家 明日菜
ーどうしよう。
見慣れた自宅の玄関で、私は鍵を取り出して、開けるか一瞬迷った。
だって、家族はきっと反対しない。スカウトの話が決まる。そうなったら、きっと、
ー私は東京にいく。
いろんなことが変わる。チラッと別れた場所を見ると、村上くんは、
ーいなかった。
なんかいないのも、村上くんらしい。私はついクスッて笑って
しまう。
村上らしいと思うほど、まだ村上くんを知らないけど、私は笑ってた。
笑えたから、リラックスして、
ーそうだよね?私の家だよ?
知らないうちに鍵を持つ手が汗でひんやりしていたけど、ひとつゆっくり息を吐き出した。
ーだいじょぶだよね?
「ただいまー」
そう言いながら、私は玄関をあける。
「おかえり!明日菜ちゃん」
溌剌とした笑顔で、
ー加納さんがいた。
私は予想外のことに、唖然としてしまう。
「おかえりなさい。明日菜」
「おかえり」
お母さんとお父さんも、顔を見せたけど、私はつい、反射的にキョロキョロと探してしまう。
「お姉ちゃんは?」
「朝陽がいたら、話にならん」
「知らせてないわ」
お父さんが渋い顔して、お母さんも困ったように笑った。
ー話にならない。
のは、わかる。私は唖然としながら、笑顔の加納さんをみた。
「こんにちは」
…昨日あったし、お久しぶりは、ちがうよね?
むしろ、
「はやいですね、行動」
「私は本気だからね」
ーどこかできいたセリフ。
告白された時に何人からか、言われた。
ー断ってもしつこく言われたことがある。
ついでに、
ー他にすきなヤツいるの?
…関係あるの?
お姉ちゃんは、自分の心を守るために必要な考えかただよ?明日菜。
って言ってた。
自分のプライドを守ってくれる。自分自身を納得させやすいし、周囲に説明しやすい。
ーふられ方。
らしい。
ね?
でも、お姉ちゃん?
ーきっと、この人は関係ない。
目をキラキラ通り越して、爛々と光ってる。
田んぼの中にはいないよね?
お父さんとお母さんには、わかるいけど、私はいまお姉ちゃんにそばにいてほしい。
「ああ、そういえば、明日菜」
リビングに促されついていく途中で、お母さんが私を真面目な顔でみつめる。
ーもしかして、加納さんから、村上くんの話をきいた?それとも、さっきまで一緒にいたのを、見られちゃった?
内心、焦っていたら、お母さんは小声で、
「修学旅行のお土産、お菓子買ってる?」
「えっ?…って、ただの、えっ?だよ?」
つい口にして、
「ー風邪ひいたの?」
お母さんが心配そうに私をみる。あたりまえだけど、
ーあの変な言葉遊びは、彼だけ。
村上春馬くんだけ。
村上くんもお菓子買ってたよね?私は少し笑って、首をふる。
「だいじょぶだよ?お母さん。お菓子も買ってるよ?」
「よかった。でも修学旅行で疲れたでしょう?」
「ならどうして、加納さんと今日あったの?」
「だって、昨日の後日が、今日、なんて思わなかったのよ?あわててお父さん帰ってきたんだから」
「断ったらいいのに」
「だから朝陽がいないうちに話をきくつもりだったの。友達と帰ってくるなら、もう少し明日菜が遅くなるって思ったんだけど、はやかったのね?」
「うん、寄り道しないで帰ったから」
…私は、だけど。村上くんはいつもより、時間がかかったはず。
どうやら、加納さんは村上くんのことを両親に言う気はないらしい。
ー言ってなんか変化あるとも思えないし。
お母さんにお土産のお菓子を渡して、リビングのソファーに座る。
加納さんが私の隣に座って、ニッコリ笑った。
「元気?」
「はい」
「お友達は?」
「マイペースです」
真央も村上くんもマイペースとしか言えないし、加納さんが言ってるのが、村上くんだって事くらいわかる。
ーし、
お友達って思ってるんだよね?
あんなあいうえお作文しながら、帰るのが中学生の友人なのかな。
ー言葉にリズムをつけて、たしかに、遊ぶけど。
…なんか違う気も?
リズムがないだけな気も?
「これは純粋な好奇心なんだけど、あなたたちって、どんな会話してるの?」
「ナガレタゴカエルや犬?」
「あら?柴原さんて、動物好きなのね?」
お母さんがニコニコする。
ー好きなのかな?こんど、きいてみよう。
これから先、少しずつ真央をしっていくだろうけど、
ー村上くんを知る時間は、あるのかな?
って、加納さんを見て思ってた。