第7話 彼女と彼氏と彼女のイタズラと。
なんか脱衣所から、奇妙なくぐもった声がきこえて、私はついクスクスと、笑ってしまった。
だって、春馬くんが、いまどういう状態で、なにに対して悲鳴をあげちゃったのか、私には、わかっちゃっていたから。
ーだって、私のイタズラなんだもん。ごめんね?春馬くん。
そう。私は、春馬くんの洗濯機に、ちょっとだけ意地悪をした。
タオルなんかでくるんだりせずに、わざと下着を入れたランドリーネットを、目につくように、おいたのは、
ー私がドキドキしたくらい、春馬くんにもドキドキして、ほしかったから、だよ?
だって、あんなにもドキドキするなんて、思わなかったから。
春馬くんの伸びた髪をカットして、残った髪の毛をきれいに流すために、春馬くんに、お風呂を促した。
そしたら、春馬くんが、その場で髪の毛をはらおうと、着ていたTシャツを脱いだから、びっくりしたんだよ?
大学時代に、体力系のバイトをしていた春馬くんは、ほどよく筋肉がついていて、でも釣り行くから、Tシャツの部分だけ日焼けしてなくて。
その姿を正視できないくらい、なんだか気恥ずかしくなって、つい春馬くんに、厚手のTシャツを、かぶせちゃった。
ーなんでだろ?
だって、私は春馬くん以外のひとに、上半身裸で抱きしめられたこともある。
たしか、海水浴のシーンだったかなあ?
仲のいい友達とみんなで、海にいって、たまたまヒロインがナンパされて、主人公がかばってくれてー。
本当にべたなパターンが多くて、でも私や俳優さんたちが演じると、不思議とベタなシーンほど、絵になってー。
ーなによりも、
「明日菜、俺、泳げるから、浮き輪もってないんだけど?」
ーこんな変なセリフは、ない。
「…ゴーグルと水泳キャップもいらないからね?春馬くん」
「パラソルは?」
「持ってるの?」
「夏に凜ちゃんをベランダで水遊びさせる用に、軍曹経由のやつなら?」
「…借りたものは、きちんと返そうね?春馬くん」
「はいっ!」
「・・・なんでこういう時だけ、体育会系?」
「柴原の教育的な?」
「…もう、真央は、いいから」
下手したら、久しぶりにあったのに、1番多く、私よりも春馬くんの口からでてくる名前かも。
さすがに、それは、どうなの?
私の視線に、春馬くんがすこし目をそらして、素直に頷いた。
「もう0時過ぎだしな。あっ、でもゴーグルは?」
「入浴剤をいれちゃったから、なにも見えないよ?」
「じゃあ、俺、海パンとTシャツいらなくね?だって、明日菜は男の裸なんか、見慣れているだろ?」
春馬くんが不思議そうに、首を傾げるけど。
「…みんなちゃんと下は、はているからね?」
一瞬、言葉につまったのは、内緒。
だって、春馬くんの口から出た「明日菜は、男の裸なんか、みなれているだろ?」は、春馬くんにとって、本当にそう思えるくらい、リアルな想いで。
そう思えちゃうくらい、私をみていてくれたんだよね?
それは間違いなくて、最近の少女漫画は簡単に、そういう方向に、話が進んでいくことが多い。
そいう作品こそ人気がある。だから映画化するんだろうなあって、思えるし?
原作を読めば、当然ドキドキして、私だって、いつかはー。
なんて夢をみている時もある
上京する時に、真央から餞別でもらった、くったりシリーズの例のシロクマを抱きしめて、ひとりで寮のベットをごろごろして、にやけたりもしてる。
だけど、私の妄想の相手は、いつだって、漫画の主人公でもなく、相手役の人気アイドルやイケメン俳優でもなく、
ー春馬くん、だけ、で。
ーそれだけが、私にとっては、たったひとつのリアルなんだけど。
目は、口ほどに、ものを言うって、いうけれど、
春馬くんの場合、目はみたくもないものを、無理やりみるもので、耳は聴きたくないものを聴いて、口は他人から私の映画の総評をきくもので。
ー大人気女優の、神城明日菜。
恋愛作品を演じさせたら、並ぶものはいないと言われるくらい、少女漫画をよく題材にした映画やドラマのヒロインに、抜擢されてきた。
そうして、その映画やドラマがヒットすれば、するほど、ファンや視聴者は、現実でも疑似カップルに、付き合っていてほしいって、願う。
それだけ、作品を気に入ってくれることは、私もとてもうれしいんだけど。
いまはSNSなんかで、平気で嘘の情報が、それこそ、高速で世の中に、広がってしまう。
誰かがひとこと、神城明日菜と相手役の俳優が、手を繋いで歩いているのをみた。
本当に、そうひとこと、つぶやけば、それだけで、私の恋人は、そのひとになってしまう。
もちろん、毎回、否定して、ただ鎮火を待つだけだけど。
ー春馬くんとの熱愛スクープなら、私は絶対に、否定しないのに。
事実、ほかの人の上半身の裸になんか、まったくドキドキしないのに。
だって、屋内プールでは、ラッシュガードきている人の方が稀だし。
筋肉自慢の人は、頼んでなくても勝手に、脱いでみせるし。
まあ、私のまわりには、筋肉ファンはたくさんいるし?ありなんだろうけど、私は特に意識したこともない。
唯一、さっき私を動揺させたのは、春馬くんだけで。
ねえ、春馬くん?
知ってる?
ー私は、それがこんなに、うれしいんだよ?
でも、春馬くんには、なにも動揺する気配もなくて、私が髪をシャンプーしてた時だって、本当にシャンプーされるだけだって、疑いもしてなかった。
…シャンプーだからゴーグルが欲しいって、最後まで、ごねたけど、洗いにくいからダメだって説得するのは、大変だったけど。
ゴーグルは、必要だったかも?
ー目に泡をいれちゃって、ごめんね?
だって、真上からみる春馬くんは、とても新鮮で、可愛かったから。
けっきょく、私は、どんな春馬くんでも、春馬くんなら、それだけで、いいんだ。
でも春馬くんは、私がイタズラ半分で着た体操服姿にも冷静で、
ーねぇ、たぶん私の体操服の写真とったら、かなり高値で、取引されちゃうよ?
それくらいレアなシーンだけど、まあ、さすがに入浴シーンは、体験したことないけど。
―彼氏のジャージや体操服を借りるのは、定番のネタだよね?
春馬くんの目には、戸惑いは浮かんでても、驚きはなかった。
だから、私はちょっとでも、動揺させたくて、
ー真央よりも、私を意識してほしくて、
真央なら絶対にできないイタズラを、春馬くんにした。
たぶん、春馬くんは結局、どうしょうもなくなって、私に意見をききにくると思ったから。
新品の布団を春馬くんのベッドの脇に、敷いて私は、眠ったふりをしてた。
本当は、春馬くんのベットで、一緒に寝たかったけど、私が先に寝たら春馬くんは、いびきとかうるさいとこまるだろって、リビングのソファーで眠っちゃうって、わかってたから。
ーそう、私はわかってると、思ってたんだけど。
さっきも、反省したくせに。
本当に、私は学ばなくて、
ー春馬くんが寝たら、寝顔をゆっくり堪能しちゃおう?
幸せな夜に、わくわくして寝たふりをしていた。
それが、こんな夜になるなんて、思いもせずに。
ただ、幸せな気分で、新品の布団によこになっていた。
春馬くんの大きな黒いパーカーだけを、かりた姿で。
明日の朝、少しでも私に、ドキドキしてくれたらなあって。
ただ、
春馬くんが、いる。
ー私には、それがすべて、だったんだよ?
春馬くん。