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第22話 彼女と親友と親友の変化。※悲しい話が苦手な方は避けて下さい。


「真央!?大丈夫!」


いつも元気はつらつで、画面ごしでも、おしゃれな親友のその姿に、私は、つい大声をだしてしまって、


「ごめん、明日菜、もっと声のボリューム下げてくれるかなあ」


その真央に注意された。


「あっ、ごめん。でも・・・」


きついなら、電話きろうか?


真央から、かかってきた電話だけど、そう口にしようとすると、


「大丈夫かい?クッションでも背中にしく?」


ちょっと低めの男性の声がきこえて、ソファにもたれている真央の、背中と背もたれの間に、ちいさなうすいクッションをおく。


ー毛むくじゃらのごつい腕。


「うんー。ありがとう、先輩」


真央の膝の上には、大きなクッションがある。


「よりかかる方が楽?」


「いまは、これでいいかなあ?あっ、ほら、先輩。明日菜だよ!」


少し元気をとりもどした真央の、スマホが動いて、真央と一緒にいる、真央の旦那様のイケメン先輩をうつしてー、


「・・・イケメン先輩?」


あまりに予想外の容姿に、私は、失礼にもついそう口にしてしまった。


だって、大柄で、毛むくじゃらで、顔ははっきりしてるけど、四角くて。


ーゴリラみたい、な人。


目も細くて、ちょっと怖い印象のその人は、横で吹き出した真央とは対照的に、


「真央の夫の、池連っていいます。村上くんのいうところのイケメン上司です」


そうやさしく、笑っても、


ーやっぱり、ゴリラみたいな人。


「池、連?」


「そう。名字が池で、名前が連。日本語のイントネーションが、ちょっと、違う時があるかもしれないけど、僕は、幼少期を外国を転々としてたから。話し方が変で、ききとりづらかったら、ごめんね」


「初対面の村上に、緊張しちゃってさ。連をメンって噛んじゃって、ーそれから、会社でも、イケメンで通ったのよ」


「・・・春馬くんが、しつれいしました?」


「明日菜が謝ることじゃないけど、まあ、ふざけたあだ名をつけたあいつは、ある意味、正しいんだ。こんな見た目だけど、中身はイケメンだよ」


顔色の悪かった真央が、少しだけ笑うけど、すぐに、


「ごめん、やっぱり、先輩の匂いムリ。あっちいってて」


って、池さんを追い出した。


そして、ソファに背を預けて、けだるげにしている。


真央も春馬くんも身体がとても丈夫で、インフルエンザも、予防接種しないくせに、かからないタイプの元気者なのに。


私は、きちんと2回も予防接種をうけて、かからないけど、予防接種しなかったらかかるタイプ。


後輩は、インフルエンザを2回してもかかるタイブ。


毎年のように、インフルエンザの予防が徹底されるけど、かかる子はかかるんだよね。


ウィルスって目に見えようがないし。


その真央がとても青白い顔をしているから、心配になる。


どうして春馬くんは、私に言わなかったんだろ?


「ごめんね、明日菜。いま、悪阻がつらい時期でさあ」


「あ、悪阻なの?。そっか、そうだよね」


「うん、いま、ちょうどピークでさあ。こんな格好でごめんね」


「ううん。むしろ、こんな時にごめんね?」


「アハハ!明日菜は、やさしいなあ。スマホをかけたのは、私からだよ?」


「それは、そうだけど」


「話していた方が、気がまぎれるしさあ。外に行きたくても、いまは、定期健診以外は、外に出る気にならないから」


未知のウィルス、コロナが世界中を、日本中を恐怖に陥れているいま、真央のような妊婦さんは、本当に大変なんだろうな。


いくら池さんや病院の先生たちが頑張ってくれても、お母さんしか赤ちゃんを守れないと強くおもんだろうな。


「さっきは明日菜と初対面だったから、外していたけど、連さんには、家でもマスクを、してもらっているよ」


「優しい旦那様にであえてよかったね」


「こればっかりは、村上に感謝かなあ」


「出産日はいつ?」


会話の流れで、ふつうに聞いた時に、真央の表情が、一気に、気弱なものになった。


いつも快活で、気が強くて、自信満々な親友がはじめてみせる弱気な、表情。


「ねぇ、明日菜?私は、ちゃんと、この子を出産できるかなあ」


って、小さくつぶやくように言った。


いつも、明るくて、強い、真央が、心細げに言った。


いつも、おしゃれを欠かさずに、髪だってきれいに茶色に染めていた真央なのに、ところどころ髪の色がぬけた真央が言った。


「私と先輩が結婚した理由を、明日菜は、村上からなんてきいてる?」


「俺、一生分の秘密を、先輩にもっちゃった?」


「・・・正確には違うんだよ。私は、あの時、先輩を襲ったけど、先輩に全力で拒否られたんだ」


「ーえっ?じゃあ、その子は?」


「先輩の子に決まっているでしょ?たまに明日菜って、村上以上に、天然炸裂せるよね?あんたたちの場合、どっちに似ても天然な子が生まれるんじゃない?」


「・・・ごめんなさい」


「まあ、私のいい方も悪かったけど。最終的には、村上がいっていた方法で、先輩を落としたんだし」


「真央…?」


それは、春馬くんの方が正しくない?


私の考えを見抜くことは、もしかしたら春馬くんよりうまいかもしれない真央は、画面のスマホ越しにピッて、人差し指を立てるとよこにふった。


「村上の話と違うところはね、実は、もう入籍していたんだ。その時」


「ーえっ?」


「どうしても、そういう関係になりたいなら、先に入籍だけでもさせてほしいって、土下座されて、大泣きされちゃってさ」


「・・・池さんに?」


「そう、あのゴリラに」


「・・・で、結婚?」


「・・・だって、そんなに簡単に妊娠しないと思ったし?いまどき、バツイチめずらしくないし?若気の至りですむかなあって」


「・・・真央?」


私の声がひくくなる前に、真央は慌てて、両手を左右に振った。


「違うよ、明日菜。いまの私は、絶対に違うから!むしろ、さ」


真央が視線を自分のクッションにおとして、本当に切なそうな顔になる。


「私のところにきてくれて、ありがとうって思ってる。相手が、先輩でよかったって、真剣に、思っている。ねぇ、明日菜。赤ちゃんって、だれでもすぐに妊娠して、悪阻と出産でちょっと苦しい思いをしたら、簡単に生まれてくると思う?」


真央が、まっすぐに私を見つめてきた。


それは、昨夜の春馬くんに似た、不思議な力をもつまなざしで。


「イケメン先輩が、かたくなに、私を抱かなかった理由ってさ・・・」


静かに真央が語りだした。



幼いころから、商社マンの父親を持つ連さんは、いろいろな国を、転々としていたそうだ。


でも特に、言葉には困らなかったという。


幼い脳は、言葉の吸収もはやいし、ボールひとつあれば、子供たちは、見知らぬ子供ともすぐに仲良くなる。


それは、世界共通だけど、文化の違いは、貧富の差は明らかだった。


とある貧困層が多い国に、父親が転勤した時、連さんは12歳だった。


家のハウスキーパーとして、現地のシングルマザーの親子が住み込みで働いてた。


母親は若かったが、子供は連さんより、ひとつ上の13歳の少女と10歳の弟がいた。


13歳の少女は、可愛くて優しくて、弟の面倒をよくみていた。


連さんの初恋だったけど、連さんはインターナショナルスクール。


彼女は地元の学校ですら、いけるかどうかの、ぎりぎりの生活をおくっていた。


弟を学校にやるために、13歳の少女も街で働いていた。


同じように貧民街で働く子はたくさんいて、その中には、彼女の恋人がいた。


そして、当然のように13歳で少女は妊娠し、17歳だった恋人はにげた。


「・・・日本なら、中絶って話もあったんだろうけど」


真央がもう一度、目線をお腹のクッションにむけた。


中絶は、宗教上の理由で許されていなかった。


その国での貧民街では、子供が子供をうみ、育てられずに、ただひたすら増えていくストリートチルドレン。


連さんの父親は、負の連鎖を断ち切るために動こうとしていた側の人だっけど、常に危険はあった。


外国人の富裕層。


それだけで、強盗殺人の危険がある。


連さんたち一家は、ただ、使用人の少女の出産を願っていた。


貧民街で育った子供だ。


いくら外国人が日本人よりも体格がいいと言っても、食べることに、生きることに必死なこどもだ。


13歳なんて年齢自体がそもそも間違っていて、医療体制もろくでもなかった。


―妊娠中毒症。


日本でも聞きなれた言葉で、実際に医療の進んでいる日本ですら、妊婦の7-10%に発症する病気で、でも日本の重症例は近年減少傾向にある病気。


「・・・日本なら、ね」


医療が発達した国だから、それくらいの%で抑えられる怖い症状だけど、その日本ですら、死亡例は0%にはならない現実。


しかも妊婦をおそう病気なんか、他にもたくさんある。


いまだって、コロナって、未知のウィルスの恐怖と懸命に戦っている母親がいる。


目のまえの真央のように。


「その少女もね、赤ちゃんもね、死んじゃったんだって」


その真央が言った。


「でも、男は葬式にも来なかったって。その少女の母親は悲しんでいたけど、連さんには、本当に悲しんでいたのかはわからなかったって。だって、連さんはなんで弟だけを学校にやって、少女だけが働くのか、そこから理解ができなかったんだって」


連さんの初恋は、最悪な形で幕をとじたけど、


「・・・連。私達はあなたを本当に命懸けで生んだの。赤ちゃんは、本当に奇跡の象徴なのよ。…そして、あなたがいま感じる、理不尽な怒りは、あなたの戒めにしなさい。あなたは、そんな男にならないように。守れるようになりさい。あなたが、そう感じるのなら、あの子たちの犠牲も、連の子どもにきちんと繋がるから」


少女と小さな赤ちゃんのお墓に、泣くこともできなかった少年の肩をだいて、母親が、ただそれだけを言った。


ーそのことだけが、頭に残った。



「だから、風俗店に連れ込まれた時も、お金だけ払って、お店の子と話をしただけの人。私が襲うまで「未経験」だった、人。でもさ、私はさ、「経験者」なんだよね?明日菜」


ふいに、真央の表情がゆらぐ。


「ねぇ、明日菜。私は、いままで、なにをやっていたのかな?」


「真央?」


「明日菜に「経験」済みだからって、上から言ったことも一度や二度じゃないよね?」


「ーうん。でも・・・事実でしょ?」


私は「未経験」で、真央はー。


「中学一年の時の私を、ぶん殴りにいきたい」


そう言うと真央は、顔を覆って泣き出した。


真央の初体験の相手は、中学時代の初カレの赤木くん。


「ただ、単純に流れだったとか、ゴム持ってたとか、そんな感じで軽く私は体験しちっゃたんだ。だって、明日菜のやってる少女漫画のヒロインだって、結構簡単に、中学生でもやってるし」


それが、あたりまえなら、俺が好きなら、いいだろ?って、


「ーでも、妊娠していたら、きっと、赤木はにげるんだ」


「・・・うん」


彼は残念だけど、そういう人だ。真央は、そういう人ばかりを選んでたし。


私が、じっとしずかに真央を見つめていたら、


「ね?明日菜?私は、いま、本当に怖いんだ。怖くて怖くて、毎日泣いちゃうんだ。涙があふれて止まらなくなる。マタニティーブルーなんたろうけどさ」


私は、ただ画面ごしに泣く、真央をみることしか、できなかった。


ね?


春馬くん。


春馬くんが、スマホ越しでなく私を、どういう気持ちで見ていたのか、私は、やっとわかったよ。


だって、真央が、ないてるよ?


いつだって、私と春馬くんを明るく、強く、金星よりもつよく、私たちを照らしていてくれた


ー月のような輝く真央。


いつだって、勝ち気で。


いつだって、明るくて。


いつだって、優しくて。


いつだって、


―私と春馬くんをずっと支えてくれていた、


私の大切な、真央。


真央が目の前で苦しそうに、こんなにも、つらそうに泣くのに、スマホの画面ごしじゃうまく言葉がでないし、


ーなによりも、触れられないんだね?


抱きしめて、なぐさめることも、できないんだ。


ね?


春馬くん。


私は、やっと、春馬くんのもどかしさが、少しだけわかったよ。


「私が先輩にしたのは、たった一度のイタズラで、でもそのたった一度で妊娠できた。生理が遅れて、市販の妊娠検査薬を使用したら、反応したから、二番目のお姉ちゃんに報告したんだ」


真央は、4姉弟の3番目の子供で、年の離れた姉二人と、2歳年下の弟がいる。確かうえふたりは10歳くらい離れていたような?


「そうしたら、お姉ちゃんから、まだわかんないよって。とりあえず、病院にいくようにって、言われて、お姉ちゃんが姪っ子をうんだ病院に連れていってもらった」


もう先輩とは籍をいれていたし、リモートで顔を合わせていたし、とくに問題ないはずだったんだ。


でもお姉ちゃんは、すこし厳しい顔をしていて。


「病院で胎嚢が確認されてもね、お医者さんも看護師さんも微妙な笑顔なんだ」


意味がわからなくて、


「妊娠してますか?」


って、聞いたら、


「うーん。医師によって見解はわかれるからね。また2週間後にきてください」


貰えるのかなって、思ってた母子手帳の説明もなかった。


手には、画像の粗い、白黒のペラペラのエコー写真の黒い楕円形のたまごだけ。


「ほんとうに、たまごみたいで、しかも黒いんだ。ミリ単位だし。正直、自分でもよくわかんなかった」


とくに、いつも真央には、やさしい二番目の姉の態度が気になった。


「絶対に、まだ誰にも言っちゃダメだよ」


繰り返しそう言われて、ただ、つぎの検診の時も付き添ってくれることになっていた。


「で、そのころから少しずつ、悪阻みたいな症状もではじめて。私はさ、朝は、わりと強いはずなのに、なんか一日中眠たいし、身体がだるいし、正直、妊娠って、初期でも、こんなにめんどくさいの?って思ってた」


まだどうせ卵だし、みんなおめでとうもないしって、とくになんにも調べないまま、私は二週間後の受診を迎えたんだ。


真央は、小さく気持ちを落ち着けるように、ぐっと力を喉にこめたきがした。


「でもね、明日菜。小さな真っ黒い楕円形の卵の中に、それこそ星の瞬きのように小さく、でも力強く、動く心臓を、見た時にね、私は号泣しちゃったんだ」


ー自分の中に、たしかに自分以外の生命が宿ってる。


そう、実感した瞬間だった。


その小さな、でも力強く瞬く心拍数に、医師や看護師さんの表情が明るくなった。


エコーを見るまで、はりつめていた空気が、一瞬でゆるんだ。


「この心拍数なら、いまのところ順調だ。胎嚢も順調に育ってるし」


「おめでとうございます。いまからだと出産日はー」


「こちらで、母子手帳の取り方を説明しますね」


一気に話が進み始めて、別室で、これからの説明を受ける時に、他の部屋の前を通る時に、聞こえてしまった。


「・・・なんで、私、ばかり・・・。ごめんね、ごめんね」


そのすすり泣く声が、はっきりと聞こえてしまった。


「流産の処置は、うちの病院では、できないので・・・」


やさしく、いたわりながらも、事務的に会話がすすむ声を。


「せっかく、心拍確認まで、できたのに」


「・・・次回が・・」


「次回なんてないんです。もう、凍結杯はすべて移植してしまって。補助金もつかいはたしたから、最後だったんです」


「・・・・」


なきじゃくる声に、だれもこたえる声はなかった。


「その声をきいてね、私はバカみたいに調べまくっちゃったんだ。妊娠について、出産について。でも、知れば知るほど、怖くなって。だって、明日菜、こんな物も、マタニティーコーナーには、うっているんだよ?」


そう言って真央が手にとって見せてくれたのは・・・。


「聴診器?」


病院でよくみかけるもだよね?


「赤ちゃんの心音を聞くためのモノだって」


「きこえるの?」


「小さすぎて全然聞こえない。私は、素人だから、どの音が赤ちゃんかわからない」


だから、毎日が不安なんだって真央は続けた。


「妊娠検査薬が反応してもね、胎嚢、胎芽、心拍確認の三つが確認されて、やっと、妊娠って認められるんだって。だから、はじめての検診ではおめでとうの言葉はなかった。でも、心拍確認してからの流産率、安定期に入ってからの死産率、出生時の死亡率。新生児の死亡率。いろいろな遺伝子異常の話とか、もう調べすぎて、さ」


ー私は、いまたぶんノイローゼなんだ。


そう、あの、真央がいう。


「胎動を感じられない私には、病院の診察だけしか、病院のエコーでしか、生きてるかどうかわからないんだよ。毎日毎日、不安で仕方ないんだ。診察前なんて、いつだって不安しかない。エコーをしてる瞬間以外、ぜんぶ不安でだらけだよ?」


だって、胎動がなければ、お腹にいてもわからない。


でも胎動があったら、あったで、寝てる赤ちゃんを不安でトントンって指で合図して起こしちゃうよ。


妊娠中、ずーっと、生きているか、不安で仕方ないんだ。


あんまりにも、心配しすぎて、2人目はもういらないって思うくらいに。


「本当に、赤ちゃんて、奇跡の塊で、望んでもきてくれないのに。中一の私と赤木は、なんて馬鹿なことをしていたんだろうって」


「だって、いるんだよ、実際に。たくさんの人が、不妊治療している。しかも、半分は母親じゃなくて、父親が、原因なんだよ?世間は、母親の出産年齢の高齢化ばかりをいうけど、不妊の原因は、男性も50%で。しかも、無精子症のひとなんて、一般男性の100人にひとり。男性不妊症だと10人にひとりだよ?」


それでもいつだって、責められるのは女の方で、夫は、痛みをなにも伴わない精子検査すら、検査を受けてくれずに、ただ時間だけがたっていく。


そうして、夫がおもい腰をあげた時には、奥さんは高齢出産って枠になる年齢で、こちらもまた、低年齢と同じ様にリスクがあがる。


「私が病院できいた女の人には、もう後がなかったんだよ?なのに、昔の私は、あんまり妊娠について深く考えてなかった。そうなるのが、当然の流れだし、なんなら、フッアッション感覚で、その行為をためしていたけど、ね?明日菜。私は残酷だけど」


真央は涙で、ぬれた目で、うつろに笑う。


「もし、お腹にいる子が女の子で、10代だったら、どんなに、泣きさけんでも、抵抗しても、私は、中絶させるよ。だって、私は、自分の子供を、守りたいから。連さんが、昔であった少女のように、失いたくないから。ーでも、さ、明日菜?」


「それは、いまいる、私のお腹の小さな胎嚢に星の瞬きのような儚さで、でも力強く鼓動を奏でるこの子を殺すんだよ?守りたいのに、守りたいから、この子から、一番大切なものを、私が奪うんだ」


真央がそう言うと、こらえきれなくなったように、泣きじゃくる。


「話が、いくらなんでも飛躍しすぎだよ、真央」


やさしい声がして、真央の身体を、毛むくじゃらの太い手がくるみこむ。


そうして、やさしいゴリラ・・・じゃない。


イケメン先輩は、優しい目で私をみた。


「これが正真正銘の、マタニティーブルーだ」


「なんで、そこで、胸をはるんですか?」


「・・・真央からの母親としての愛情だからね。僕ら父親には、干渉できない、母親の想いだろう?僕にできるのは、せいぜい家事や、こうやって崩れたり、ヒステリックに泣き叫んだりした時に、そばにいたり、しなかったりしてやること」


「そばにいない?」


「いたら逆に、イライラさせちゃう場合もあるし」


「・・・それが、いまです。イケメン先輩。くさいっ!」


「シャワー浴びても、ダメだった?」


「くさいものは、くさい」


「・・・はい」


しょぼんと、うなだれて、イケメン先輩が、スマホの画面から消えた。


顔を上げた真央は、でも、ずいぶんとおちついていた。


「悪阻の原因って、いろいろあるけど、特定の匂いがダメってあるでしょ?私の場合、旦那の匂いが、一番ダメでさあ」


「・・・そういうパターンもあるんだね」


「まあ、珍しいとは思うけど。明日菜の場合は、ならなそうだし。なにしろ、先輩は、見た目通りに体臭も男臭いから」


「・・・みたいだね」


春馬くんは、すらりとしていて、スタイルもいいし。髪や服はあれでも、不潔な印象はない。


「「おちついた?」」


私と真央の発言がかぶって、私たちは笑ってしまった。


「うん。落ち着いたよ。ここってところは、頼りになるから、イケメン先輩」


「みたいだね。いいひとに巡り会えてよかったね?真央」


「明日菜は、村上とどう?」


「・・・春馬くんの態度が、激アマになった」


「ふーん。やっとか」


「驚かないの?」


「だって、あんだけ他人に対しても面倒見のいい奴が、恋人の明日菜に対してだけ、甘くないはずないじゃない。電話ですら甘々なのに」


「ーそうかな?」


そういえば、恋愛映画が公開されて、しばらくたつとやっとつながる、春馬くんとのメッセージ。


いつもどおり私をからかいながらも、頑張ったことをほめてくれてた。


ただー。


「あんまり甘い言葉は、もらってないよ?」


「その分、視線や仕草が、めっちゃ甘やかしてたじゃない」


「・・・そうなんだ」


「・・・そうだよ。安心して、明日菜は、村上について・・・行くのは、まだ、はやいか」


真央が、苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「どういうこと?」


「まあ、うーん?私も、もしかしたら?って、思わなかったわけじゃないけど、でも、まさか、ここで?!だし。でも、私が、そう持っていったし・・・。うーん、まあ、でも、決めたのは、あいつだからさ。まあ、見守ってやんなよ?」


ちっとも、よくわかんないけど、真央には、わかってるみたいだ。


真央は、やさしく笑った。


「ねぇ、わかってる?明日菜」


13歳の夏休み。


真央の実家の、日本家屋にある、洋室の真央の部屋で。


いまと同じ、問いかけをされたね。


ね?


春馬くん。


真央がいなかったら、きっと、私と春馬くんは13歳の夏休みで終わってた。


ね?


春馬くん。


もう、いいよね?


私は、真央の目をしっかり見つめ返した。


「うん。わかってるよ。真央」


大好きな私の、大切な、真央。


私と春馬くんの、大切な、真央。


「わかった。じゃあ、もう私は、あんたたちの子守りは、卒業するね」


ーこれからは、池 真央。


なんかパワーが、ましたような気もするけど。


ね?


春馬くん。


真央はやっぱり、こうだよね?


「ありがとう。真央」


そして。


「なにかあったら、かなならず頼ってね?」


真央のつよい気持ちを、知ったいまは、心の中でいのるよ。


ーどうか母子ともに、元気に、生まれて、きてくれますように。


私の大切な、真央。


これからもよろしくね。



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