第3話 彼氏と彼女の…。
「あっ、ちょ、えっ、ま、まって、春馬くん」
湯気でくもる浴室内に明日菜のおしころした声が小さく響く。
必死に、俺をとめようしたけど、俺はもう限界だった。
「明日菜っ!頼むっ」
「えっ、まって、まだだめ!」
周囲を気にして、小さな声で、でもあわてる明日菜。
真っ白な裸の腕が、俺の腕を止めようとつかむけど、俺は手に力をこめて叫ぶ。
「もう限界、頼む、明日菜っ」
そもそも、こうなったのは、明日菜が悪い!
「あんっ!もうダメだってば」
抵抗されても、もう無理っ!
「どうして?気持ちよくないの?」
ちょっとすねたような、明日菜の声が浴室にひびく。
「いや、それは最初は、気持ちよかったけど」
本当、マジで気持ちよかったですけど⁈
「じゃあ、もうちょっと、がまんして?」
甘えた声も可愛いけど。
っていうか、本当に限界なんですけど?!
「明日菜っ!」
俺の切羽つまった、半泣きの声に、
「もー、しょうがないなあ。今夜だけ特別だよ?」
明日菜があきれたように言って、
「はい、目をつむって。春馬くん」
俺はめずらしく素直に、目をぎゅって閉じた。
はて?俺は何をされているんだろう?
おれの家の中で、浴槽にはったお湯に浸かり、海水パンツに黒い厚手のTシャツを着てまで、
ー風呂って、入らないといけないの?
なんかそのまま、ゴーグルや、浮き輪や、パラソルや、日焼け止めまで、欲しくなってくるんですけと⁈
つい、明日菜に、
「いまから、プールや南国の海には、いけないぞ?俺、お酒のんだから運転はNGだ」
って、言ってしまった俺は、悪くない。
ーたぶん?
それとも俺がしらないだけで、近所にそういうレジャー施設が、あるのだろうか?
夏休みは、まだ緊急事態がかかっていたから、隣の轟木姉妹もプールや海は、我慢してたし。
ベランダに、ちびっこプールは、用意したって、一尉が言ってたな。
明日菜は櫛で俺の髪をすきながら、
「ちがうよ。髪を切ったから、シャンプーするだけだよ?ほら髪がついてる。きちんとお風呂入って、あたたまろうね?春馬くん」
櫛についた髪の毛を見せて、あきれたように、でも優しく笑う。
で、俺が風呂場に行ったら、明日菜が手に海水パンツと黒い厚手のTシャツを持ってきたんだけど。
ちょっと明日菜さん?
俺にだって前を隠す常識あるし、なにより、チキンだし?
「けどさあ、なんで上まで着るのさ?風呂に入る意味なくね?」
「だって、春馬くんの裸に、びっくりして、なんか、ちょっと、気恥ずかしかったんだもん」
真上から俺をみていた明日菜が、拗ねたように目をそらした、
浴槽の淵に頭を出す形で、仰向けに風呂に入った状態で、俺はいま明日菜に髪を洗われている。
明日菜は、料理の腕からみてわかるように、不器用とまではいかないが、器用でもない。
なので、俺の目にも泡がはいって痛くて仕方ない。
しかも明日菜が持っているのは、俺が愛用している夏場にとても重宝する、すっきり爽快な強烈刺激のシャンプーだ。
・・・単に買い忘れて、コレしかなかっただけだけど。
俺の髪を切ると言いだした明日菜に散髪され、そのまま海パンとTシャツをはかされ、明日菜が追い炊きをしてくれた風呂に入らされた。
そしてなぞのサービスだから?というセリフとともに、明日菜にシャンプーされていたんだけど、ギブアップした俺。
ー村上春馬。
22歳。
若手人気No. 1の女優、神城明日菜と、遠距離恋愛10年目。
「もー、まだ洗ってる途中だったのに。もう少し我慢してくれても、いいのに」
明日菜がやさしい手つきで、俺の顔の泡をシャワーで流してくれる。
けどさあ。
「にゃー、痛いにゃー」
「…いろんな意味で、痛いね、春馬くん」
「いや、てれるな」
「褒めてない!もう、シャンプーしっかり落とすから、じっとしててよね」
「濡れるぞ?」
「被害は、春馬くんの体操服だけだから、だいじょぶ」
なぜか、明日菜は、俺の高校時代の体操着をきていた。
そりゃあ、動きやすいし?短パンだし?汚れても大丈夫だけどさあ。
俺は短パンからのびる白い明日菜のきれいな足から、目をそらす。
浴室が曇っててよかったな。
いや、本当にチキンすぎない?俺?
「合理的だけど、エロくない?」
しかも本音が口からでてるし。
「セクハラは禁止だよ?」
「むしろ俺がセクハラされてるんですけど?!」
「ほら、口閉じて。水が入るよ?」
「ーぐげっ」
そういうことは先に、言ってくれ。
真夏じゃないから、そんなにのどかわかないぞ?
「あっ、本当に入っちゃった。大丈夫?春馬くん」
「けほけほ。だ、大丈夫。海に落ちたと時のために、たまに軍曹に、いきなり、口に炭酸の瓶をつっこまれるから」
「・・・愉快なおとなりさんで、よかったね」
「おー。萌ちゃんたちもかわいいし、俺ってラッキーだよな」
「・・・・・」
「どうした?げふっ」
なんでいまいきなり顔にシャワーかけられたの俺?
「はい。シャンプー終わっよ。洗い残しがないか確認するから、こっちむいて?」
「ーん」
素直に顔をあげたら、明日菜の顔がすぐちかくにあった。
じーっときれいな黒い瞳で俺をみて、
「ちょっと目を閉じて、春馬くん」
まだ泡がのこってるのか?
「ーん」
素直に目をとじたら、
「隣の轟木さんの誰よりも、私が一番春馬くんのことが好きなんだからね?」
ちょっとすねた声と一緒に、唇にやわらかな明日菜の唇がふれてきた。
「はい。シャンプーは終わりだから。あとは海水パンツとシャツ脱いで全身洗ってね?」
そういうと、明日菜はそそくさと浴室から、出ていった。
「いまから、服脱いで、洗うのか?」
ーマジか。
「面倒くせーな」
けど、せっかく明日菜が追い焚きしてくれたし、汗臭いやつのそばには、いたくないだろうし、
俺はザバって音をたてて、浴槽からでると、水を吸って。重くなったTシャツと海水パンツを脱いだ。
ボディソープをナイロンで泡立てて、ふと思う。
ー明日菜は、きょうどこで寝るんだろ?
脳裏に、どうしても、明日菜が他のやつと一緒にいろいろなパターンで寝ていたシーンが甦る。
もちろん。ただ抱きしめて寝るものがほとんどで、清純派女優にアダルト要素は、あまりないけど、
ーでも。
つい前歯で下唇を噛みそうになって、
「ダメだよ?春馬くん」
明日菜の泣きそうな顔に、グッとこらえた。
まあ、なるように、なるしかない。
俺だって、変わりたいんだ。
ー変わらないと、いけないんだ。
明日菜と一緒にいたいなら。