SS カマキリ
俺はふと廊下を通りかかって、慌てて空いてた教室につい逃げ込んだ。
…なにやってんだ?俺。
チラッと見えたのは、窓枠に頬杖をついて、外を眺めてる神城の姿だった。
1夜にして、俺の弟の春馬が全校に知られるようになった原因だ。
もはや俺より有名なんじゃないか?村上といえば、春馬ってなるだろう。
村上竜生の弟じゃなく、神城明日菜の彼氏として有名になった。
とりあえずみんな本当につきあってるのか、半信半疑では、あるけど。
なにしろ神城は東京に転校する。修学旅行でスカウトされたから、芸能人になってしまう。
まあ、売れるかは別だろうけど、たぶん神城なら、きっと違う気もする。
うちの地域からスターが生まれるかもと、なんか校内が変な空気だ。
いままで以上に神城への盗撮がふえたらしい。
もうやりたい放題だしなあ。俺だって部活の写真とかでまわるし。
赤木みたいに喜べる性格じゃないやつらにしてみたら、大迷惑だけど。
まあ、晒してるのは、自撮りもしてるから、よっぽどなんか、目立ちたいんだろうけど。
一晩にして、もはや有名人なみな話題をさった弟は、家ではほとんどさ話さない。
いつもと変わらない。たまに神城と電話でもしてるのか、隣室から話し声がするけど。
ーなにを熱心にみてるんだ?
神城のまなざしが、いつもより穏やかそうで、俺はつい視線の先を想像する。
あの位置からだと、部室か?
たしかに春馬がいてもおかしくはないけど、あいつなら、いまごろ、グランドじゃ?
しかも、あの位置から見えるのは、人目につかない場所だし?
ーまさか?
ある可能性を思いついて、自然と俺は走り出していた。
走るな!って教師の声は無視したけど、上履きから、外履にはきかえたのは、もうこんな時でもなんか、俺だよなあ。
春馬なら、そのまま駆け出すのに。
ーこれだから、俺は。
くやしさに腹たちながら、でも足は止まらない。
部室練の角を曲がって、小柄な影とぶつかりかけて、慌ててブレーキをかける。
砂地で滑りかけたけど、どうにかバランスとれた。
「あっ、村上先輩のお兄さん」
って、ジャージ姿の女子が言った。野球部のマネージャーだったか?
いや、部員並みに腕が良かったよな?リトルリーグ出身だっけ?
少子化の影響もあり、女子と混合じゃないと人数そろわないしな。
「どうしたんですか?サッカー部は、今日は休みじゃ?」
「ああ、いや、春馬を見なかったか?」
誤魔化す理由もないし、そのまま伝えたら、その子は笑った。
「先輩なら、遊んでますよ?なんかサッカーボール見つけたみたいで」
示す方向に、春馬がリフティングで遊んでいた。
春馬は足首とボールの動きが楽しいらしくて、よくへんなリフティングしては、コーチから注意されていた。
基本を覚えないと怪我する。
いまもサッカーやってる俺より、春馬のセンスをかってたコーチだけど。体育会系らしい熱血というわけでもなかった。
じいちゃんが春馬が楽しいなら、それでいい。せっかく興味を持ったから、楽しく学ばせたい。
きらいにさえ、ならなきゃいい。
そう話したせいもあるんだろうけど。レギュラーになりたいとかは、春馬にはないみたいだ。
ボール一個で、楽しげに遊ぶ姿は、ガキの頃のままだ。
「…なんで、あんなところで?あいつ野球部だよな?」
「それがボールが一個、見当たらなくて、探してたんです。村上先輩と三年生先輩がこの辺探してたんですが、先輩たちは戻ってきたのに、村上先輩が帰ってこないから、様子を見にきたら」
「サッカーボールに、夢中になってたわけか」
チラッと上をみると神城がまだ春馬をみてる。
春馬は気づいてないのか?
って、思ったら、高く一度ボールを真上に蹴り上げた。ちょうど神城の目線だけど。
よく無回転で蹴り上げたなあ?って感心したら、
「きゃあ!」
ってすごい悲鳴がきこえた。頭上から。
そして羽音がする。
カマキリ?
「もう夏だよなあ?」
って、春馬がボールを手にうけとり、声をだした。
「なんで、カマキリなの!」
「かっ?」
「かっこいいより、怖いけど?」
「き?」
「気持ち悪いよ?」
「く?」
「クワガタも同じだよ?」
「け?」
「毛虫も嫌だよ?」
「こ?」
「怖いに決まってるでしょ?って言うか、いつから、私に気づいてたの?」
「さ?」
「サッカーボール見つけたとき?って、サ行はやらないからね!」
「…相変わらず短気だなあ。神城さん」
「それを言うのは、真央と村上くんだけだから!って言うか、野球部終わりなの?」
「うん、最後のボール見つかったから、みんな帰ってるかも?」
「じゃあ、着替えるの待ってるから、一緒に帰ろう?」
「えっ?ラッシーの散歩が」
「なら、いい」
「うそてす。カエルなります」
「ーもっと、いいかたないの?」
「ストーカーしていい?」
「ストーカーじゃなくて、彼氏でしょ?もう、いいから、着替えきてね!昇降口にいるから」
「短気過ぎない⁈」
ってぼやきながら、春馬が屈んで野球ボールを手に取る。そして、不思議そうに俺とマネージャーをみた。
「兄貴たち何してんの?なんか変なものでも食った顔してるけど?」
「予想外だっただけです!ラブラブすぎて!野球ボールは私が返します」
春馬の手からもぎとるようにして、野球部のマネージャーが、ボールを手に逃げるように、立ち去る。
俺もサッカーボールを、手にした。
「こっちは、俺がかえしとくよ?おまえ、カマキリのせて、神城の場所まであげたのか?そりゃ飛べる虫だけど、あんまり虫好きな女子は、いないだろ?」
そもそも、よくイタズラするよな。
俺は、ため息ついた。
とりあえず見える範囲だと元気そうだし、ダメージなさげだ。
ー消化不良は俺だ。
って無事に地面に飛んできたカマキリに思った。




