第13話 彼女と彼氏のウシガエル。※カエルが苦手な方はご注意ください。
先輩とのセカンドキスは、ほんとうに、おぼろげで、4年たったいまは、ほとんど覚えてない。
覚えているのはー。
ぼんやりした頭に、
「・・・わけないよなあ」
きこえてきた声。
私の大好きな春馬くんの、
ー声。
私にとって、唯一無二の存在で、私は、きっと春馬くんがいない世界じゃ、呼吸ができない。
ほんとに、春馬くんの大好きな、あのお魚みたいに、岩の陰からでてこない。
ー私と萌を残して、いなくなって、しまった。
ぼんやりとした頭に、純子さんの言葉がひびく。
ね?
春馬くん。
もし、ほんとうに、そうなったら私は、どうなるのかな?
ね?
春馬くん。
私の世界は、どうなるんだろう?
あの真冬の屋上で、ぼんやりフェンスをみて、思ってしまった時のように、
ーあの時、考えたことは…。
「なんの冗談だよ」
春馬くんの声。
冗談で、私はあんなことを、考えちゃったのかな?
ね?
春馬くん。
私かあの時に思っちゃったことは、そんなに悪いことだったのかな?
ね?
春馬くん。
「ほんと、冗談みたいだよな」
みんな冗談でも、口にするな、って言うけど。
ーどこに救いがあるの?
だって、私は、人よりちょっとだけ、優れた容姿をもって生まれた。
ね?
春馬くん。
ただ、それ、だけだよ?
それだけで、どうしてイジメにあうのかな?
ね?
春馬くん。
春馬くんが、あの日に、助けてくれなかったら。
真央がいなかったら。
ー私は、どうなってたんだろ?
「ーブレーキが利きすぎるんだよ」
ね?
春馬くん。
春馬くんの声は、きこえるよ?
ーでも。
ブレーキって、かけなきゃ、ダメなのかな?
だって、この世界は、こんなにも息ができないよ?
ね?
春馬くん。
アクセル全開で、屋上のフェンスを、つきやぶれたら、
ー春馬くんは、他の誰かと幸せになれたよね?
18歳になった日に、春馬くんにテレビ電話をした。
いまとは違って、そのころの春馬くんは、すぐに電話に出てくれた。
いつだって、どんな時だって、スマホを肌身放さず持っていてくれたって、真央からきいて知っていたんだよ?
ね?
春馬くん。
私は、自分んでその「当たり前」を、なくしちっゃたんだ。
私の、いちばん大切なものを、私が壊しちっゃたから。
ね?
春馬くん。
―私は、あの時どうこたえれば、正解だったのかな?
「どうした?明日菜。なんか顔色、悪いぞ?」
画像がつながった瞬間だったよね?
いつだって、春馬くんや真央は、わかってくれていて、
ー東京と福岡。
すぐに逢えない距離なのに。
ね?
春馬くん。
私は、いつも本当に、幸せだったんだよ?
ー春馬くんが、いつでも私の連絡をまっていて、くれたから。
私には、
それだけが、
それだけで、
ー頑張れたんだよ?
ね?
春馬くん。
その時も春馬くんは、ひとことも私を責めなかったよね?
前歯で唇を強く噛みしめて、
ーつよく噛みすぎちゃったから、
いつもは、私に見えないのに、隠せないくらい、血がでちったゃったんだ。
ー私が、春馬くんを傷つけた。
だから、謝りたくて、口を開こうとしたんだよ?
ほんとだよ?
春馬くん。
なのに。
春馬くんは、やっぱり春馬くんで、
「にゃー」
って、いきなり、猫の鳴きまねをして、
あまりに、いきなりすぎて、
「にゃー?」
ついきいたら、
「なんの鳴き声だと思う?」
って、まだ残ってた血を舐めとって、おどけた顔できいてきたから、
「・・・猫か、鳥?」
つい、そうこたえちゃったんだ。
そうしたら、春馬くんはすっごく、嫌そうな顔になって。
「ブブッー。残念なことに、ウシ様なんだよなあ。これが」
「ーへっ?」
「平均身長は、120-180mm」
「へっ?」
「平均体重は139-183グラム」
「へっ?」
「平均的な鳴き声は、モォー」
「へっ?」
「平均から外れたやつの鳴き声が、ニャーだ」
「へっ?」
「平和な世界の猫のなき声だって思うだろ?」
「へっ?」
「平和が、地獄にかわる瞬間だ」
「へっ?」
「平和だなあって、ふりかえったら、ヤツがいる」
「・・・そうなんだ」
ーそれ以外に、なにが私に、言えたんだろ?
ね?
春馬くん。
あの時も、
春馬くんは、春馬くん、だったね?
私の大切で、大好きな人は、
ー時々、すごく残酷だね。
私に謝ることも許してくれなくて、泣くこともできなくなったんだよ。
ね?
春馬くん。
私は、ウシガエルにも、負けちゃうんだね。
ーあの時、私は、なんて言ったら、許してもらえたの?
どうしたら、春馬くんの特別に、なれるの?
ー真央、みたいに。
ね?
春馬くん。
私は、ずっと思っちゃうんだよ?
春馬くんは、私よりも真央といた方が・・・。
だって、私より先に真央が春馬くんを見つけていて・・・。
真央なら、春馬くんを傷つけずに・・・。
ぼんやりと考えて、でも、泣いちゃだめだと、
ー私には、泣く資格なんてないんだから。
ぎゅっと、目を強く閉じた時に、
「しってるか?俺は柴原に会う前から、明日菜を見つけてたんだ。-明日菜を見つけたから、柴原にであったんだ」
ー春馬くんの声が、ぼんやりした頭に、くっきりときこえた。