第5話 彼氏と彼女とアナハゼ。※両生類苦手な方はご注意下さい。
ー考えてもわからないものは、わからない。
しばらく俺が洗濯機とにらめっこした後の結論だ。
にらめっこといえば、知ってるか?
俺の南九州の片田舎には、田んぼがあるけれど、ザリガニやオタマジャクシやら、まあ水中生物の宝庫なわけだ。
当然、田んぼに入ると稲を倒すため、学校や親から、注意をうけて育つ。
ーまあ、農家さんの苦労をぶち壊しているんだから、当たり前で、その苦労を無表情に、淡々と説明された時は、怖かった。
ーで、洗濯機とにらめっこをしていたら、俺の場合、なぜかウシガエルとにらめっこをした小4の夏休みを、思い出してしまった。
夏休みに、遊びにいった親戚の家は、俺がすむ地域より、もっと自然豊かで、家のとなりにも田んぼがあった。
カエルの声で、マジで眠れないような環境だった。
でも小4の俺は、カエルも大好きな元気な田舎の子供だ。
ーが。
俺は、ヤツと、であってしまった。
でっかい20センチくらいのウシ様に。
いやあ、小4まで、あんなにでかいの見たことなくて、つい目があっちゃったんだよなあ。
知ってるか?
あいつら目をそらさないし、無表情に瞬きだけしてさ。
たまに大きな喉が呼吸のために、動くんだけど、基本的には、無表情なんだ。
俺と目かあったやつは、昼間だからか鳴きもしなかったし。
最初は面白くて、斑点の数とか数えていたんだけど、
―結果は、俺の惨敗だった。
30分で、ギブアップ。
それ以来俺は、カエルが大の苦手になって、なんで川釣りをしたのかと問われれば、
ー川には、カエルがいるから。
ただそれだけ、なんだよなあ。
しかもブラックバスとかだと、カエルのルアーとかあるし?
もしカエルがつれたらと思うとぞっとする。
ちなみに海でも、ときどきアナハゼか釣れるが、俺が唯一、毎回釣っては、びびってる魚だ。
ただのハゼだとおもうだろ?
ところがどっこい。
こいつの色は、一見すると褐色なんだが、ルアーのフックを外そうとしたら、マジでひびるくらい口の中が青い。
というか不気味なあおみどり?
ウシ様にちかい色なんだよな、これが。
口もでかくて、カエルを連想するから、マジで釣りたくないんだけど、こいつも獰猛な食い意地の汚い魚で、わりとよくヒットしている。
ちなみに、身も骨も青い珍しい魚だ。
俺はリリースしようとしたが、先輩が刺身がうまいと、持って帰って一度だけ、食ったことがある。
・・・たしかにうまかった。
もちろん、ソーダ―味でも、ラムネ味でも、チューイングガム味でもない。
釣りたての新鮮な刺身のうまさがある。
でもなんで青色って、食欲がわかないんだろうなあ。
さすがに、明日菜に画像も実物も見せたことはないけど。
火を通せば、白くなるらしいけど、そこまでして食べたくない。
俺だって、苦手な魚は、存在する。
ちなみにこのアナハゼは、表面にかなりぬめりがあるので(そこもカエルみたい)調理前に塩水でよく洗うことをお勧めする。
俺が食べた刺身は、コリコリと弾力があって、甘くて大変に美味だった。
ただ、どうしてもカエルを思い出すから、毎回ずっとリリースだけど。
アコウも表面は、ぬるぬるしては、いるけど、カエル顔じゃないしな。
って、現実逃避しながら、俺は洗濯機とにらめっこしていたけど。
―結論。
明日菜にきこう。
だって、考えてもわからないし?
どうせ、もう深夜だから洗濯するの朝になるし?
俺はパジャマがわりにしているTシャツと短パンをはいて、脱衣所をでた。
一応、明日菜に気をつかって、海水パンツとパンツは、真新しい洗濯ネットに入れたけど。
だって、俺のパンツを洗った洗濯ネットで、凜ちゃんたちの座布団カバーを洗濯するのも、なんかきがひけるし。
「明日菜も、なんでわざわざこんな目立つ形で、洗濯機にいれるんだよ」
つい、愚痴がでた。
こういうシーンは、見たことがないから、対応に、ちょっと戸惑う。
俺がずっと、画面ごしにみていた明日菜と、生の明日菜の違い。
どっちも明日菜のはず、なんだけど。
ーなにか、が違う。
遠恋で、しかもコロナで2年近く会えなくて。
でも、スマホの画面ごしに会話していたのに。
明日菜をみていたはずなのに。
ーなんで、俺はいまこんなに、戸惑っているんだろう?
ーなんで、明日菜の望み通りに、行動できないんだろう?
馬鹿な嫉妬を抱えきれずに、トイレで号泣してしまうくらい、
ー俺は、明日菜が好きだ。
それだけは、間違いないのに。
つい癖で、前歯で下唇を噛みそうになって、
ーダメだよ、春馬くん。
明日菜の言葉が頭によみがえる。
かわりに、俺はぐっとこぶしを握り締めた。
ー今度から、爪切りをこまめにしないとな。
きっと、俺はふがいなさに、今度は拳を握りしめすぎて、爪でけがをしてしまうだろう。
明日菜を悲しませたくないのに。
思わず大きなため息がでた。
「ほんと、情けないよな?俺」
こんなんで、明日菜に釣り合う大人の男になれる日が、いつかは、来るんだろうか。
あの冬の日に、初めて遠目に明日菜を見た時から、強く感じた想い。
ー絶対に、守りたい。
―俺が、幸せにしたい。
ーいや、俺じゃなくても、明日菜が笑ってくれるなら・・・。
「えっ?」
ー俺は、いま何を考えた?
唖然とした俺の視界の片隅に、俺のベッド脇に、新品の布団を敷いて、眠ってる明日菜がいた。