春馬 ラッシー
「ただいま、ラッシー」
俺がリードを手にしていうと、ラッシーは、いつものように、
ーわふっ!
と吠えた。尻尾をブンブンふりながら、頭を撫でろと鼻をこすりつけてくる。
とりあえず頭をなでながら、
「ブラッシングは、散歩の後でな?」
汚れるし。リードをつけると、グイグイ引っ張ってく。小さな頃はされるがまま引っ張られていたけど、いまは、さすがに、コントロールする。
この間のクロックスはべつだけど。
ー間に合ったのかな?
また神城の顔が頭をかすめる、少し不安そうな顔が。ラッシーと走っていける距離じゃないよな?
ー東京。
自転車なら、いつかはつくだろうけど。いや、歩いてでも、いつかはつくだろうけど。
ーきっと、間に合わない。
あの真冬の屋上に間にあえたのは、柴原のおかげだし。
ー魔に会えたの、か?
いや、魔がさしたのか?
だよなあ。
あいうえお作文やってたら、親父ギャグしか思いつかなくね?
じいまちゃんもたまに、ダジャレ言ってたけど、神城との会話に、
ーあいうえお作文。
あれ、親父ギャグ炸裂じゃね?
神城の父親って、親父ギャグだらけなのか?だから、あのあいうえお作文で、なんとかなるのか?
ーいや、絶対に、あいうえお作文はやんないよな?
変なやつだよなあ?
神城明日菜。
「なあ?ラッシー?おまえに、へんな飴くれた異世界代表を覚えてるか?」
リード分、前を歩くラッシーに呼びかけてみるけど、ラッシーは、無視して草のにおいをかいでる。
そういえば、じぃちゃんと散歩してたら、よく笹舟や草笛を作ったり、ふいたりしてくれた。
なんにもない散歩みちが、宝島みたいになった。たくさんの遊びのなかには、爆発系もあったから、
異世界人が大爆発してたな?じぃちゃんは、こってりカラカラの雑巾になるまで、しぼられていた、らしい。
ー親父に。
「息子がひどいんじゃ、春馬」
「息子の息子に何吹きこんでんだ?竹を焚き火したらどうなるかわかるだろ!」
ちなみに弾ける場合がある、わりと注意だ。
竹とんぼや竹馬なんかをじぃちゃんは、作ってくれた。たくさんの遊びをしながら、夕方に遠くに見える山の間に太陽が沈む頃、
ーほら、春馬、ゼロが始まるよ?
ーどうして?太陽が沈むなら、終わりじゃないの?
ー夜の星が輝くよ?たくさん星座が星空に神話をえがいていく、始まりのゼロだよ?
たくさんの神話は、昔からあるんだ。
ーかつては日本からも南十字星が見えたとかなんたら、言ってたような?
って首を傾げていたじいちゃんは、少し切なそうな、痛みと優しい目をしていたから、
ーああ、ばあちゃんの言葉?だったけど。
いまごろ、もし、あの世とかあるなら、ばあちゃんと、あってるのかな?
「逢えるといいよな?」
死ぬ瞬間まで、あいたい、ただそれだけを願ってた人たちと、
ー逢えただろうか?
まあ、俺には、そんなふうに逢いたいと思える相手がいないけど。
じいちゃんとは、まだ逢いたくない。まだラッシーといたいし、ラッシー目の前にいるし?
ー神城は、東京にいくし?
「…東京だってさ?ラッシー」
南九州の片田舎から、みたら、ものすごい大都会だよなあ。
たまにテレビに映される夜空いっぱいに見える夜景に、唖然とする。
昼間より迫力がますのは、あかるいからか?カラフルだからか?
ー星が見えないからか?
えっ?見えないのか?
「だいじょうぶかな?神城」
短気だけど、家族仲はよさげだし?環境ちがくね?
ーけど、あの真冬の屋上が真夏になったら、アウトだぞ?
ヒヤリってする。
「そうだよ?これで、いいんだ」
俺は前歯で下唇を噛む。血の味がしたけど、痛いけど、
…こうするしかない。
だって、俺はただのガキだから。
ぎゅっとラッシーのリードをにぎりしめた。
あんな神城は、もう見たくない。
なら、手を放すしか、ないだろう?
俺に守れないなら、
ーたくすよ?
私なら守れる!
そう言ったあの人に、大人に、ただ守ってくれるなら、神城が笑ってくれるなら、
ーどこにいてもいいはず、だ。
って思うけど、血の味がしたんだ。