに。
でも、現実逃避できる小説に。
ーたまには、逃げてもいいだろ?
逃げてくれよ?
明日菜。
なんで、俺は、近くにいてやれないんだろ?
明日菜は、わかってないけど、いまの、明日菜の日常に、なってしまっている「女優」っていう生活を、奪うのは、いまの、明日菜にとって、危険すぎる。
それは、柴原とも一致した。
ーいつか、ピースとピースがそろう時がくる。
もし、その言葉を信じるなら、それは「いま」じゃない。
だけど、どうする?
俺は、きっと明日菜がのぞんでるのと真逆の行動を、いまからとるんだ。
それを明日菜に、俺が、きちんと、納得させないといけない。
俺が、明日菜を安心させないと。
俺がー。
ーでも私ひとりじゃ、この子たちを守ることは、できない。
俺は、ひとつ、ゆっくりと、息を吐きだした。
落ち着けよ。
忘れるな。
思いあがるな。
どんなに大切で守りたくたって、俺の、俺だけの力じゃ守れない時だってある。
ーたくさんの人の力をかりて、私はいまやっとこの子たちの笑顔が見れる。
そうだ。
忘れるな。
明日菜を守っているのは、俺だけじゃない。
明日菜の危うさに気づいてるのは、俺や柴原だけじゃない。
なんのために、俺は生きたアコウを明日菜の寮にこっそり送ってるんだよ。
―俺達には、ささえてくれる人がいる。
いや、明日菜には、か。
「春馬くん?」
明日菜が俺をみて、不思議そうに首をかしげる。
幼いこどものような、あどけない仕草で。
「明日菜は、いつもビルにかこまれてるだろ?海は、きのう見に行ったからさ。きょうは、せっかくだから山にいこうかなって」
「それで、ダム?」
春馬くんらしいねって明日菜が笑う。
あどけない子供のような笑顔で。
ー守りたいのに。
俺は、ぎゆっと明日菜にバレないようにテーブルの下で拳をにぎりしめた。