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「…ゴキブリってさ、逃げる時にはIQが130越えらしいんだ。なのに、なんで簡単にゴキブリほいほいに引っかかるんだ?」
「…うちの和菓子を前にいい度胸してんね?村上?そもそもどこ発信?」
「いや、通りすがりの中学校たちが騒いでた。ゴキブリが無脊椎か脊椎か?テスト時期に疑問が出たらしい」
「なるほど、あんたみたいなヤツがいたわけね?」
「いや、女子だったから、柴原じゃね?」
「ゴキブリほいほいは、あんたでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「うちが和菓子屋で、あんたいま、私の家で課題やってるって理解してんの?」
「…課題だっけ、か?いや、課題だな」
俺は柴原が見せてくれる女子高生むけのファッション雑誌に目を戻し、思わず頬がだらしなくゆるみそうになる。
表紙には、見慣れたようで、まだ見慣れないナチュラルメークの明日菜のドアップだ。
と言っても、どこがナチュラルだかは、わからないけど。
明日菜ってこんな大人っぽかったか?
って首を傾げつつ、目の前の饅頭をひとくちでくう。ほろりととける外側に中のあんこと混ざってしっとりしていて、めちゃくちゃうまい。
俺が柴原の家で課題にくると、柴原の親父さんがあの事件以来、柴原の部屋に監視がてら差し入れしてくれる。
忙しい役職だろうにご苦労なことで。
けど、ラッキーだよな。柴原の和菓子屋はこのあたりでいちばんの老舗だ。
めちゃくちゃ美味い。柴原はよく,職人さんを私の手品師ってよぶ。
むちゃくちゃわかる。
「まあ、そんな都市伝説っぽいのは、とりあえずおいといて、明日菜へのクリスマスプレゼントでしょ?」
「うん。ひとつはいつもの俺のレインボーアイスと、せっかくだし、18歳の記念にあげたいだろ?」
「ゴキブリの話をしながらえらぶものじゃないよ?」
…たしかに。
俺は課題より、ゴキブリの謎より厄介な、きらびやかな雑誌を相手にうなることになる。