第11話 彼女と彼氏とペアウォッチ。
ね?
春馬くん。
本当に、私は春馬くんを、新品の布団の中で、待ってたんだよ?
でも朝、始発で羽田を飛び立って、福岡にきたから、やっぱり、ちょっと、眠たくなっちゃったんだ。
ーごめんね?春馬くん。
もし、あの時に、そう言えていたなら、いまの私たちは、ナニかが変わっていたのかなあ。
ー眠りたくないんだよ?
ーだって、
ーこわい夢を、みちゃうから。
春馬くんだけが、いつも、私をその夢から、救ってくれるのに。
夢なら、そばに、春馬くんがいるのにー。
「たすけて。春馬くん」
そんな言葉を、言う資格なんか、私には、ないのに。
睡魔が私の頭の中を、ぼんやりさせていて、
「春馬くん、なんで、あの時、なにも言ってくれなかったの?」
あの時から、どうしても言えない言葉が、想いが、
ー私にも、あるんだよ?
春馬くん。
春馬くんの存在を知っているのに、マネージャーが、その仕事を持ってきたのは、本当に仕方ない状態だった。
同じ事務所で、将来を期待されていた子が、元カレとの写真が流出してしまって、本来ならその子が、演じるはずのヒロインが私に、まわってきた。
ーだって、私は、
受験勉強をがんばった春馬くんに、直接プレゼントを渡すために、仕事をいれてなかった。
簡単にスケージュールの調整ができたし、もともとは、私にオファーがあったヒロイン役だったから。
ね?
春馬くん。
ー私はヒロイン役を、一度は、断っていたんだよ?
春馬くんが18歳になる日に、私が春馬くんのそばに、いたかったから。
だって、もう春馬くんは、高校を卒業してる。
車の免許だってとれる年齢だし、その時は、まだ成人では、なかったけど。
でも、高校生と大学生では、まるで違う。
春馬くんにとって、そういう特別な日に、私は、スマホの画面ごしじゃなくて、春馬くんのそばに、いたかったんだよ?
ーほんとだよ?
ーそれが、あんな残酷な誕生日に、なるなんて、思わなかったんだよ?
ただ、わくわくしていたんだ。
ね?
春馬くん。
ーほんとだよ?
春馬くんの18歳の誕生日を、わくわくしてたんだよ?
ー春馬くんに、もうすぐ、あえる。
それだけが、私の東京生活を、支えていたんだよ?
だって、春馬くんが18歳になったら、結婚だって、できるんだから。
ーほんとうに、大切な夜に、したかったんだよ?
・・・本当は、お仕事を辞めようって、思っていたんだよ?
ー春馬くんと、ふつうのカップルでいたかったから。
13歳で上京した時に、私は、正確には、私の親が事務所と契約をした。
私が高校を卒業したら、再契約するか終了を、選ぶことができた。
だから、そのことも春馬くんと相談する予定だった。
春馬くんや真央がいる福岡で、自分の性格にあった進路を、見つけられたらいいなあって。
ーほんとうに、そう思っていたんだよ?
学生時代の私は、いまみたいな大人気女優じゃないけれど、期待の若手女優って呼ばれるくらいには、知名度があったんだよ?
時代劇や、単発ドラマや、大河や朝ドラ、いろいろな名作にも、チョイ役で出演しても違和感がない人気の私、神城明日菜だったから。
デビュードラマの監督さんから
「キミはいい意味で、無色だね。将来を楽しみにしているよ?」
といわれたけれど、
ねえ、知ってる?春馬くん。
そんな細やかな会話ですら、
ー空色や水色じゃないのかあ。
って、私は、がっかり、しちゃったんだよ?
だって、空や水の色は、春馬くんの好きな色だったから。
つい、仕事が終わって、スタジオをでて、空を見上げて、しまったんだよ?
でも、東京の空は、高いビルに隠れて、スモッグ警報もでてた。
ー空は、見えなかったんだよ?春馬くん。
写真が流出した子とは、年齢が同じだったから、よく話をしていた。
清純な容姿で、性格も真面目で、なにより寮にすむ地方組だった。
ただ、純粋に、役者になりたいって夢を持って、何度もオーディションをうけて、
ーやっと、手に入れかけたBIGチャンス。
それを、彼女は、一瞬で失った。
ー地元の嫉妬からのリークで。
昔のことなのに。
周囲の大人は頭を抱えていた。
その子も泣きじゃくって謝ってて、
ー見ていられなかったんだよ?
ううん。
そんな、優しい感情じゃなかったよ?
ー私と春馬くんには、流出してこまるような写真がひとつもないから。
最悪な彼女の状態なのに、
ー私は嫉妬したんだよ?
そこまで、自分のすべてを預けるくらい好きなら、どうして、地元に残らなかったの?
そう身勝手に思って、でも、そんな自分をあとから、心底、軽蔑したんだよ?
ね?知ってる?春馬くん。
私は、こういうひどいことを、考えちゃう子なんだよ?
だから、あんな残酷なことを、しちゃうんだ。
せっかくの春馬くんの誕生日だったのに、
すごく、わくわくしてたのに、
あいたくて、抱きついて、
抱きしめられたかったのに。
春馬くんから、セカンドキスを、してほしかったのに。
私のセカンドキスの相手は、
ー春馬くんじゃ、なかった。
春馬くんの誕生日に、セカンドキスしたい。
願いは、叶ったんだよ?
ー私の想いを無視して。
ね?
私は、ひどいんだ。
ね?
こんな私が、こんなに素敵な春馬くんの彼女で、いていいのかな?
直接、手渡しで贈りたかった空色の腕時計。
直接、手渡しで渡せたら、
ーちゃんと、使ってくれてたよね?
あんな棚に飾って、私が贈った雑誌の、偶像の神城明日菜と一緒になんか、しなかったよね?
そりゃあ、私も春馬くんのお魚と手作りのお菓子は、絶対に食べないけど、
でもね、春馬くん?
春馬くんに、私からプレゼントしたかったんだよ?
飾ってるだけなら、ペアウォッチの意味ないよ?
あの時じゃなくて、一年前の17歳の誕生日にプレゼントしたら、使ってくれてた?
ね?
春馬くん。
ー私、どこかおかしいのかな?
こんなに春馬くんを好きだなんて、
春馬くん以外のキスを、ラブシーンを、
「経験」したのに。
ー春馬くんだけが、私をドキドキさせるんだよ?
いま借りてる春馬くんのパーカーの大きさに、せつなくて、
いまですら、泣きたくなるんだよ?
泣いちゃダメだ。
ー18歳のあの日から、
いつもは私を心配させないように、前歯で下唇をかんで血がでたら、自分で舐めとっていたくせに。
ーあの日だけ、は。
春馬くんの下唇の血が、くっきり私にも見えたんだよ?
ね?
春馬くん。