二日目 春馬 男子部屋
部屋に戻ると、赤木たちはいなかった。だから。俺は素直に思う。
ー俺もラッシーのところに戻っていい?
そういえば、ラッシーはともかく、昔はよく野良犬がいて、捨て犬がいて、犬を遠くに捨てても健気に戻ってくるから、なんか美談になり、また飼い主がかったとかあったような、ないような?
ーそもそも捨てる前提が変じゃね?
って話が親父が小さな頃にたくさんあったらしい。
犬がらみなら、有名な忠犬ハチ公って、秋田犬だよな?大型犬だよな?大型犬がその時代はリードなしで歩けてたんだよな?見てないけど、リードつけて、連れて行く人がいたのかなあ?
わかんないな。見てないから。
もしそうなら、それでも温かい目で見られてた時代なんだよなあ?まあ、いろんなことあって、危ないからリードになるんだろうけど。
いまなら、猫とか絶対に家から出さない工夫いるよな?しっかりしてるところは、安全なリードつけて玄関で日向ぼっこしてる。
それを見て、かわいそうって言う人もいるけど、見かける猫は、安全にのんびりくつろいでる。リードも絡まらないようにされてる。
うちのラッシーなんかより、賢そうだよなあ。
ーなんかラッシーに、逢いたい。はやく帰りたいなあ。
博多駅からなら、帰れたよな?あの時、神城があんな行動とらなかったら、俺はもう博多駅から、高速バスでラッシーに逢いに帰った気がする。
ーそういう意味じゃ神城に感謝か?というか、あのお金そのためか?
柴原が時刻表なんかを頭にいれた時に、俺も頭にいれた。
ー南九州の片田舎に帰る方法。
なんか、その金額分、たしてあったような?
ー考えろ?バカ。
兄貴の言葉を思い出した。兄貴にはわかったんだな?っていうか、俺の行動はわかりやすいのか?
ー異世界人って、みんなエスパー?
ついさっき買ったばかりのお土産を見てしまう。甘い物中心にしたけど、兄貴のリストそのままだけど、
ーダイエット。
が口癖だよなあ。ソファーに寝そべり、菓子食ってる姿しかない気もするけど。
うちのトイレに意味不明な外国語記号がある。異世界人が貼った。
いろんな記号がそれぞれの国で、きちんと文字になるんだなあ、って不思議だけど。
たまに、じいちゃんが、海外アニメのDVDを吹き替えで字幕つけてみせてくれてた。
吹き替えと字幕の違いにビックリしてみてた。
ー不思議だよなあ?春馬。これがほんとうに翻訳だ。和英辞典だ。
ー親父、わりとあってるが、変なことを春馬に教えるな?どうとるかわからないから。
って、親父が言ってたなあ。英語を習い出して、じいちゃんの言葉の意味を知ったけど。ある意味、ますます英語がわかんなくなったけど。
ーとてもじゃないけど、俺は海外に行かない。生活できる気がしない。
それどころか、たぶん、南九州の片田舎から、そもそももうでないよなあ。高校も自転車でいける自分が入れる高校だよなあ。
ー神城は、東京に行く。
福岡なんかより、ずーっと、大都会の東京に行く。俺の知らない世界で生きていく。
…いつまでだろう。
夏休みか?いや、夏前か?
メディアを通して神城を俺は見れるのかなあ。つい、星空に探しそうだけど。
星を見上げるたびに神城を思い出すのかよ?昼と夜の両方で、空が見れなくね?
ラッシーと穴を掘らなければ、見れたのに。
神城をあの日見つけなければ、見れたのに。
いちばん、大好きな空が見れなくなるのかなあ。俺のちっぽけな古びたミザールも、手作りの望遠鏡も、神城と過ごすこれからの僅かな時間を、俺はいつか、平気で思い出すんだろうか?
…柴原はどうするんだろ?アイツはどう動くんだろ?不思議なやつ。
俺に柴犬を説明したヤツ。うちのラッシーより毛が短い。幼い頃の俺は、雑種はみんな毛が短いと思ってたよなあ。
ラッシー、モップみたいだ。親がエリア系だった。コリー系とは違う鼻べちゃで、不思議なモップみたいな子犬。
じいちゃんのときみたいに、ラッシーがいてくれたら、この変なモヤモヤは晴れるのかなあ。
ダメだ。頭にいつももう神城がいる。
ー神城が東京にいく。
それをのぞんだはずなのに。
ーなんで、こんなにモヤモヤするんだろう。
「どうした?腹減ったのか?ずーっと、お土産のお菓子みてるけど。いつもの飴はどうしたんだ?」
黄原が不思議そうにきいてくる。そういや、黄原はもう進みたい道をもってるよなあ。
「どうやって、黄原は、自分の進路がわかったんだ?」
羅針盤か?
「なんだよ?突然?」
「いや、神城も黄原も進路決めてるなあ、って」
「俺はともかく、神城は、違うだろ?」
「神城が決めたぞ?」
…たぶん。
キッカケは神様かもしれないけど、たぶん、わかんないけど。
ー決めたのは、神城だ。
…たぶん。
ー私なら守れる。
あの人はそう思える大人なんだ。いまの俺にはない力だ。どんなにわめいても、叫んで、暴れて、誰かを殴り倒しても、
ーいまの俺には、自分すらわかんない。手作りの分光器の箱は歪に曲がって、けど、光の三原色ははっきりみえる。
見えるのは、三原色。
義務教育みたいだなあ。中学卒業したら、どうなるんだろ?
兄貴は大学に行くらしい。そのために進学校を目指してる。
神城みたいに光るには、どうしたらいいんだろ?
ーサラダ食うのか?
いや、足りない。ハンバーガーもポテトもほしい。俺はもう味を知ってるしなあ。東京行ったら神城もきちんと食うのかな?
ーたくさん、美味しいものを、食べられるのかな?
神城の好物って、なんだろ?今日神城が食ってたの、サラダじゃね?
それに俺は野菜は食う。うちの異世界人はわりと厳しいし、じいちゃんが、食べれるなら、食べなさい。って言ってた。
ーいつ食べれなくなるかわからない国だから。
自然災害がたくさんあるから。もしかしたら、自然じゃないかもだけど、それでも、
ー食べ物が美味しいって、感じられるのは、奇跡の塊なんだよ?
ただ、じいちゃんは好きな道をいけ、だった。だから、わからない。
強制のようで、強制じゃない自由のなかで、俺はどう進みたいんだろ?
漠然とした未来は、
ー死ぬまで、南九州の片田舎に住んでる。
神城は大都会に行く。俺はあの南九州の片田舎からでないだろう。ラッシーいない場所になんか行きたくない。
「俺はもう従兄弟だよなあ。小さな頃からたくさん教えてくれたし?憧れだし?そういう存在がいただけだし、たまたまそれに興味を持つもったし?」
わかりやすく身近にある夢だった、って黄原は言った。
「焦らないでもよくないか?まだ中2の春だぞ?俺だって、夢は変わるかもだぞ?」
「ーだよな」
ただ、なんか焦る気持ちがするんだ。神城が東京に行く。
ー俺は南九州の片田舎に残る。
は、なんだか、モヤモヤする。