第15話 彼女と彼女と少女漫画。※不愉快な思いをされたら申し訳ありません。決して否定してるわけじゃないです。
修学旅行の計画で、私は、はじめて春馬くんの名前を知った。
真央から、教えてもらった。
いつも私を、陰から助けてくれていた、
野球部の、
―ストーカー。
ね?
春馬くん。
私は、本当にそう思っていたんだよ?
ー修学旅行の二日目の自由行動の日、
私が、春馬くんに、恋した日。
私の、身勝手な怒りから、はじまった、恋だったよね?
スカウトされなかったら、私は春馬くんに、理不尽な怒りさえ、わかなかったよね?
あの日、スカウトされた私をみて、
みんな、勝手に、盛り上がっていたのに、
「うわっ、めんどくさい」
ーそう言った春馬くんだけが。
私から、盛り上がるみんなから、一歩、あとずさりを、春馬くんがしたから、
ー自分だけずるい!
いままでずっと、私を陰から守ってきてくれていたのに。
その時だって、スマホで集合時間を確認するふりをして、助け舟をだしてくれようとしたくせに、
ーめんどくさいって、なに?!
私は理不尽にも、そう身勝手な怒りがわいたんだよ?
一歩後ずさる春馬くんを、逃がしたくなくて、
「彼氏がいてもいいのなら」
って、春馬くんを指差して、マネージャーに、言ってたんだよ?
あの時に、
「彼氏がいるから、東京には、いきません」
って、こたえていたら、未来は、なにか変わっていたのかな?
でも、そうしたら、ここまで、春馬くんと一緒にいれたのかな?
私と春馬くんの恋は、遠距離恋愛だったから、
ーこんなに、続いたのかな?
「・・・つっこみどころ満載だな」
うん、そうだよね?春馬くん。
私だって、そう思うよ?
寮の後輩がいつも言う「おままごとの恋」の私たち。
笑うに笑えねーって、春馬くんは言うけど、
苦笑いでも、ちゃんと、笑ってくれてるんだね?
そうして、私の口元まで、またゆるむけど、
がまんしてた、はずの、
がまんできる、はずの、
ー泣いたら、ダメだって、
私に泣く資格なんかないって、わかってるから、
ー涙がでないように、目に力を入れて閉じるんだ。
ね?
春馬くん。
私は、そう思っていたんだよ?
だけどー。
ーとくん。とくん。
私の心臓が小さく、でも確かにきこえてくる。
私の大好きな春馬くんの声が、あの殺虫剤から、少しずつ解放してくれる。
18歳の春馬くんの誕生日に、絶対に春馬くんと、「経験」したかったセカンドキス。
一度は、断った仕事。
でも、仲が良かった子の流出写真がひろがって…。
あんなに、役者を必死に目指していた、純真な子だったのに。
いまは、どうしているんだろう?
幸せになっていてくれたらいい。
そう思うけど、ネットの世界は、いまの世界は、残酷で、
一度流出した写真は、イタチの追いかけっこ状態で。
春馬くんの嫌いな人工知能に、一言話すだけで、簡単にその記事は、5年たったいまでも、検索できちゃうんだ。
でも流出させた元カレは、5年たつとふつうに生活しているんだよ?
いつだって、ダメージを受けるのは、社会的弱者の女の子や子供たちで。
ーあの子の夢は、たった一度の「経験」でなくなってしまった。
その時、あの子は、そういう未来を、想像していたのかな?
どうして、その彼は、一度は好きになった相手を、そこまで苦しめたかったのかな?
ー本当に、そこまで、望んでたのかな?
一度、ネットに流出しちゃうと、世界中に広がっちゃうんだよ?
その時大事にしてた時間は、そんなにも、簡単に、輝きをうしなうのかな?
その子は本当に、顔も名前も知らないたくさんの人か、「ざまあ」されなくちゃ、ダメだったの?
そんな言葉で、軽くながして、いいの?
事務所をやめて、寮をでていく彼女の顔が忘れられない。
私には、見送ることしかできなかった、小さな背中。
寮を出る前の夜に、彼女が少しだけ部屋に会いに来てくれた。
そうして、泣いたんだ。
「だって、いまはふつうでしょ?ふつうに少女漫画やネット小説もそうだよ?だって、そこがゴールだよ?その「経験」をしないと、ハッピーエンドに、ならないんだよ?少女漫画や小説の多くがそうじゃん。私のせいで、明日菜がやる役だって、そうだよ」
そう言って、わんわん泣いた。
私と同じように、田舎からでできて、私なんかより、ずっと夢をもっていた彼女。
ー少女漫画のヒロインをやりたい。
いつか、そう輝く瞳で語っていたんだよ?
でも、結局は、憧れていた少女漫画に影響されて、流れでしたことが、彼女たいせつな夢を奪ってしまった。
しかも、18歳の彼女にとっては、最悪な形で。
私は、あんまり少女漫画や、それこそネット小説も読まないから、ヒロイン役のために、読んだ原作をみて、ぎょっとしたんだよ?
ね?
春馬くん。
知ってる?
いまの少女漫画って、すごいんだよ?
たぶん、男の子なら年齢制限に、引っかかるんだろうなって、お話がふつうに、小学生が読む漫画の本と一緒に並んでるんだ。
ね?
春馬くん。
私は、運よくそういう本を、たまたま、読まなかっただけなんだ。
ーたぶん、おねえちゃんやお母さんが、私には見せないように、さりげなく、守ってくれてたんだ。
私がきちんと性知識を学ぶまで。
だから、私は、知らない世界で育ってた。
もしも、知っていたなら、私は、真央がいうように、セカンドキスを深く考えずにすんだのかな?
逆に、中高生で「経験」しないことが、不思議になっちゃうのかな?
ーほんとに、あの子は、悪いのかな?
泣きじゃくる彼女に、私は何も言えなかった。
同じ様に地方組の後輩は、でも、私とは違って、とても冷たい目でみていた。
いつも私に「おままごとの恋」と言ってくる後輩は、とても冷めた瞳で、でも同じように傷ついた顔で、黙って彼女をみていた。
私は、やっぱり、後輩にも、なにも言えなかった。
だって、私には答えがわからない、から。
私だって、原作読んで、はやく春馬くんと「経験」しないとダメだって、思っちゃったから。
ーヒロイン役のように。
「経験」しないと、ハッピーエンドには、ならないんだって、思っちゃったんだ。
でも…。
「明日菜は、大丈夫だよ?明日菜の彼は、そんなことしないよ」
そう言って、傷ついているはずの、彼女が言った。
「でも先輩、こんど初キスシーン演じるんですよね?彼氏が浮気するかもしれないですよ?」
意地悪く言った後輩は、遠恋になった元カレを親友に、やっぱり流行のNTRされた子で、でもとても傷ついた瞳をしていたんだよ?
あまりにいろいろいな情報が、簡単に耳に、目に、はいっちやうから、中学でNTRで、身勝手なザマァにであった後輩。
言ったもん勝ちみたいなザマァ。
だって、いくらでも、いまなら簡単にできるんだ。
簡単な響きで、
ーまったく知らない相手に、自分勝手な仕返しと憂さ晴らしができる。
気楽にしていい。みんながやる。流行りだし。
かんたんだよ?
いくらでも、
ー嘘が真実になる、世界なんだ。
…私は、なにも言えなかった。
だって、春馬くんのそばには、いつも私の親友の真央がいたから。
ー真央には、かなわないって、私には、わかっていたから。
相手が、真央なら。
私よりも、春馬くんを幸せにしてくれる。
ー本当に?そう思ってるの?明日菜?
ふと頭に、よこぎる疑問。
ーだってしょうがないじゃない?絶対にこの人じゃなきゃ嫌だって、こっちは思っているのにさ。
頭にひびく凛とした、でも優しさと切なさをおびた純子さんの声。
―ドクン。
と、大きく私の心臓が、大きく響く。
私は―。
「・・・明日菜、すごいな」
いつもやさしく私を包み込む声が聞こえて。
春馬くんじゃなきゃ、
ー嫌だ!
凍りついていた私の、身体を心を、春馬くんの声が、
ー溶かしてくれた。
春生まれの、春馬くん。
春は、雪解けの季節。
私の、たったひとりの春馬くん。
私にいつだって、ひだまりのような、優しい春の光で、てらしてくれる春馬くん。
「・・・春馬くんの方がすごいと思う」
やっと、目があいて、私は春馬くんをみた。
こんなに、私は、春馬くんしかいらないのに。
私の想いを知っているくせに。
泣きたいくらいに、悔しくて、
でも、
春馬くんの驚いた薄茶色の瞳に、私の顔がうつる。
「神城明日菜」じゃなくて「明日菜」が映っている。
ね?
春馬くん。
私は、やっぱり、それだけで、こんなにも、嬉しいんだよ?
「あすー」
春馬くんの声が、私の名前を呼ぶ前に、私の両手が、春馬くんのきていたTシャツを、自分でも驚くほどの力で、つよくつかんだ。
ー春馬くんが「明日菜」って、私の名前を呼んでくれようとしたのに、
私は、待てなかったんだ。
だって、
ー私はこんなにも、春馬くんが愛おしくて、もう限界だったんだよ?
ごめんね?
春馬くん。