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新生児室のガラス越しに、最近、たどたどしいけれど、舌足らずな言葉を話すようになった姪っ子の陽菜が可愛らしく首をかしげる。
「あーちゃん?」
見えやすいように陽菜を抱っこしていた義父を、キョトンと大きな目で新生児をみつめたあと、振り返ってきいてる。
ちなみに義父の顔は、すでに泣いたくせに、孫の可愛さに、さらにうるうるしてる。
ー涙腺、弱すぎね?
って俺は呆れたが、となりで先輩も似たような顔で姪っ子にデレデレだ。
似たもの親子だよなあ。
俺はあきれつつ朝陽とよぶようになったもと先輩と、これまた義父とよぶようになった人を見比べる。
義父の腕にいた俺にとっても初めての姪っ子である弟夫婦の第一子の陽菜が、可愛く首を傾げて、
「たーおじちゃん抱っこ」
って小さな手を伸ばしてきた。つい俺の目尻もさがる。
めちゃくちゃ可愛い!マジ天使!
「えっ?じぃじでもいいだろ⁈」
「たーおじちゃんがいい!背が高いから」
「陽菜、頭いいな?」
って親父が言った。
恐るべし3歳児といか容赦ないな?お義父さん、すいません、俺の身内が。
ちなみに俺たちも陽菜の身内だけど。
南九州の片田舎から、新しい家族に福岡まで逢いにきた俺たち御一行。
ー村上家と神城家のなかで、いちばん背が高いのは、俺だし、俺の肩車を陽菜はとても喜ぶ。
海外出張が多い春馬のかわりに、朝陽とよくデートがてら福岡に遊びにきていた俺に、陽菜は懐いてくれている。
俺や春馬は、あまり性格は似てない。
そう思うけど、顔立ちは似てるから、スマホの画面越しに映る父親を幼い陽菜なりに重ねてるんだろ。
ちなみに背も俺も春馬も変わらない。
3歳にもうすぐなる陽菜からは、もう甘ったるいミルクのにおいなんかしないはずなのに、甘いものでもたべたようなにおいがする。
抱き上げると嘘みたいに軽いし。
「いいなあ。竜生くん。私も抱っこしたい」
「朝陽はだめよ?いまは大切な時期なんだから」
「そうそう、まだ悪阻もおちついたばかりでしょう?」
って両家の母から注意されるけど、きくような奥さんではない。
俺の隣から手を伸ばして、陽菜の頭をなでてる。背伸びしなくても手が届きやすいように、俺は少し陽菜にバレないように、ゆっくり膝をまげた。
「可愛い。ね?うちの子もこんなふうに可愛いかな?」
って言葉に、
「いまは新しい家族に集中かな?」
照れ隠しに俺は答えながら、内心で、うちの子がいちばん可愛いさ?
だって愛する朝陽と俺の子だろ?
まだ星の瞬きみたいな光すら、俺は泣くのを必死でこらえたんだぞ?
ちなみに春馬は泣いたらしい。
そういうところが竜生だと、親父は笑ったけど。
とにかくいまは、新しい家族を、陽菜に見せてあげたい。
春馬は難産だった義妹のそばにいる。俺は2人目なんだから、楽だろと勝手に勘違いしたけど、陽菜よりつらかったらしい。
付き添い出産を選んでたけど、春馬の顔色みていたら、俺、きちんと朝陽を支えてあげられるかな?
って心配になってもいるが。
「あーちゃんは?」
たくさんならぶ生まれたばかりの小さな存在に、陽菜が目をキラキラさせる。
「ほら、陽菜?生まれたからもうあーちゃんじゃない。妹の真菜だよ?」
俺たちに気づいてさりげなく、見えやすい位置に女の子のベッドが近づいてきた。
村上。
名字しかないけど、名前はもうきいてる。
ーきいて、あきれたが。
なんで柴原と自分の妻の名前をもらうんだよ?
どこまで柴原だよ?
ちなみに朝陽は爆笑していたが、俺や両親は頭痛がしたけど。
「まな?まなちゃん!ねーねーだよ?」
って、ガラスをバンバンやりだしたから、慌てて陽菜を注意する。
「赤ちゃんだから、ガラスをばんばんしたらダメだよ?びっくりするよ?」
そういうと今度はペタっとガラスにおでこまではりついて、じっとみてる。
ちなみに両家の祖父母と朝陽は、そんな陽菜をしきりにスマホで動画や写真を撮ってる。
あとで俺にも送ってもらおう。
そう心に決めた日。
陽菜がお姉ちゃんになった日だ。
おめでとう、陽菜、真菜。
出逢えた奇跡に、ハッピーバースデー。
「こんどは、私たちの番だね?緊張してきた」
いわれて、俺まで緊張してきた。
けど、
「大丈夫、俺がついてます」
「俺が守りますじゃなくて?」
「だって、俺、医者でも助産師さんでもないんで」
って会話に、親父とお袋が視界の片隅で笑いを噛み殺し、義父母は、
「なんだかそのセリフ、3回目かしら?」
って、とある病室に視線をむけたのは、見ないふりした。
朝陽は優しく笑って、そっと寄り添ってくれたから、まあ、いっかあ。
「カエルの兄はやっぱりカエル兄だね?」
ってセリフは聞かなかったことにする。