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第12話 彼女と彼氏と親友と。


ー知らなかったんだよ?、ほんとうに。


春馬くんと、一瞬、だけ、ふれあった舌先が、まるで焼けるように、あつくて、痛い。


ーこんなキスは、知らない。


ううん、だって、私は、誰のキスも、しらない。


演技が終わったら、カットの声が、かかれば、私はいつだって、


ー春馬くんだけ、の、ヒロインにもどっていたから。


こんなふうに、キスシーンが終わってから、キスした相手の顔が、恥ずかしくて、見れなくなるなんて、初めての経験なんだよ?


―相手が、春馬くんだから。


私は、自分の耳が、熱を持っているのを、自覚して、なによりも、恥ずかしくて、驚いたように、私をみつめる春馬くんから、目をそらした。


「もう!純子さんのいう通りに、なっちゃったじゃない。目は覚めた?春馬くん」


ふてくされたような、小さな声は、春馬くんに対するはじめての演技。


だって、そうでもしないと、春馬くんに恋する神城明日菜を、演じないと、


ーきっと、いますぐ、泣き出してしまう。


声がふるえて、言葉が、でてこなくなる。


そんな予感が、あった。


それなのに、春馬くんの方は、冷静で、いつもの春馬くんの表情で、首をかしげる。


「覚めたけど、もういっかいは?」


ふだん通りの春馬くんの声なのに、


「いまは無理だよ。ー心臓がもたない」


私は、涙がにじみそうになるから、ごまかすように、春馬くんの胸に、コツンと額をよせた。


少しのお酒の匂いと、まだお風呂に、はいっていないから、汗のにおいが、春馬くんからする。


13歳の夏休みに、はじめて、間近に感じた春馬くんの匂い。


13歳の修学旅行で、はじめて、であった私と春馬くん。


13歳のあの日から、ずっと、私は春馬くんだけを、見続けてきた。


ーいろんな虫と一緒に。


って、なんで虫まで、おもいだすんだろう?


しかも、ムカデとか蟻とか・・・。


おなじ虫でも、オーストラリアにいるトラツリアブなら、可愛いって、私も思えるのに。


あっ、でもあの虫って、かわいい見た目に反して、かなりキツい生態だったような?


春馬くんが夢中で説明してくれたなかで、唯一、私でも可愛いとおもえた見た目をしていたけど。


バッタの卵鞘に、卵を寄生させるってきいて、ドン引きしたのを、よく覚えている。


たしかあれも、13歳の夏で・・・。


ー13歳の私って、よく春馬くんに、恋をしたなあ。


しかも、無駄に知識が多くなったから、たまに、昆虫番組のゲストの依頼がくることもあるらしい。


私が虫嫌いなことをしっているマネージャーが、イメージじゃないからって、断ってくれているけど、ファンの間で私は、なぜか、虫マニアで、しられている。


よくファンの人や共演者から、ガチャガチャの妙にリアルな昆虫のフィギュアを、プレゼントされたりもする。


気持ちは、うれしいけれど、気持ち悪いものは、気持ち悪い。


虫好きな後輩たちが嬉々として、寮のあちこちに飾ってるから、寮母さんや私は、悲鳴をあげることがある。


ー後輩たちは、寮母さんから、叱られた。


ついでに、私も。


たしかに、ファンからのプレゼントを後輩に渡したのは、私が悪いけど。


まさか、寮のあちこちに、飾るなんて、思わなかった。


ー後輩たちは、女の子だし。もう高校生だし。


いや、だからかなあ?


ある意味、いちばん、好奇心旺盛な年齢だし、義務教育からはなれて、羽ばしなのかなあ?


いちばんの原因は、苦手な虫を、笑顔でうけとれる私なんだと思うけど、


ーやっぱり、虫は、好きになれないんだけど。


って、もう、こんな時でも、春馬くんは、春馬くんだ。


私を呆れさせて、でも、涙をとめてくれる。


うれしくて、私は無意識に、少しあまえた声できいていた。


「びっくりした?」


ー私も、びっくりしたけど。


「ああ、すげー驚いた。尺サイズのアコウが、釣れたときみたい」


「ーほかに、たとえがないの?」


なんで、感想が、いつも虫や魚なの?


なんか私が魚や虫に、負けてる気分になるんだけど?


ーわりと本気で、そう思っちゃうから、やめてほしい。


そう思ってたら、


「タコ釣りで、ヒョウモンダコ釣れた時のドキドキ感」


ー軟体動物にも、負けた。


「タコ?」


「マダコ亜目、マダコ科 ヒョウモンダコ属に属する4種類のタコの総称。すげー猛毒のタコ。ちょっと前までは、日本にいなかったんだけど、福岡でもつれるようになった。斑点があるから、見た目でわかるけど、絶対触るなよ?オーストラリアで、人の死亡例もあるらしいから」


いつもの、春馬くんのナゾ知識が、耳にはいってくる。


「私は、釣りにいかないから、大丈夫です。でも、すごく詳しいね?」


そんな猛毒のタコって、あんまり想像できないけど。


「嫌な予感がしたから、珍しくスマホをつかってみた」


まるで、すごいだろって、自慢そうに、胸をはるけど、ちっょと、待って⁈


「えっ?本当に、そのタコを、つったの?」


私は慌てて、春馬くんを見上げた。


いまさっき、オーストラリアで、死亡例もあるって言ったよね?


ー私と萌をのこして、いってしまった。


純子さんの言葉が、私の頭に、ううん、心によみがえる。


だって、私には、萌ちゃんが、いない。


春馬くんが、いななくなったら、なんにも私には、残されない。


思い出だけなんて、嫌だ!


でも、春馬くんは、私がなにを気にしているのか、わかってない、みたいで、


「釣ったから、調べたんだ。毒のある魚って、わりとよく釣れるからな。見たことがない魚が釣れたら、触らないことに、しているんだ」


褒めて褒めてって、子供みたいに、無邪気な顔で笑ってるから、


「ーそうなんだ」


そう返すしか、ないじゃない?


だって、私は、いつも春馬くんに、我慢をしてもらってる立場なんだから。


春馬くんが、夢中になっているものを、とりあげる権利なんてない。


「まあ、釣りはたのしいけど、運転と同じで、いつも危険と隣り合わせだからな。危険認識は、絶対に必要だよ。ライフジャケットは、絶対じゃないし」


言ってる内容とは、反対に、とても楽しそうな顔。


今朝、福岡空港から海まで、はじめて運転している春馬くんをみた。


日差しがまぶしいと危ないからって、理由でかけていたサングラスの目は、ずっと真剣にまっすぐに、でもチラチラとサイドミラーやルームミラーや、私を通り越して、助手席の窓をみていた。


運転に集中する春馬くんは、かっこよかったけど、私を見てもらいたくて、ギアにのっている左手に、手を重ねたら、怒られたけど。


それくらい、春馬くんは慎重で、まじめで、車は、時として簡単に人を殺せる凶器になるとわかっている人で、釣りだって、気をつけているに違いなけど、


ーそういう春馬くんだから、大好きなんだけど、


「それ以上言われると、運転も釣りも、禁止したくなるから」


私は春馬くんの口を、自分の唇でふさぐ。


さっきとは違って、ふれあうだけのキスは、でも、はなれたくなくて、少しながくなった。


春馬くんが、不思議そうに、首をかしげる。


「やけに、あまえてくるなあ?俺が泣いたせいなら、無理しなくていいよ?」


ー私からのキスを、そんなふうに断るのは、春馬くんだけで。


ファーストキスをした唇を、汚れたユニフォームでゴシゴシぬぐったのも、春馬くんだけで。


「無理なんて、してないよ?ただー」


「えっ?俺、そんなに、お金もってないよ?給料日前だから」


「そっちの無料(ただ)、じゃない!」


ーなんで毎回、そうなるの!?


ちっとも、私の切ない気持ちに、気づいてくれない春馬くんは、いつかの夜みたいに。


・・・修学旅行の二日目の夜に、星を指さした時みたいに、


「じゃあ、やっぱり、有料じゃん」


不思議に、澄んだ瞳で、私を静かに見つめて、笑った。


「なんでよ」


こういう春馬くんは、あまり知らない。


「いっつも、柴原に、明日菜の映画に、無理やり、つきあわせられるからー俺もちで」


「えっ?真央、そんなことまで、していたの?」


はじめて知る事実に、私は戸惑う。


現実(リアル)から、目をそらすなって、怒られる」」


春馬くんが下唇を前歯でかんで、小さく笑う。


とても、寂しそうに。


「ー私にとっては、春馬くんだけが、現実(リアル)なんだよ?」


だって、さっき、理解したまぎれもない私の現実(リアル)


「俺にとっちゃ、間違いようのない現実(リアル)だけどな」


ーだって、映画館の大スクリーンで、彼女が他の男とキスしてるんだぞ?


って、つぶやくように、あきらめたように、笑う。


ー春馬くんが、自嘲する。


「目をそらしたくても、柴原に尖がったヒールで、おもいっきり脛を、けりとばされるし」


ー毎回、痛くて、涙でるし。


って、寂しげに、でも下唇を、きゅっと前歯でかんで、


ー心と身体がボロボロになって、映画館をでたら、やっと明日菜の声がききたくなるんだ。


そう、つぶやくように言うと、春馬くんが嬉しそうに笑う。


私の声を、ききたくなるって、嬉しそうに、


ー春馬くんが、笑う。


わらって、そばに、いてくれている。


「もう真央ってば」


私はふたりの気持ちに、真央の行動に、なんともいえない切なさに、泣きたくなる。


私をおもってくれる大切な親友の、私の大切な彼氏に対する鬼のような行動と優しさに。


ー春馬くんが、私をあきらめないで、いてくれたことに。


泣きたくなるのを、必死でこらえた。


春馬くんが、肩をすくめる。


「まあ、いいやつだよな」


声が震えないように、私は願いながら、かえす。


ー泣いちゃ、だめだ。


だって、私に、いま、泣く資格は、ないから。


「そうだけど、浮気、ないよね?」


真央と春馬くんが、そんな関係にならないって、よくわかったくせに、やっぱり、私は嫉妬してしまう。


そうしたら、


「大丈夫だ。俺と柴原は、ふかい友情でむすばれている」


やっぱり、春馬くんは、春馬くんで、


「ーむしろ、心配になるんですけど⁈」


軽くにらむと、不思議そうに、首をかしげる。


彼女の前で、女友達をほめる彼氏って、少なくない?


ー真央は私の親友だけど、いまなんかNTRとか、私には、よくわかんない話が、ブームだし。


もっといえば、親友と彼氏の浮気とか、物語より、現実味があるし。


実際に、遠恋になった寮の後輩が、東京にきて、すぐ彼氏と別れた原因だし。


「じゃあ、白い糸」


「なんで、白?」


「紅白、だから?」


「もっと、深くなってない?」


「じゃあ、水色?」


ー春馬くんの好きな色だよね?!


「どうして、もっと深まるのよ?」


「えっ?好きな色だし」


そんなこと、真央よりも、私が、よく知ってるよ!


「もっと、ダメじゃん。なんなら、一番ダメ」


なんかほんとうに、泣きそうに、なってくる。


でも相変わらず春馬くんは、不思議そうに首をかしげて、つづけた。


「だって、柴原の旦那が、すきな色だぞ?子供も空って名付けるって、決めたみたいだぞ。性別に関係なくつけられるからって。空ちゃんって名前、多いんだな。先輩が俺の前で、口をすべらせたしーあっ、ヤバイ。明日菜には、心配させたくないから、安定期になったら伝えるって、約束だったな」


ーえっ?


春馬くんは、俺の育児スキルのみせどころなんて、うなずいているけど、


「ーえっ?真央?いつの間に?」


初耳なんですけど?!


「入社と同時に、俺の尊敬できるイケメン上司に一目ぼれして、けっこう力業だったぞ?先輩は、真面目な人だからいいけど。アレにこっそり、穴をあけたって、俺一生分の秘密を、先輩にもっちゃったんだよな」


「ー真央・・・。なんで行動が、純子さんなの?」


っていうか、やっぱり、私もそうしたほうがいいの?


ー自分からなんて、できる気がしないけど。


私は、ため息を軽くついた。


「大丈夫なひとなの?」


破天荒でも、真央は、私の一番大切な親友だから、幸せになってもらいたい。


でも、いままでの真央の恋愛相談を、散々されてきた私には、すごく心配なことでもある。


だって、中学校での初彼の赤木君を筆頭に、真央は、男を見る目が、あまりないと思っている。


それは春馬くんも同じみたいだったけど、春馬くんは、すごくうれしそうに笑った。


「大丈夫だよ。先輩は、赤木とは違う。どっちかっていうと、浮気される側」


「それも、ちょっとー」


「なんで?柴原って、絶対につきあってる時に浮気しないじゃん?俺との関係を疑うようなやつは、将来束縛されそうで嫌だって、片っ端から、きってくぐらい潔いし。先輩は柴原が中学卒業してから、初めて明日菜と親友だって、うちあけた男だし。30歳で素人童貞だし。それも社会人一年目で、無理やり営業先で、接待されたからだし。柴原が襲わなかったら、イケメンなのに、独身人生だったんじゃないか?」


真央もだけど、それ以上に、


「ーいろいろ心配に、なってきた。真央じゃなくて、春馬くんが」


「へっ?」


春馬くんは、驚いて目を瞬くけど。


正直言って、私はいまの春馬くんの「へっ?」に、つきあう余裕はない。


だって、その先輩と春馬くんって、すごく似てない?


しかも私は社会人では、あるけれど、芸能界という特殊な世界で、仕事をしている。


一般的な社会人が、どうなのか全然わからないんだから。


「春馬くんも、営業先で、そういうことあるの?」


「さあ?コロナだから、そういう飲み会も、リモートだしな」


「ーそう」


じゃあ、リモートじゃなくなったら、そういうことも、あるってこと?


心配になって、春馬くんを見つめると、そんな私に気が付いたのか、春馬くんが自信満々に口を開く。


「先輩から、いろいろとかわすテクニックを教えてもらったから、大丈夫だ。薬が入ると変わる色とか、同性愛者のたまるバーとか」


「あっ、そっちの、心配もあったんだ」


ーむしろ、不安がましたんですけど?!


でも、まあ、いっか。


私は自然と、微笑んでしまう。


ーほら。


ーね?


やっぱり私は、泣き出さずに、すむんだよ?


春馬くんらしいし、


「まあ、先輩が実体験から教えてくれた話だから、大丈夫だろう。柴原から忘れないように、全部ノートに、書き写しさせられたし」


やっぱり、真央は、よくわかって、くれている。


「ーさすが、真央」


「同感」


まったく、いい友人と巡りあえたなあと、つくづく思う。


私も、春馬くんも、


世話が焼けると、いつも、あきれさせちゃう、私の大切な、


ー真央も。


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