SS ビター
撮影の打ち上げのあいだに、私はそっとスマホに目を落とす。
通知は非表示のまま。
春馬くんしか、通知なしにしてる。
大学生になり、忙しいとは、わかってるけど。
「どうした?ヒロイン?」
って目の前で、事務所の先輩が私をみる。はじめてのラブストーリーの相手役。
先輩はもう成人しているし、まわりもお酒入り、ざわざわしてる。
マネージャーさんは、私をガードするためにお酒好きなのに我慢してくれてる。
「いま何時かなあって?」
あいまいに誤魔化そうとしたら、
「そんな目立つ時計してるくせに?」
って左手の空色の腕時計をしめした。
ほんとうなら、手渡す予定だった。
ー大学合格おめでとう!
そして、
ハッピーバースデーって…。
そういうつもりだったのに。
ふいに込み上げるなにかを、飲み込もうとしたら、
「明日菜、ごめん。つきあって?お酒飲み過ぎて、気分わるい」
ってマネージャーさんがいって、私の手をとった。
「えっ?加納さん今日はお酒…」
って先輩の声を無視して、私の手をひいて、トイレに連れて行く。
「あの?」
戸惑ってたら、
「メッセージ、きてるわよ?」
ってマネージャーのスマホをしめされて、私はあわてスマホをみた。
ひとことだけ、
村上春馬の表示と
ただひとことだけ。
明日菜に酒を飲まなさいでください。
ってあった。
ただ、それだけで、
「私がのませるわけないでしょ?というか心配なら、明日菜にメッセージしなさいよ?」
ってぶつぶついう、マネージャーの顔が少し涙でぼやけそうになる。
ー泣いたらダメだよ?
泣いたら、優菜のせいにしちゃいそうだ。
誰よりも優しいあの子を、私のわがままで、たくさんの人を巻き込んで、けど。
「…」
加納さんがそっと頭を撫でてくれた。
から、
小さくつぶやいた。
「春馬くんのばか」
そうつぶやけたんだ。