第2話 彼女と彼氏と彼氏の傷薬。
「ー悪い、明日菜。俺にはまだその勇気が、もてない」
大切だから、傷つけたくない。
守りたくて、仕方ないんだ。
ー俺、からも。
春馬くんがつぶやくように、言った。
ううん、たぶん、春馬くんは、口にだしてない。
でも、私には、わかっちゃうんだよ?
ーだから、
春馬くんが、いつものように、前歯で下唇を噛む前に、私の身体は、自然に、動いていたんだよ?
春馬くんは、まだお風呂にも入ってなくて、少し汗くさくて、お酒のにおいもしたけど、
ー春馬くんなら、いいよ?
そんなにおいすら、私は愛しいから。
でも、
ー血のにおいは、嫌だ。
ちょっとでも歯が触れたら、簡単に傷ついちゃう春馬くんの下唇。
いつも、春馬くんが我慢してくれてた、傷を、
ー私はもう隠させて、あげないよ?
私は背伸びをして、優しく春馬の傷をいたわるように、キスをする。
驚いている春馬くんの唇に、でもこれ以上、傷が痛まないように、春馬くんの唇に、そっと人差し指でふれた。
戸惑ってる少し茶色がかった春馬の瞳にうつる私が、できるだけ、優しくて可愛くみえるように、私は春馬くんに微笑む。
ー絶対に、泣かないように。
「うん、ありがとう。春馬くんの気持ちを、正直に言ってくれて」
でも、たぶん、声は少し震えたかもしれない。
泣くのは我慢できたけど、じわっとこみあげる涙を、うまくとめれたかな?
ーわからない。
でも、ひとつだけ、わかっちゃったよ?春馬くん。
だって、いま、私は一瞬、唇を噛みたくなったよ?
涙をこらえるため。
春馬くんに、心配させないため、
なによりも、春馬くんの想いが、切なくて。
私はじっと、春馬くんをみあげる。
春馬くんが少し戸惑って、でもいつもどおりに、優しく見つめ返してくれる。
スマホの画面越しじゃなく、私を見てくれる。
ーだから、ね?
「春馬くんが、ずっと、我慢してくれたんだから、私だって、我慢するよ?だけど、もう下唇を傷つけるのは、ダメだよ?噛みそうになったら、私がいまみたいに、キスするからね?」
ーもう、私に隠れて、泣かないで。
トイレに、篭城なんかしないで。
トイレに、は負けたくないよ?
ー勝てるかな?
春馬くんが少し、イタズラな顔になる。
「ご褒美的な?」
ーいじわる。
私からのキスを、ご褒美なんて、思わないくせに。
「ご褒美に、なりそう?」
それくらい、私と他の男の人のラブシーンをみてきたくせに、
「…わかんねー」
やっと、春馬くんが少しだけ本音を、みせてくれた。
「素直な春馬くんも、大好きだよ?」
ーもちろん、素直じゃない春馬くんも、大好きだよ?
いつか、春馬くんが、私からのキスを、素直にうけとれますように。
私は春馬くんの首に両手をまわして、優しく触れ合うだけのキスをする。
ー私の大好きな、村上春馬くん。
私のたいせつな初恋の相手。
修学旅行で、スカウトされて、他人事みたいな春馬くんに、勝手に腹がたって、
「彼氏がいても、いいのなら?」
って、指をさして、強制彼氏になってもらって、そのまま遠恋で、10年目。
いまでは人気女優になった私、神城明日菜。
ーの、彼氏だけど、
私達の時間は、
ーううん、春馬くんの時間は、あの夏に止まってるんだよね?
だって、いつだって、私な春馬くんとは別の人とラブシーンを、演じていて、
いつだって、春馬くん以外から、キスされて、
いつだって、春馬くん以外から、抱きしめられてた。
手慣れた人たちとのラブシーンは、画面じゃ伝わらないから、
どんなシーンでも、爽やかなにおいで、
きれいに手入れされた唇で、
だけどね?
ー私はカットの声がかかると、一瞬ですべて忘れちゃうだよ?
春馬くんと13歳でしたファーストキスだけが、いつも私の心のささえで、
もっと春馬くんと近づきたいのは、私が演技でも「経験」豊富だからだよね?
そっと、震える手で、春馬くんに抱きしめられて、その汗の匂いと、微かに残るお酒の匂いに、
ーこんなに、泣きたくなるくらいうれしいのは、春馬くんだからだよ?
いま、キスしちゃうと、たぶん逃げ出しそうだから、我慢するけど、
ーあんまり、待たせないでね?
春馬くん。
ーじゃないと、私から襲っちゃいそうだから。
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