第4話 彼氏と彼氏の洗濯機
とりあえず俺は、いつもより念入りに、身体を洗った。
これは別に、これからの行動を意識したわけでもない。
チキンな俺を、明日菜が受け入れてくれたから、そういう意味で、身体をゴシゴシしたわけじゃない。
単純に、その明日菜から、
「春馬くんは好きだけど、春馬くんのお魚は、苦手だから、きちんと洗ってね?」
と真顔で言われたからなんだけど。地味に凹んだのは、明日菜には内緒だぞ?
だって、俺とアコウは、切っても切り離せない関係だぞ?
俺と柴原みたいにって、言ったら、
「いい加減、真央離れしなさい」
って、呆れながら怒られた。
目が笑ってなかったから、素直にだまったけど。
俺に柴原離れをしろだと?
ームリじゃね?
バスタオルで大雑把に、身体を拭きながら考える。
だってさあ、俺にとって、柴原は、特別なんだよなあ。
明日菜は文句なく、特別な存在で、俺が絶対に守りたくて、傷つけなくて、誰よりも俺が幸せにしたいのは、間違いないんだけどさ。
ー柴原真央。
俺にとっては、13歳の修学旅行より前に、存在を意識した女子だった。
あの日。
ー明日菜が、屋上に閉じこめられていた日。
とても寒くて、部活を終えて、家に帰りつく頃には、本格的に雪が降ってくるような、
ーとても、寒い日だった。
校庭の片隅で、野球部だけど初心者の俺は、ひたすらバットで素振りをしていて、疲れていた。
たまたま偶然、顔をあげた目線の先に、この寒空の中、コートもカーディガンすら、はおってないセーラー服が見えた。
一瞬、俺は、本当に、意味がわからなかった。
何度も素振りをして、汗ばむ手も、素振りをやめたら、すぐにバットを握る手が痛むくらい寒い日だった。
少なくても、あんな軽装で、屋上にいるなんて、
ーなんの冗談だ?
本気で、そう呟いてしまった。
でも俺は、やたら視力がいいから、その子の表情がわかってしまった。
泣きそうな顔で、でも悔しそうに、口元をギュッて結んで、けっして泣かないように、我慢してる女の子。
俺にとっては、異世界代表のような、
ー神城明日菜。
部活の連中が、先輩後輩関係なく、片っ端から、ふられるくせに、いつも、しつこくネタにする学校イチの美少女。
女子を異世界人だと思っていた俺ですら、その存在を知っていた。
ー名前だけ、は。
だけど、俺はその瞬間に、屋上にいる女子が、その神城明日菜だって、わかってしまった。
それくらい、明日菜には、なにか人目を引きつけるものがあったから。
正直、明日菜は美少女だけど、本当に学校イチなのか?
そうきかれると微妙だと、俺はいまも思っている。
系統は違うが、柴原だって、容姿だけなら、明日菜に負けてない。
けれど、柴原のはじめての彼氏だった赤木は、明日菜にひかれて、柴原にも明日菜にも、最低な裏切り方をした。
ーでも、俺はある意味、赤木はしかたないって、いまでも思っている。
なぜなら、それくらい明日菜には、人をひきつけてやまないナニか、があるのだから。
だけど、俺が気になったのは、そんなことじゃなかった。
思わず手から取り落としてしまったバットが、俺の足に直撃した痛みに、我に返ったから。
寒さに凍える足に、バットの直撃は、涙が出そうに痛くて、
ーこんな寒空の中に、屋上なんて、もっと寒いじゃないか!
いてもたっても、いられなくなって、俺は走り出しながら、でも、やっぱりどこか冷静だった。
明日菜の窮地を助けるには、俺だけじゃ無理だ。
屋上のカギは、当たり前だが、職員室にある。
教師に事情を説明する。
教師に行ってもらうのが、ベストだとわかっていた。
できれば、女性教師がよかったけれど、職員室には、最悪なことに、女子と男子で露骨に対応をかえる中年の教師しかいなかった。
ー最悪だ。
最悪だけど、あのままじゃ風邪をひいてしまう。
「あの、先生、屋上に人がいるみたいなんですが」
俺が口をひらくと、教師はめんどくさそうに、言った。
「はああっ?ふざけてんのか?こんな寒空に、外にでるバカがいるもんか。しかも、職員室のカギは、ちゃんとあるぞ?」
「・・・でも確かに、いるんです」
屋上のカギなんて、いくらだって、合鍵を作れるだろう?バカなのかこいつ。
俺はぎゆっとこぶしを握り締めて、口答えをするのを耐えて、もう一度、この教師には、絶対に言いたくなかった言葉を、口にした。
「遠目ですけど、たぶん、神城明日菜さんです」
「神城だって!?」
中年教師は、職員室中に響くような声で叫んで、その声に、部室のカギをとりにきた女子も振り返った。
「もっと、はやく言えっ!このバカっ。大変じゃないか」
ーだから、そう言ってるじゃないか!
俺はぐっと、言いたい言葉を飲み込むと、教師に言った。
「防寒着をなにも着てないみたいで、寒そうでした。はやく行ってあげてください」
本当は、こいつひとりに、行かせるのは、嫌だ、どうしよう?
って、思った時に、
「うわっ!めちゃめちゃ、大変じゃないですか!私、部活の防寒着をいま持ってるし、一緒にいきます!」
「えっ?いやっー」
「まさか、先生。明日菜と屋上で、ふたりきりになりたいとか、ないですよね?」
嫌味っぽくて、嫌味にはきこえない快活な声で、俺より背が高い女子が、手をあげて、最低な中年教師に言った。
ーそれが、柴原真央、だった。
「最初っから、俺はあいつに助けられてんだよなあ。…いまさら、柴原離れできるのか?」
わりとマジで、心配になってきたんですけど?
ー俺、大丈夫か?
そんなことを思いながら、身体をふきあげたバスタオルを、洗濯機の中に入れようとして、ついその手がとまる。
俺の洗濯機の中に、見知らなぬブツがある。
いや、正確には知っているけど、違うバージョンのやつは、凜ちゃんたちの座布団カバーを洗濯する時に、俺自身もつかうけれど。
俺の目の前には、絶対に、俺の部屋にはないはずの、
ー女性用のランドリーネットがあった。
「うわー!」
って、つい声をあげそうになり、慌てて口を自分でおさえる。
深夜0時すぎのファミリーマンションだぞ?
いつもは賑やかな上下左右の喧騒も、すっかり静まりかえっている時間た。
なにより、俺の叫び声なんぞで、凜ちゃんの安眠を妨害したくない。
ーし、
さすがに、明日菜に対して、失礼すぎる。
明日菜は、きっと、なにも考えずに、洗濯機に入れたんだろうし?
俺のパンツと海パンも、洗濯ネットにいれた方がいいのか?
ーこういう時に、スマホ頼るのか?
ダメだ。ふだん使わないから、リビングに放置したままだ。
ーそもそも、スマホになんていうんだ?
彼女の下着が洗濯機にあります。教えてください。僕のパンツは、どうしたらいいですか?
ーなんかラノベにありそうなタイトルだな。
絶対、誰もよまないと思うけど。短編いくらでも浮かぶよなあ?
まさに、いまの俺だし?
なんか萌えちゃんが、よろこびそうだ。
俺はしばらくパンツ一枚で、洗濯ネットと、自分のパンツを見比べて、途方にくれていた。
ー明日菜の下着が入った洗濯機は、みないようにしながら。