竜生
ー眠れない。
俺が頼んでもないのに、スマホがメッセージにあふれてていく。
なんのスパムメールだよ?
友人なんでブロックできないから、とりあえず、寝てることにして、返信してないけど。
サイレンスにしてるけど、
ー明日、あさ、アラームできるか?
最後の中体連にむけて、部活の朝練がある。春馬と同じ二年生の後輩たちは、修学旅行でいないが、一年生がいる。
俺はレギュラーだし、行かないと。
グランドを走ってたら、気はまぎれるんだろうか。けど、足は実は俺より春馬が速い。
ラッシー追い越してたしな?
ーあれは、ラッシーが遅いのか?
春馬はラッシーによくボールなげて、ドラマや映画みたいに、持ってきてほしかったらしいが、ラッシーは自由気ままな犬だった。
ーボールを追いかけていくけど、春馬にはあまり持っていかず、春馬が追いかけてた。
春馬とラッシーは、いつも遊んでたよなあ。ラッシーって子犬だったけど、ふわもこのモップみたいな犬だった。
夏になると春馬がバリカンで刈ってたり、ノミよけスポットしたり、洗ったり、基本的に春馬はラッシーとよくいる。
ー神城いてもラッシーなのか?
神城と春馬がつきあってる?
ー春馬の彼女?
神城が?
さっきから、何度も何度も繰り返し脳にうかんでは、消えるあの日の春馬と神城の微笑み。
ー神城の優しい笑顔に、俺の胸がざわつく。
なんで、春馬なんだよ。
春馬以外なら、
…どうしたいんだろ?俺は。
たまにグランドからもチラッとみえた神城の姿と、グランドの片隅で、チグハグなバッティングフォームでスイングしてた春馬も浮かぶ。
ーまったくふたりの接点がわからない。
ってか、俺に飴玉渡してきたしな。本気でラッシーがもらったって思ってたよなあ?あいつ。
ー喉がなんか乾いたな。
俺はベッドから降りた。部屋からでると、一階には灯りがついていた。
ー母さんが、また深夜ドラマでもみてるのか?
母さんはBS放送のいわゆる韓流に夢中だ。俺にはよくわからないけど、あのわかりやすい複雑さが好きらしい。
クラスの女子も、俺の友人たちも、いろんな音楽はきいてるし、俺でもなんとなく耳にする。ラジオやテレビで聴こえてくる。
し、1人だけでも、その国の言葉を学ぶは、素直にすごいよなあ。
俺には、相手の言葉が、記号にしか見えない。さっぱりわからない。サービスエリアのトイレの注意書き。
ちなみに韓流ドラマが大好きな母さんがトイレにハングル語のなんか?を貼ってるが、さっぱりわからない。
いちどスマホに、知らない番号から、かかってきたって親父が言ってたなあ。
癖でついうっかりでたら、ハングル語でめちゃくちゃ話され、
ー間違えてます。
で、切った。あれ以来かかってこないから、間違えたんだろう。
内心、ヒヤヒヤだけど、とくに被害はなかったから、間違えたんだろう。
親父は携帯時代は、たまにナンバー被り?とかあったって言ってたなあ。
じぃちゃんは、
ー俺には必要ない。
いざって時にいるから、金は俺が払うから持ってろ?親父。
って親父が渡していたが、
ー不携帯。
昔に比べたら電波は、ほぼ通じるのに、って親父は嘆いてたな。
俺には、スマホがもう当たり前の世界で育ったけど、じいちゃんが子供の頃は、テレビは村で一個とかだって言ってた。
そんなのが簡単に、持ち運べる時代かあ。
ー俺は、ついていけない。
ほんとか?ついていく気がないだけじゃ?
って、親父があきれていたよなあ。一時期、じいちゃんを前にアドレスと電話のかけた方をずーっと教えていた。
他の機能は、もう無視してたらしい。119ばんでなくても、誰かにつなげ?だった。
春馬が修学旅行中に、スマホを持ち歩くか不安なのも、じいちゃんのことがあるからか。
少し開いてたドアの隙間から居間を覗くと、深夜ニュースがあり、福岡が映ってた。
九州の番組だとわりと福岡の買い物情報が流れる。予想通りソファーに寝そべる母さんと、よく見ると、違うソファに親父も座っていた。
「春馬、大丈夫そうだな?」
「自由行動中に、迷子なるかと思ってたから、よかったわ」
「迷子って、かわいいもんじゃないけどな」
親父が苦笑する。そして、俺に気づいて驚いた。
「竜生?なんだ、まだ起きていたのか?」
「うん、喉が乾いたなって」
「冷蔵庫に麦茶あるわよ?」
冷蔵庫の中に500mlの麦茶がある。一本を手にとる俺の背中に、ソファから起きた母さんが言った。
「春馬から、なんか連絡ない?竜生に?」
「あるっていえば、あるけど、ないって言ったら、ないよ?」
「なに、それ?」
母さんが少し茶色がかった瞳を瞬く。春馬と同じ瞳の色で、春馬の瞳の色は母さんゆずりだ。
「母さんがお金を財布にいれてたけど、なにが欲しくていれたのか?だって」
「…そうきたか」
親父がこめかみに手を当てる。
「お小遣いって書いてあげたら、よかったかしら?」
母さんが心配顔になる。
「いらないだろう?春馬に。交通費だし?」
「けど、素直に、交通費とか書けないわよ?書いたら帰っていいって、あの子は思うかも」
「とりあえず買い物リストは、送ったよ」
その議論は、やるだけムダだし?春馬はもうみんなと帰ってくるはずだし?
明日、俺の送ったリスト通りのものが、土産としてくるだろうし?
「あら?春馬のことだから、博多なんかのコンビニで買ったポテトチップスを博多土産にすると思ってたわ」
「やりそうだな。あいつ」
「なぜかあの子、私がいつもポテトチップスを食べてると思ってるのよね」
「あいつが望遠鏡つくるために、母さんがストックしてるからだろ?」
母さんは、おやつを買うとき、春馬が遊びそうな形状のやつをよく買ってた。
もともとはじいちゃんが買ってきてたけど、じいちゃんがいなくなってから、そういや母さんに代わってたな。
春馬が小遣い使わず遊べるように、さりげなく買ってたよなあ。
中身は俺が食うけど。たしかに、食ってたし、箱に興味ない俺は、カードやおもちゃつきを買ってもらってた。
「お腹すいてるなら、なにか作るわよ?竜生?」
母さんが俺を見る。親父の前には、ビールがあり、ふたりでのんびりしていたらしい。
「いや、喉がかわいただけだし、朝練あるから、もう寝るよ?」
「そう?せっかく春馬がいなくて、ひとりっ子だったから、外食したらよかったかしら?」
「部活と塾で無理だよ」
かなり遅くなる。母さんは、少しじっと俺をみて、
「なんか、あった?元気ないみたいだけど」
ぎくってしたけど、
ーべつに何もないよな?春馬と神城のニュースに、驚いただけだし。
「そうか?変わらないように見えるが?」
親父が首を傾げたから、
「なんもないよ。これ部屋で飲むから。おやすみ」
ペットボトルを持って、居間の扉をしめた。
ー奇妙なとこで、母親って勘がいいよなあ。
そして、
ーまた神城のあの優しい微笑みが脳裏に浮かんで、きっと今夜は眠れない。