第19話 彼氏と彼女と彼女の寝起き。
玄関から追い出された形の俺だけど、ちゃんと財布とカギは、もってでた。
えらくね?
一瞬、家のカギを、かけるかどうか迷ったけど、ここは、セキュリティーで選んだくらいしっかりしているし、明日菜がでかけるとは、思えないし、
ーちゃんとスマホを、もってきたし。
あの明日菜専用のスマホを、俺は忘れずに持って出た。
・・・かわりに、いつものスマホを、忘れたけど。
スマホのアドレスだよりだから、まったくアドレス帳の番号は、覚えてないけど。
唯一、俺が暗記してるのは、実家を除くと、明日菜のアドレスだけだし。
・・・このスマホ、それ専用だし。
「あれ?もってくるスマホ、間違えた?」
あほじゃね?
明日菜の場合、一応、両方の俺のスマホのアドレスをしっていて、18歳のあの日までは、連絡のつく方に、メッセージや電話がきていた。
あの18歳の誕生日からは、明日菜用のスマホにしか、連絡がこなくなって、それさえも俺は、既読スルーして。
「マジで、最低な彼氏だな?俺」
よく明日菜は、こんなやつを、見捨てなかったよな。
結局、いつも、みるにみかねて、柴原が動いてくれていたんだど。
・・・あいつこそ、天使の羽で、空を飛び、辺りかまわず矢を放つ、悪戯好きなベビー様って、ことだろうけど。
「悪魔の羽をもち、天使を生むの間違いか?」
ーなんだよ、その生物は。
いんのかな?
そいえば、金星が似たような意味を、もってたっけかなあ。
明日菜がまだ、東京の生活に慣れなくて、毎日、夜空を見上げては、泣いていた頃。
スマホの強化ガラス越しで、ただ、そんな明日菜にかける言葉を、少しでも遠く離れた南九州の片田舎にいるちっぽけな俺でも、明日菜を笑顔にさせたくて、
毎日、必死で、スマホとにらめっこしていた。
ーウシガエルじゃなくて。
そういや、ウシガエルっていえば、ニャーって泣くんだよな?
俺の大っ嫌いなウシガエル。
「ーそれをあの時の明日菜に、ぶつけた俺って、どうよ?」
マジでクソガキだな。
好きな子が必死で謝ろうってしてたのに。それくらい、俺にだって、わかっていたのに。
「悔しさのベクトル、間違えすぎだろ?」
マンションから出て、少し離れた駐車場に向かいながら、俺は苦くつぶやく。
あの時に俺が感じた感情は、いちばん強く思った感情は。
ーほらみろ、近くにいないと、守ることもできじゃないか、お前は。
だったんだ。
「お前って、どっちのことだよ」
4年たったいまじゃ、もうわかんねーけど。
ただ、俺は、悔しかったんだ。
他の男に、明日菜のセカンドキスを奪われることが、じゃなくて。
また、明日菜が俺の知らないところで、理不尽な現実に、さらされることが、
ーあの真冬の屋上で、凍えていた明日菜と重なって。
ただ、ひたすら、無力な自分が、悔しかったんだ。
―東京に明日菜がいたら、そんな顔を見ないですむ。
そんな自分勝手な想いが、俺のわがままが明日菜を傷つけて。それなのに、俺はウシガエルでごまかした。
13歳のあの秋に、明日菜が14歳を迎える前に、必死でかきあつめた、ロマンティックな知識は、ちっともいかせなくて。
「でてきたのが、ウシ様ってなんだよ」
なんのために俺は、柄でもない星座や花言葉や誕生花なんかを、調べにしらべまくったんだよ?
金星には、宵の明星のVenus。明けの明星のLucifer。
女神と堕天使や悪魔。
「・・・俺に、例えがみつかるわけねーよ」
意味を知ったところで、使い方がマジで、わっかんねーし。
あっ、でもさっきの明日菜は、女神ってよりも、天使に見えたな。
デミオの運転席のドアに手をかけると、ピピッて電子音がなって、ロックが解除される。
そのまま運転席に乗り込みながら、俺はさっきのことを思い出した。
明日菜の泣き疲れた、でも、どこかあどけなさを感じさせる寝顔をみながら、うとうとしていたら、朝の7時を過ぎていた。
寝たのが明け方近くだったから、明日菜は、まだ目覚めないだろうとおもって、俺は外出する準備をしていた。
だって、明日菜は、てっきりホテルに泊まるか日帰りすると、信じていた俺だ。
当然のように冷蔵庫は、空っぽだった。
しかも、昨日はラーメンしか、まともに食べてない。
ラーメンのストックはあるけど、さすがにそれはまずいだろうと、コンビニに行くつもりだったんだ。
・・・コンビニで買いたいものも、あったし。
あれ?でもアレってコンビニに、売っているのか?
いや、でも日本のコンビニって、地方のミニスーパーより品ぞろえ豊富だし・・・。
食料から日用品まで、手に入るのが、コンビニだ。
日本のコンビニって、マジですげーな。
ー俺が欲しいものが、あるかは、別だけど。
とりあえず、コンビニでサンドイッチやおにぎりでも買ってくるかって、用意していたら、明日菜がうごく気配がした。
「あっ、起きたか?」
って、声をかけたら、猫のようにまるまっていた肌布団から、もぞもぞと顔をだして、でもぼんやりと俺をみてきた明日菜の目は、まだあかく泣いたあとがくっきり残っていたけど、めちゃくちゃ、
ー可愛い!
俺の彼女、マジ最高!って、ひとりバカみたいに、はしゃいでたんだけどさ。
そこは、ほら?
いつもスマホ越しで見ちゃってたし、まあ、明日菜のヒロイン役でもみたことのあるシーンだったし?
「のりきれる、はずだったんだけどなあ」
まずい。思い出しだけでも、口元がゆるむ。
だって、さ。
「どこか行くの?」
って、明日菜は、ふつうに言ったつもりだろうけど、さ。
妙にあまえた、舌ったらずな、子供みたいな声だったんだ。
どんな恋愛ドラマや恋愛映画でもきいたことがない、あまえた声だったんだ。
スマホの機械ごしじゃない、生の明日菜の声で。
「ーラスボス以上の破壊力じゃんか」
クッ〇大魔王、ゆうに超えるぜ?
桃のお姫様?
誰、それ?
いまなら、あの世界的な大スターの赤い帽子の配管工にも、楽に勝てそうな気分に、ついなっちゃうだろ?
ぼさぼさの髪が、寝起きの七歳児の空ちゃんを、思い出させて、
ーって、これは明日菜には、内緒だな。
俺は絶対に、ロリ〇ンじゃない。
それなら、俺は全力で、俺から、轟木姉妹を守んなくちゃいけなくなるし?
ー俺って、そんなに危険人物なのか?
明日菜を、俺から守りたくて、轟木姉妹も、俺から守りたいって、
ー俺って、ナニモノ⁈
自分の思考に、ちょっと凹みながら、明日菜のぼさぼさの髪を指ですいてみた。
「明日菜って、けっこう髪がぐしゃぐしゃになるタイプなんだな」
ぼさぼなのに、指は驚くほど、ひっかからずに、明日菜のきれいな髪をすべってく。
内心、空ちゃんとの違いに、びっくりしていたら、
「・・・いま誰と比べたの?真央?」
明日菜が少し不安そうに、きいてきたけどー。
「なんで?俺が柴原の寝顔なんかしってー、いるな」
否定できないのが、俺と柴原だった。
「はっ?」
明日菜の目がびっくりしてるけど、
「歯磨きくらいしろって、思うよな?」
俺だって、マジで思うし。
「はっ?」
「吐くなら洗面器にしろって、思うよな?」
せっかく新聞紙まで、しいてやったのに。
「はっ?」
「吐くくらいなら飲むなって、思うよな?」
しかも、俺におごらせたし。
「はっ?」
「吐かれた服は、どうすんだって、思うよな?」
イカやタコの墨ならまだしもさ。
「はっ?」
「吐いたら、すっきり、人の部屋でねる女ってどうよ?」
まあ、仕方ないから、イケメン先輩やイケカマ係長にも泊まってもらったけど。
「・・・何をしているの、真央?」
奇遇だな、俺もまったく同じ意見だ。
ーただ、たぶん、なんか一番、重要なこと、明日菜に伝てない気もするけど。
明日菜が不安そうに、俺をみあげてくる。
不安を隠さずに、みあげてくる。
「春馬くんは、私の彼氏だよ?」
なんで疑問形?
「まあ、そこは、柴原だから、なんもない」
泥酔する柴原のとなりで、酒なしで盛り上がってた俺とイケカマ係長だし。
イケメン先輩だけが、甲斐甲斐しく面倒見てたし。
あれで、柴原とイケメン先輩の距離が近まったし。
じゃないと、イケメン先輩じゃ柴原の基準、突破しなかったし。
「なんもなくても、これからは、絶対にダメだよ?」
そりゃあ、妊婦に酒を飲ませたらダメなことくらい、俺だって知ってる。
酒のCMとかに文字で出てくるし。
「ーわかった」
なによりも、明日菜がそんな顔をするなら、もう絶対にしない。
俺は不安そうな明日菜の華奢な身体を腕に引き寄せると、背中を、ぽんぽんと軽くたたく。
たまに凜ちゃんをあやすときにするけど、赤ちゃんの匂いより、ずっと俺には、あまく感じる明日菜の匂い。
香水かな?
よくわかんねーけど、もし香水でも明日菜がつけるんなら、どんな集虫効果だって、効果絶大だよな?
ーって、俺以外も虫が集るじゃないか⁈
じゃあ、集魚剤?
もっと、増えてるじゃないか⁈
ーって、くだらない話ににげるのは、もうダメなんだよなあ?
どうしたって、俺は、13歳の夏休みから、明日菜がいつ俺から離れてもしかたないって、傷つかないようにって、張り続けたバリヤーが変な方向に、作用しちまうけど、さ。
もう、俺は逃げるのは、やめたんだ。
やめたんだけど、
―俺が変わっても、柴原の酒癖は、変わらなくね?
いや、でも、もうあいつも既婚者だし、そんな迂闊なことしないはずだし、イケメン先輩が俺と柴原のことを疑うとかー。
ーイケメン先輩より俺達を知ってる、明日菜が疑ってるじゃん⁈
げっ、マジか。
「相手がイケメン先輩でも、俺、慰謝料とられるのかな?」
「えっ?」
「映画に行くのは、セーフか?」
「えっ?」
「エッチな映画は、アウトだよな?」
「えっ?」
「演劇鑑賞は、セーフなのか?」
「えっ?」
「エチケットブラシを借りるのは、セーフだよな?」
「えっ?」
「エクステリア見学は、アウトなのか?」
「えっ?」
「英国料理をふたりで食べに行くのは、セーフ?」
「・・・イケメン先輩と、話しあおうか?春馬くん」
明日菜が、少しあきれていうけど、なんで?
「明日菜もだろ?」
「えっ?」
「映画にいくのは、セーフか?」
「そこからまた始めるの?!」
「いや、だって、明日菜も当事者じゃないか?イケメン先輩は、柴原の旦那で、明日菜は俺の彼女だろ?」
あれ?この場合、慰謝料払う相手が、増えてない?
ってか、いつの間に俺と柴原が、不倫設定になってんだ?
ちょっとまて、この場合ってー。
「・・・春馬くん、そんなに私のことー」
「じゃないと柴原にしめられる」
「えっ?そこっ?!」
明日菜がびっくりして、大きな声をだすから、
「えっ?どこっ?!」
明日菜の視線をおって、振り返るけど、
ーそこには、俺の見慣れた部屋があるだけ・・・。
「・・・明日菜って、霊感マジでないよな?」
「ありません」
「・・・超能力ー」
「テストなんかしないからね?」
「なんで?!」
「こっちがなんで?!なんだけど?!
「・・・俺の彼女がつめたい」
って、冗談で言ったら、
「ほんとに、そう思う?」
って、不安をかくせずに、俺を探るように、純粋なこどもみたいに、じっと俺をみあげてきたからさ、
ー決まってるじゃないか。
「世界一可愛いに、きまっているだろ?」
って、ついその額にキスをした。
無意識に身体が動いていた。
驚く明日菜の顔が、マジでかわいいけど、
ーさすがに、俺には、耐性がなさすぎる。
照れくさくて、明日菜から離れて立ち上がったら、
「・・・あっ、その時計・・・」
明日菜が驚いたように、俺の左手首にまいた空色の腕時計をみた。
そのまま、時間がとまったかのように、じっとその時計を見つめるから、俺は申し訳なくなる。
本当に、待たせて、ごめんな。
もう、絶対に、はなさないから、安心しろよ?
絶対に、いつだって、俺はこの時計をするからさ。
ーあれ?魚釣りは、いいのか?
明日菜の嫌いなあな魚に、触れるぞ?
洗えばいいのか?
明日菜に、きくー雰囲気じゃないよな?
だから、俺は、素直に笑って言った。
「いい時計だよな。ありがとうな。明日菜」
「うん」
明日菜の視線がゆらぐ。
ーバカだな、もういいのに。
「・・・どっか行くの?」
声が、ふるえているくせに。
「朝ごはん買いに、コンビニにいってくる。さすがに、明日菜つれて外食はまずいし。家の中、ろくなもんないし、おにぎりとサンドイッチどっちがいい?」
「ーサラダとヨーグルトだけでいいよ?」
ーマジかよ?
華奢だとは思っていたし、アコウファンの寮母さんからきいてはいたけど。
「・・・凜ちゃんの方が食べそうだな?」
「・・・むしろ、そうじゃないとこまるよ?春馬くん」
いや、むしろ、心配が増すんですけど?!
けど、もうそれが体質なら、俺がどうこう言える話じゃないし。
「ーだな」
「だよ?」
「だ行いく?」
「・・・朝からは、やめてほしいな?春馬くん」
「だよねー?」
「だから、やんないからね?!」
・・・のってくんなかった。
せっかく、だ行思いついたのに。
明日菜がちいさくため息をつくと、呆れて、でも、いつもの明日菜のように、優しく微笑んでくれたけど、
「気をつけて、いってきてね?」
華奢な両手をのばしてくるから。
小さな子が、抱っこをせがむみたいに、ただ甘えてきたから、さ。
「いってきます」
あまえてきてくれたことが、うれしくて、俺は、明日菜を抱きしめると、キスをした。
そうさ、ただ明日菜は、俺にあまえてくれたらいい。
ー大丈夫だよ?
ー安心しろよ?
俺は、もう、逃げないって、決めたんだから。
「ーで、家を追い出される俺って、どうなのさ?」
そりゃあ、自分でも、いきなり態度が変わったって、思うけどさ。
「しかたないだろ?」
―俺の10年の想いをなめんなよ?
明日菜が、俺を見つけたのは、あの修学旅行の日でも、俺は、中1の12歳の冬から明日菜だけを見てきたんだ。
早生まれだぞ?中1で12歳だぞ?
ー早生まれって、微妙だよな。
けど俺が明日菜を見つけたのは、12歳だぞ?すごいだろ?
あの冬空の屋上に、ちっぽけな豆粒みたいな明日菜を見つけた俺だぞ?
「覚悟してろよ?明日菜」
絶対に、俺が、明日菜を守ってやる。
・・・とりあえず、空腹から。
いや、これ、いちばん大事だよな?
俺はクラッチを踏むと、デミオのエンジンをかけた。




