帰り 家路 春馬
神城の家から、見えない近くの曲がり角で、俺は神城とわかれた。
チラッとみえた大きなバックを持った神城は、バックがやっぱり重いのか、家が近づくにつれて、歩くスピードが少しずつゆっくりになってた。
ーバックそんなに重いのか?大丈夫か?
って、思ったけど、俺ににできることは、
ーなにもない。
自分でもつし、家族には見られたくない、そう神城は言った。
華奢にみえて、俺や柴原より何倍もしっかりしてる。
ー神城は、つよいよな?
ほんとうに、さ?よくやるよな?
ほんとうに、さ?
…なんにか、神城が悪いことしたのか?
わらないから、さ?
おれには、わからないから、さ?
こうやって、ナガレタゴカエルしてくよ?夏までは冬眠しないし?
そういえば、俺のきらいなウシ様は、どこに冬眠してるんだ?
…冬眠するよな?
初夏の陽射しでも、南九州の片田舎はとても強い。
これからさき、あとどれくらい神城をこうやって見送るかわからないけど(きょうでおわるかもしれないし?)、陽射しは、どんどん強くなっていくだろう。
そういえば、太陽の作り方?でき方?めちゃくちゃ不思議で、
…不思議だった。
ー春馬、これから先の未来は、誰にもわからないよ?きっといろんなことが増えて、進化してく。なくなっちゃうモノもきっとたくさんあるけど、
ふるいミザールの映し出す世界は、宇宙でなくてもいい。
経年劣化した架台でわずかな振動で、ズレる視界に四苦八苦しながら、けど、やっぱりのぞむ、黒に、その月とのコントラストに、だけど、ふとした昼間の山の木々がおりなすみどりに、毎回、息をのんでしまうんだ。
あの不思議な丸い視界にあふれ光に、ただ、息をのむんだ。
ガリレオ形式なのか、ケブラー方式なのか、よくわからないチップスタ◯の手作り望遠鏡をのぞきながら、肉眼では見えない世界に、やっぱり息をのむ。
俺のスマホは、兄貴みたいに、こだわりもなく、ただラッシーが数枚いるけど、
ーべんり。だけど、やっぱり、違うんだ、なんか。
じいちゃんが生きてる時に、スマホを手にしていたら、じいちゃんは、どんな動画を撮ってだんだろ?
仮とはいえ、
ー俺に彼女ができた。
…どんな反応をしたのかな?
なくした痛みを知るじいちゃんが、また誰かを愛することはないと思ってた、って俺の頭をなでながら、じいちゃんはいつか言ってた。
ー愛のカタチはかわるんだろな?でも、じいちゃんは、辛くても生きてきたから、いま春馬や竜生にあえる。
そう笑いながら、
ーいやだ!そんなもんに、しばられたくない!
携帯を、不携帯していたじいちゃんの待ち受け画面は、ただの時計。
待ち受け画面だけが、
ー時を刻んでく。
ずーっと、時を刻んでく。
不思議な時間に、陽射しに、日本にはある四季に、
ーウシガエルは、冬眠したかな?
夏の夜にぴょんぴょんはねるやつ。
夏の風物詩といえば、
ー山ミミズ。
おしっこかけたら、ちん◯ん腫れるから、だめだぞ?
ってじいちゃんが言ってた、でかい灰色のミミズが、雨の日の山道によくうじゃうじゃいて、
ーカマキリのハリガネムシみたいなうごき。
たしかに世界は、たくさん、
ーへんな生き物に、満ちてる。
神城が玄関の窓に立ってためらうように、俺の方を振り返ったけど、なぜか、俺は分かれ道の家の壁に隠れていた。
わずかな間のあとで、
「ーただいま」
って声がして、もう一度、神城の家をみたら、もうそこに神城の姿は、なかった。
当たり前になかった。
ー振り返ってたよな?
そのまま立ってたら、なんか違うのか?
また、つい、前歯で下唇を咬んでしまう。
「…痛っ」
血の味が口にひろがる。小さな頃に転んで口の中を切ったときは、砂利の味だけど。
ーはっきり、血の味がする。
くせになる前にやめろよ?
って、黄原の言葉が頭にうかんだ。クセになるとなかなかやめられない。
ーわかってるさ。
そう、わかってる。
だけど、なんだか、
ーくやしいんだ。
だって、振り返った神城に、なんて言葉をかけたらいい?だって、どう考えても、
ー今年の夏は暑い。
南九州の太陽はほんとうに、さ?
ーあつい、んだ。
俺はぎゅっと拳をにぎりしめていた。




