第1話 彼氏と彼女と魚竜の話。
全身を嫌な汗がだらだらと流れる俺に、抱きついてきた明日菜が、
「春馬くん、そろそろお風呂にはいらないと、寝るのが遅くなるよ?」
甘えた声で言って、俺をみあげてくる。
さすがは、若手人気No. 1女優、
―神城明日菜。
めちゃめちゃ絵になるし、文句なしに、可愛いし、なによりも、
ーやっぱり、きれいだ。
じっと、俺をみつめてくる瞳は、凜ちゃんみたいにまっすぐで、無垢で、なによりもあたたかい体温が、スマホの画面ごしじゃなくて、
ーああ、明日菜がここに、いるんだ。
あのテレビやスマホや映画の大スクリーンのなかでもなく、
ーいま、俺のそばに、いる。
っていうか、朝からずっとそばにいたのに、いまさら気づくのか?俺よ?
我ながら、末恐ろしいな。
ん?末恐ろしいって、こういう使い方で、あってるのか?
あれって、ポジティブとネガティブで、だいぶ意味合いが、かわる言葉だよな?
一度、柴原と高校の生徒会室で、あの有名なネ〇湖の〇ッシーが、存在するのか、しないのかで、言い争いになった時に、生徒会長から、
「末恐ろしいね、あんたたち」
って、言われたな。
だって、柴原は、絶対にいないって、俺が過去の目撃論を、口にしていったら、ことごとく論破してきて、最終的には、
「そもそも恐竜は爬虫類でしょ?ネス〇の周辺には、そんな恐竜が産卵できるような場所は、ないわよ」
って、結論付けたけど、
「魚竜は、胎生じゃないか!」
って、俺の言葉は、
「そもそも首長竜と魚竜じゃ、形がちがう」
って一刀両断されたんだよな。
キレイな瞳で、じっと、俺を見上げている明日菜は、みんなの人気者で、水族館の人気者っていえば、あれだよな?
「そういえば、明日菜ってさあ。イルカみたいに人気あるけど、イルカは、魚竜に似ているだろ?ネ〇シーって、いると思うか」
納得いかなくて、腕の中にいる超人気女優にきいてみたら、
「・・・私、次は、恐竜に負けるの?」
って、泣きそうな顔をされた。
あれ?
俺、なんかいま間違えた?
「あれ?」
「どれ?」
「それ?」
「・・・さすがに、もうやめようか?0時過ぎの真夜中だよ?春馬くん」
「・・・ですよ、ね?」
「ね?」
あきれたように、優しく明日菜が、みあげてきて、
ー俺の彼女、マジ可愛いんですけど⁈
って、思うくせに、俺は相変わらずで。
「ねこ?」
「こま?」
「まくら?」
「らくだ?」
「・・・抱いて、ほしいな?春馬くん」
「・・・そうきたか」
明日菜の黒いきれいな瞳に、情けない泣きそうな俺が、映ってる。
なんか、マジで泣きそう。
ほんとに、チキンすぎないか?俺。
そう思ってたら、明日菜はクスクス笑って、するりとさっきのように、俺から逃げ出した。
そして、一歩下がると、
「ここで、優しい春馬くんの彼女からの提案です?」
と人差し指を一本たてて、俺に見せてくる。
「彼女?」
「黙ってきこうね?春馬くん」
明日菜が笑顔で、ちょっと声音を低くする。
「はいっ!」
反射的に、ビシっと背筋が伸びるのが、俺。
「・・・ほんとに、なんで、こういう時は、体育会系になるのかな?」
「柴原の教育のたまもの?」
「さっきの恐竜も真央がらみ?」
「・・・明日菜、一度超能力のテスト、うけないか?」
「・・・うけないし、そもそもやってないでしょ?」
「ネットで診断やってるぞ?空ちゃんが、めちゃくちゃはまってる」
「いっきに嬉しそうな顔に、なるのやめてよね」
ーなんで、私、お隣の7歳児にも負けてるの。
って、なんのこと?
明日菜は、今度は大きくため息を、はいた。
「まあ、春馬くん、だし?」
「ほっ?」
「・・・ほめてないからね?」
「・・・ねこ?」
「・・・それだと、また私は、さっきのセリフ言うよ?言われたくないなら、ちょっと、黙ってようね?春馬くん?」
まったく、なんで春馬くんは、こうなるのかなあって、ブツブツ言ってる。
「ふつうなら、私が言うのもなんだけど、さっきのセリフは、大喜びすると思うんだけど?」
それに、私だって、恥ずかしかったんだよ?
って、本当に恥ずかしそうに、明日菜が優しく、でも、すねたように唇を、とがらせる。
可愛いけど、やっぱり俺は、こういう明日菜もスクリーン越しに、みていたから、さ。
自分でも女々しいとは、おもうけどさ、
「ー悪い、明日菜。俺には、まだその勇気がもてない」
大切だから、傷つけたくない。
守りたくて、仕方ないんだ。
ー俺、からも。
つい下唇を、前歯で噛もうとしたら、それより早く明日菜が、うごいた。
ふわっと、明日菜の明日菜らしいやさしいシャンプーの香りがしたかと思うと、明日菜が俺の下唇の傷を癒すように、優しくキスをしてきたから、驚いた。
そのまま、明日菜が人差し指で、俺の唇に、傷にはふれないように、やさしく指をあてる。
「うん、ありがとう。春馬くんの気持ちを、正直に、言ってくれて」
優しい、キレイな瞳が、少し涙でうるんで、情けない俺をみあげる。
「春馬くんが、ずっと、我慢してくれたんだから、私だって、我慢するよ?だけど、もう下唇を傷つけるのは、ダメだよ?噛みそうになったら、私がいまみたいに、キスするからね?」
「ご褒美的な?」
「ご褒美に、なりそう?」
「…わかんねー」
「素直な春馬くんも、大好きだよ?」
そういうと、こんどは俺の首に両手をまわして、明日菜がやさしく唇をふれあうだけのキスをしてきた。
ー村上春馬。22歳。
13歳の修学旅行で、学校イチの美少女、神城明日菜がスカウトされたら、
「彼氏がいても、いいのなら?」
って、指をさされて、強制彼氏になって、そのまま遠恋で、10年目。
いまでは、人気女優になった神城明日菜。
ーの、彼氏だけど、
俺の夏は、13歳で明日菜が東京に行ってしまった時から、とまっていたらしい。
そんな、俺を、大切な明日菜がまっていてくれるなら。
ーいつかイケメン先輩や一尉のように、本当の意味で、明日菜を幸せにできる男になりたい。
明日菜をふるえる腕で抱きしめながら、つよくそうおもった。