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最終話 彼女と彼氏のラストシーン。


ーせっかく春馬くんが、名前を、呼んでくれたのに。


あんなに、私の名前を、呼んでほしかったのに。


「あすー」


春馬くんが、私の名前を、13歳の時とは違う、もうはっきりと大人になった声で、


ー名前を、よんでくれて、いたのに、


私の目から、こぼれ落ちた涙が、


ー春馬くんの言葉を、とめてしまう。


あんなに、泣いちゃダメだって、思ってたのに。


ー私に、泣く資格なんてないって、思ってたのに。


東京に上京したての頃みたいに、


ー涙が、こぼれる。


春馬くんは、言葉をとめて、私をただ静かに見つめていた。


東京都と九州の片田舎の遠距離恋愛を始めた夜に、はじめて、スマホの画面ごしに、私の名前を呼んでくれた時のように。


静かなまなざしで、私を春馬くんが、見つめてる。


ー見守って、くれている。


私の名前は、明日菜。


お兄ちゃんが、陽太。


お姉ちゃんが、朝陽。


九州の片田舎には、菜の花の名所があって、よく小学生のお兄ちゃんと、まだ歩くのもおぼつかないお姉ちゃんを、連れて.散歩していたお母さんに、


「もし今度、赤ちゃんがまたできたら、いっしょに、みんなで、ここで遊びたいね」


って、お兄ちゃんが、言った。


お母さんは、お姉ちゃんを生んだあとに一度、初期流産を経験していて、初期だったから、心拍確認もできないまま、空にかえってしまった赤ちゃん。


「不思議よねー。もう二度とあんな体験したくなかったから、三人目とか考えてなかったのに。陽太の発言のあと、すぐに妊娠できたのよ」


そう言って、いつも優しく笑うお母さんは、やっぱり、お兄ちゃんやお姉ちゃんとおなじ栗色の髪をしていて、私には、あまり似ていない。


でも、私は、その話がとても好きで、いつだって、お母さんに、自分の名前のことをきいていた。


「陽太と朝陽と一緒に、明日も元気に、毎年、ずっと菜の花が見られますように。太陽のように輝く、私の大事な陽太と朝陽が、優しく明日菜を、守ってくれるように」


ーあなたの名前は、明日菜だよ。


そう優しく私の頭を撫ででくれたお母さんは、


「それにね。菜の花の花言葉は、「明るい」や「快活な愛」って意味があるのよ?いつか明日菜に。そういう楽しくて幸せな恋をしてほしいって、思ったの」


どんなに、お母さんが明日菜のことを守りたくても、守れない時がくるんだよ?いつかは、明日菜とお別れしないといけないのよ?


そう続いた言葉に、私は泣きだしちゃったことを覚えている。


ーでもね、お母さん。


いまなら、わかるよ?


親子だからって、ずっと一緒に、いられるわけじゃないってことも。


兄妹だからって、いつも一緒に、いられるわけじゃないってことも。


お母さんがどんなに、私を愛してくれていも、お母さんだけじゃ、守ることに、限界があることも、わかってるよ?


お兄ちゃんやお姉ちゃんが、どんなに、私のことを思ってくれていても、13歳で私は、大好きな家族のもとを離れて、東京にやってきた。


きっかけを作ってくれたのは、春馬くんだったけど、


ー決めたのは私。


反対した両親を、一緒に説得してくれたのは、いつも優しいお姉ちゃん。


「私は、いまの明日菜を守ってあげられてないから」


そう言って、寂しそうに、笑ったお姉ちゃん。


でもお姉ちゃんが、私を守ろうとしてくれたから、私は演劇部に、入部したんだよ?


お姉ちゃんが、お姉ちゃんの親友と一緒に、私を守ろうと、一生懸命に、頑張ってくれたことを、私はちゃんと、しってるよ。


ーでも、お姉ちゃんが、中学校を卒業したら、部活でも私は浮く存在に、なっちゃったんだ。


代わりに、私を守ってくれたのは、春馬くんで、


私をよくわからない、あの奇妙なやりとりで、苛立たせるのも春馬くんで、


でもね。


ー知ってる?お母さん。


誰も知らない寮で。


みたこともない大都会で。


空を見上げても、ビルに隠れて、夜空かみえない場所で、


不安で、寂しくてしかたなった私を、はじめて春馬くんが、名前で呼んでくれたんだよ?


「大丈夫だよ、明日菜。ちゃんとおなじ空の下にいるんだから。私やみんなも見守っているよ」


そう笑っていたお姉ちゃんの言葉も、


「だって、東京じゃ、見上げても、ビルでみえないよ」


って泣いた私に、春馬くんがいまのように、静かな、でもとても優しい目で、私をみて言ったんだよ?


「明日は元気いっぱいに、色々な競争に勝って、財産に恵まれて、そして、いつかは、小さな幸せを手に入れる。明日菜って、いい名前だよな」


いつものあのへんなやりとりなしに、春馬くんが、つつみこむように、やさしく言ってくれたから、私は、もっと、泣いちゃったんだ。


「競争に勝って、財産を手にいれるって言葉が、明日菜らしいけど」


ーって、妙に感心されたから、


涙は、すぐに、ひっこんでしまったけど。


私の負けず嫌いは、名前からきているのかな?


「どうして花言葉に、そんなにくわしいの?」


って、きいたら、


「なんであんなに、アブラムシが、菜の花を好きなのかなあって、思って調べてみた」


ーやっぱり、春馬くんは、春馬くん、だったけど。


でも、私は、泣き止んでしまった。


だって、そのまま、


「菜の花って、害虫に狙われやすいのも、明日菜に似てるよな?知ってる?アブラムシだけじゃなくて、アオムシやヨウドムシとかにも、人気なんだぜ?」


もてもてだよなあって、頷いてたけど、


ーべつに私は、虫にモテたくないよ?


「しかも、あのカメムシ様にも、大人気だしなあ。ほんとうに、モテモテだな?」


カメムシって、トイレによくいるあの虫だよね?!


「ちなみに刺激すると、例の匂いをだすから、殺虫剤は、絶対にNGだぞ?やさしくティッシュやチラシなんかで、とって、外に逃がすことを、おすすめする」


ーそもそも、触れる気が、しないんですけど⁈


春馬くんから、はじめて東京の寮に贈られてきたプレゼントは、凍らすタイプの殺虫剤で、春馬くんのプレゼントは、最初から寮名物になっているんだけど。


しかも、トイレって、さっきまで、春馬くんが籠城してた場所だし。


ートイレと春馬くんって、本当に、妙に気があうんだね・・・。


なんか魚や虫やタコだけでなく、トイレにも負けた気がするから、やめてほしい。


だいたい、私、いま、けっこういいことを、思い出してなかった?


私、一応、国民的な人気がある女優のはずなんだけど?


ーなんか色々なものに、負けている、気がする。


しかも、実際に、さっきのトイレのあのシチュエーションは、なんなの?


彼氏に、トイレに籠城される、国民的人気女優のはずの私、


ー神城明日菜。


そんな私と、遠恋10年目の彼。


私の世界で、一番大切な、


ー村上春馬くん。


は、いま、


泣きやんだ私の前で、微妙な顔で、考え込んでる。


たぶん、トイレの出来事を、おもいだしたんだろうなあって、わかる。


ーわかっちゃうんだよ?


私が思わずクスッと笑うのと、春馬くんが顔をしかめたタイミングは、同じだった。


私は、嬉しくて、クスクス笑いながら、涙をぬぐう。


ほら、ね?


お母さん。


ー私は、大丈夫だよ?


私はお母さんが願ってくれたように、いつも「笑える恋」をしているよ?


・・・笑いの種類が、ちょっと特殊だと思うけど。


私はくすくす笑いながら、苦い顔の春馬くんを、みあげる。


「トイレのドアをみる度に、思い出しちゃいそう。こんど番宣とかで、トーク番組にでることがあったら、話そうかな?」


ー私の大好きな春馬くんは、こんな素敵な人だよ?って。


春馬くんが、すごく嫌そうな顔になる。


「-鬼かよ」


ー私にそんなこと言うのは、春馬くんだけ、だよ?


「春馬くんの可愛いい恋人です」


ーって、わりと真面目に、言ったのに、


「えっ?」


もう、やっぱり、


「えっ?」


「へっ?」


このやりとりも、


「へっ?」


もう、なれちゃったよ?


「んんっ?」


だから、わかっちゃうんだよ?


「ー絶対、カ行もタ行も、言わないからね?」


だいいち、私にそんな言葉を言わせようとするのは、春馬くんだけで、


「なんで、わかったんだ?」


怪訝そうな顔をするけど、


ーそんなの、当たり前だよ?


「春馬くんだし」


13歳の修学旅行の二日目から、


「そんなもんか?」


ー私は、ずっと、みてきたんだよ?


「そりゃあ。そうだよ。もう10年もつきあって、いるんだよ?」


2分の1成人式を、むかえちゃうんだよ?


あれ?成人が18歳になったら、9歳なのかなあ?


小学校3年生と4年生だと、ちょっと違うようで、だいぶ違う気もするけど。


春馬くんが、私をみる。


「それも、そうか」


「うん」


ーそっか。


春馬くんが素直に頷いて、私をじっと、見てきた。


ーめずらしく素直だね?


いつも、素直でいてくれたら、いいのになあ。


春馬くんの少しだけ茶色がかった瞳に、私が映っている。


ーいつだって、私は、それだけで、泣きたくなるくらい嬉しいんだよ?


春馬くんが、私をじっと見つめて、見下ろしてくる。


あの13歳の夏の日よりも、ずっと背が高くなった春馬くん。


162センチの私。


176センチの春馬くん。


理想の15センチ差には、あと1センチたりない私達だけど、


あの冬の屋上みたいに、私が寒さに凍えて、身を縮まらせたら、


ー春馬くんが、すぐに見つけてくれるんだよね?


ほら、こんなふうに。


春馬くんが両手をのばして、力強く私を抱きしめてくれる。


ーやっと、春馬くんから、私にふれてくれる。


私を抱きしめる腕は、かすかに震えていて。


いつも前歯で下唇を噛みしめて、血がにじむ唇を、舌でなめとってくれていた春馬くんの傷を、私に見せてくれるように、


ーとても力強く、抱きしめられた。


「ー痛いよ?春馬くん」


10年間、春馬くんが我慢してくれていた想いを伝えるように、痛みをかんじるくらい強い抱擁に、


「いや?」


問いかける瞳が、優しくて、でも切なくて、


「いや?」


私と春馬くんの視線がかみあう。


遠距離恋愛で10年目。


コロナで2年会えなくて。


名目上、恋愛禁止の事務所から、ふたりきりで会うのは、厳しく禁止されていたから。


私が寮でるタイミングで、コロナが流行ってしまったから。


私達が、直に、二人きりになるのは、


ー13歳の夏の夕暮れの公園以来で。


ファーストキスは、私から。


土の匂いがつよく残る田舎のグランドで、


まだ、ほとんど背がかわらなかった春馬くんとしたファーストキス。


ームカデと一緒に残った記憶。


私は、思わず眉をひそめた。


春馬くんのことは大好きだし、これからも春馬くんだけ、しかいらないけど。


ーたまには、私のお願いを、素直にきいてほしいんだよ?


そんな思いをこめて、私は口をひらく。


「ねぇ、春馬くん。春馬くんが、春馬くん、だってことは、私が一番よくわかっているんだけど、無理なお願いを、ひとつだけしてもいい?」


一瞬、また擬音が返ってくるかと身構えたけど、さすがに、このシチュエーションでは、春馬くんも控えてくれて、


「ー俺にできることなら?」


と真面目な顔で、私をみてくれる。


だから素直に、私はお願いしてみた。


「ー春馬くんからのファーストキスくらいは、ロマンティックに決めてほしい」


私がじっと上目遣いをするだけで、絵になるシーンなんだけど、


「ごめん、俺には、ムリ」


「ーだよね。春馬くんだし」


私は、こういう彼だから、大好きなんだし。


自分でもあきれちゃうくらい、春馬くんに、どっぷりはまってるし、


ちょっと、いや、かなり重症かもしれないなあ。


遠距離恋愛10年目。


いまでは国民的人気の私、神城明日菜。


13歳の時から私の一番大切な、ふつうのサラリーマンの、村上春馬くん。


私たちの第一章は、ここがきっとラストシーンだけど、


ーたぶん、春馬くんは、これからも、私の斜め上をいくんだろうけど。


私はそういう春馬くんだから、一緒にいたい。


言いたい想いをぜんぶうけとめて、いつかは春馬くんの下唇の傷が治ったら、


その時は本当に、


ー最高のラストシーンを、用意してね?春馬くん。


なんども他の人としたキスシーンだけど、


私は、はじめて感じる気恥ずかさをこらえて、そっと瞳をとじた。




第二章 完結です。


皆様のおかげでようやく一段落まで書けました。ここまで読んで面白いと思っていただけましたら評価とか頂けると嬉しいです


※3章からは、実際に誰にでも起きるリアルなシリアスに入ります。繊細な方、ノンフィクションが苦手な方は、避けてください。辛い気持ちにさせるために書いた話ではありません。


一人の母として、深い悔恨とこの時期を乗り越えていく子供達に希望を託し実話を元に書いてます。


5月8日には終わらせます。

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