第24話 彼女と彼氏とミネラルウォーター。
「ダム?」
春馬くんは、3口くらいで、梅おにぎりを食べて、こんどは、鮭おにぎりに、手を伸ばす。
ふとおにぎりの種類をみたら、昆布やシラスやサバ・・・お肉やマヨネーズ系じゃない、健康的な種類のものばかり買ってきてる。
私は、小さく笑ってしまった。
「なに?」
「ううん。春馬くんは、やっぱり、春馬くんだなぁって思っただけだよ」
「だから、俺が俺じゃなきゃ誰なんだ?」
「私の大好きな人」
「・・・このやりとりも、定番化するのか?」
「ダメ?」
「・・・人前では、禁止」
「えーっ?」
「・・・禁止」
「ケチ」
「・・・はやく食え」
目をそらす、春馬くんの耳が、少し赤くなってる。
私は、クスクスわらってしまう。
だって、
ね?
春馬くん。
本当は、お魚よりもお肉が好きだよね?
ね?
春馬くん。
私が食べやすいように、いろいろな種類のおにぎりを買ってきてくれたんだよね?
ー食べないけど。
山道を走るなら、酔い止めのんでも不安だし。
サラダもあんまり食べたくないなあ。
だって、春馬くんの前で、もしも、吐いちゃったらって思うと・・・。
「どうした?まだ残ってるぞ?」
「うん・・・。でも、春馬くん、食べて?」
「へっ?」
って、あいた口に、そのままサラダをフォークでほうりこむ。
春馬くんの嫌いな、ブロッコリー。
いつも、なんか森の木を食ってる気になるって意味不明な理由で、食べないブロッコリー。
「ぐげっ」
って、変な顔で、でも、きちんと飲み込んだ。
食べないだけで、食べれないわけじゃないんだよね?
ー真央、情報だけど。
いつもテストで勝負を挑んでは、負けてた春馬くん。
なんで、真央相手に、そんな無謀なことをするんだろ?
私のおかげで、村上は大学に受かったって言う真央は、正しいと思うけど。
最下位で入った高校を、結局は、ベスト20位以内で卒業した、春馬くん。
導いた、真央。
真央には、イケメン先輩ができたけど、春馬くんは、ちゃんとできるのかなあ。
私は、マネージャーから電話がきたら、お休み終わって、東京にもどるし。
さっきの真央の様子をみたら、少し心配になるけど。
ーまあ、見守ってやんなよ?
真央がそういうなら、私は黙って、見守っていたらいいんだよね?
というか、私の方がたぶん、ううん。
ーどっか、おかしいんだ。
一度、自覚してしまった心のしこりは、ずっと残っているけど。
「おっ?まあまあ、いけるな。ありがとな、明日菜」
って、春馬くんが、少し茶色がかった目をやさしく細めて、手をのばして、私の頭を撫でてくれる。
さっきの、パニックになった真央を、やさしく守っていたイケメン先輩みたいに、私の不安に、一番はやく気がついてくれる。
ね?
春馬くん。
やっぱり、春馬くんが、ここに、いる。
それだけで、
―私はこんなに、うれしいんだ。
ほんとは、ブロッコリーの味を、はやく水でごまかしたいくせに。
私は、ヨーグルトをスプーンですくうと、春馬くんの口にもっていく。
ヨーグルトも、あんまり好きじゃないくせに。
でも、ブロッコリーの味を、消したいんだよね?
素直に口をひらいた春馬くんは、ヨーグルトを口にして、
「あまいな」
って、やっとミネラルウォーターに口をつけた。
無糖のヨーグルトだよ?
なんで、こんなに、優しいんだろ?
いつもふざけてるくせに、いつだって、私の変化に一番に気づいて、
「どうした?」
一瞬、感情がこみあげてきて、泣きそうになったら、
「ヨーグルトって、2種類の菌からできてるって知ってるか?」
って、またナゾ知識をもってきた。
「えっ?」
「エジプト文明といい勝負だよな?」
「えっ?」
「エジプト文明より前だったかな?」
「えっ?」
「エジプト文明が紀元前3000年」
「えっ?」
「エジプト文明より2000年早かったのが、ヨーグルト」
「えっ?」
「栄養素も豊富」
「えっ?」
「英語はyoghurt」
「えっ?」
「英国人じゃなく仏蘭西人のパスツールが乳酸酵母を調べた」
「えっ?」
「えっ?て、驚くことにブルガリア菌とサーモフィラス菌の2種類の菌から乳酸菌がなりたってるんだよな」
「・・・そうなんだ」
「すげーご長寿の秘訣が、すげー昔からある菌って、すげーよな?」
「さいご、少し無理があったね?春馬くん」
「あっ、やっぱり?」
「うん。でも、ありがとう」
「どういたしまして?」
首を傾げてるけど、たぶん、ほんとに、意味わかってないんだろうけど。
「ヨーグルトっていえばさー」
「・・・もういいから」
「えー?」
「のばしてもダメです」
「ええーっ?」
「なんで増やすの?!」
「・・・なんとなく?」
「もう、いいよ。話がすすまないし、おなじ、やりとり昨日もやったよ?」
「だから、ヨーグルトがー」
「話をきいてる?!」
なんで本気で残念そうなんだろ?
私は、呆れて、
ね?
春馬くん。
やっぱり、私は涙がとまるんだ。
ー大丈夫だよ。
ー俺が守るよ。
ーもう、泣かせないから。
最後の言葉だけは、たぶん、守れないとおもうけど。
だって、笑ったいまですら、泣きそうになるから。
私は、涙をごまかすために、ご当地マグカップに、ミネラルウォーターを注ぐ。
なんか、そのペットボトルをみて、春馬くんが考え込んでるけど、
「魚釣りには、使っちゃダメだよ?」
「エスパーか?!」
ーだいたい春馬くんが考え込んでるときは、私がきらいなお魚について、口にしていいか考えてる時だし。
春馬くんが私のことをわかってくれるように、私にだって、なんとなく、春馬くんの考えていることは、わかるよ。
あれ?
なんで、なんとなくなんだろ?
昨日まで、ほぼ100%わかるって、思ってた気もするのに。
あれ?
春馬くん。
私は―。
「大丈夫だよ」
春馬くんが優しい声で言った。
「絶対に魚釣りには使わない・・・クーラーボックスに凍らせて入れるから?」
「もっとダメじゃない?!」
「えーっ?」
「のばしてもダメです」
「ええーっ?」
「なんで増やすの?!」
もう、ほんとに春馬くんは。
やぱり、
「春馬くんだね?」
「だから、それは定番化するなよ」
「じゃあ、ペットボトルはあきらめて?」
「・・・わかった」
そう残念そうにいって、でも、ほっとしたように、やさしく笑った。
ー春馬くんが、笑った。
ね?
春馬くん。
こんな幸せな時間が続くには、どうしたらいいのかな?
ーまあ、見守ってあげなよ?
私は、真央のように信じられるかな?
ー信じられる、なにかが欲しいよ?
私と春馬くんの10年目になる記念に、
ね?
春馬くん。
私が、その言葉を言ってもいいのかな?
そう言いたいのをこらえて、私はミネラルウォーターをひと口飲んだ。