真央
ー必ず明日菜を村上も私も見つける。
そう私は笑った。
私やたぶん村上も、まだ子供だからか、自分と他者の境界線が曖昧すぎて、わかってない。
たぶん、もう他の子達が私たちと違う世界にいるって、なんとなく、思うけど。
みんなあの有名な相対性理論を理解できるらしい。
私は簡単な入門書を見ながら、やっぱり、いまは、わからなかった。
というか、
ーもうそれを利用して発明されたものが、目の前にある。
説明書には、そのものの説明書だから、わざわざ書いてないし。
注意書きをみて、興味本位で分解したら危ないだけ、理解してる。
その辺は、私のまわりにいた職人さんや、とくに職人長がうるさかった。
ーお嬢?たしかにルールやマナーは、時代遅れが多いかもしれない。
追いついてないのは、たしかだ。
だけど、よく考えてごらん?その言葉に隠された背景を、時代を読んでごらん?
ーわりといまでも守られてるルールは、まあ、内容的には、
ー?
だけど、納得できなくは、ないから。
想像して、たくさんの意味がミステリー小説みたいに遊べるよ?
いまはなんでもかんでも、
ールール、マナー。
ですませて、大人たちは、
ーそれがルールやマナーって言うだろう?
説明したら、納得するし、時代にそぐわないなら、意思をもって反発できるのに。
ーただ、ルール、マナー。
なぜに横文字だよ⁈
和菓子職人のうち職人長が、たんに横文字が嫌いなだけとも、他の職人さんが説明してくれたけど。
ーお嬢、自分の頭で考えても、いいんだよ?
って教えてくれた。教科書を教科書として読まなくなったのは、確かだ。
参考書は名前のせいか参考書として、読んでるけど。考えたりは、教科書でするかも、だけど。
ーそんなことをいちいちきくな?それはいまは教えてないだろ?
考えなくていい。
パパや先生たちは言うけど、職人さんたちは考えていいって言って、すごく不思議な美味しいマジックを見せてくれる。
それでも、私の選択肢には、手品師はないんだ。
パパからの、
ーいまの時代は、大学にはいくものだ。
って、教えが小さな頃からずっとあるかもしれない。大学に行って、そのあと私はどうしたいんだろ?
学びたい学部が思い浮かばない。とりあえず、問題集やテストを解きながら、どうしても、
ー得意教科だけで、行けるよね?
総合点ならわざわざ不得意教科を学ぶことがわからない。
相対性理論をバラバラめくりながら、目の前にあるさまざまなものが、その理論から、は、わかるけど、ピンとこないのもわかるんだ。
ー私には理解が難しい。
眠れなくなるほど楽しい物理って本と、たくさん内容がかぶってるけど、理解できるのは、そっちで、紙やいろんな100きんで試してるのも、そっち。
ただのセミや鯉のぼりみたいな、紙飛行機が不思議な飛び方をするから、竹ひごを丸くしたり、ワイヤーつけて、なんとかプロペラで浮かないか、ヘリコプターの原理を見てるけど、うまくいかない。
たぶん、いまはネットをみたら、図解してくれてるはずだけど。
この間、テレビでルービックキューブに◯◯式ってあって、さらにビックリしたけど。
正解系は数通りしかたぶんないなあ?は、わかってたけど、
ーいちいち、覚えてやってない。
みんなあれ暗記するの?
ー?
すごいなあ。最近は完成形はあきて、くるくるまわす。
ただまわす。まわしなが、ぼんやりできる。なんとなく、頭のぐるぐるを、ルービックキューブが目の前でぐるぐるするから、おさえてくれる。
ずっと遊べるルービックキューブすら、そういえば、説明書も原理も考えたことないなあ。
作りたいとは、思わなかった。
ルービックキューブは遊べるおもちゃで、ジグソーパズルも大好きだけど、ジグソーパズルは、あとからみて、
ーあれ?ここ少し違う。
けどもう糊でかためたし?飾っておくには、いいや。
職人長にプレゼントしたりする。作るまでが楽しいから、作ったあとは邪魔になる大きさだし。
鯉のぼりのヘリコプターかあ。ヘリウムガスもオモチャ屋さんに行ったら、手に入るし、ラジコンヘリは高いけど、赤外線ヘリコプターなんかは、UFOキャッチャーでわりと簡単に手に入る。
なぜか夏になるてカブトムシやミドリフグとか、UFOキャッチャーにいるけど。
水槽は別売りです。
よくできてるのか、なんなのか、
ー不思議な時代だ。
そんな時代に、明日菜を南九州の片田舎から、大都会にやって大丈夫かな?って思うのも、あるけど。
ーやっぱり、明日菜は大都会じゃないと、繰り返してしまう。
そう思うのも確かなんだ。私は空を見上げる。イギリスで女性として、はじめて硬貨に描かれた人。
天文学者。
イギリスから見えた星は、たぶん、福岡から見える空とは違うだろうけど、同じ北半球だから、この見上げる星のいくつかは、その人が発見したのかなあ。
私は見上げるだけで、不思議な気分になって、虫眼鏡と老眼鏡で遊んだりしてたけど、天文学には、興味はわかなかった。
ー私は大学でなにをしたらいいんだろ?
たぶん、言われていい大学に入学できても、興味ないなら、留年して退学する未来しか思い浮かばない。
うちの家は、裕福な方だけど、それでもお姉ちゃんたちも福岡に行ったから、親の負担はかなりある。
ーそこまでして、大学行って、退学しかしない。
そうわかる。そんな私が明日菜の未来をいま、違う方向に誘導してる。
皮肉さに、残酷さに、つい笑いながら、明日菜に言った。
「明日菜は優しいね?」
私なんかより、やっぱり明日菜は人間だ。
「ー真央?」
訝しげに、それなのに、明日菜の瞳が心配そうに私を見つめる。
じっとみつめてくる。明日菜のきれいな瞳。
ー明日菜のいちばんの魅力は、きっとこの表情だよ?隠せない素直さと、優しさがあるんだ。
家族から大切に愛された強さが、明日菜にはきちんとあるんだ。
ー私と村上は、なんか違うけど。
虐待親だとは、思わないし、私も村上も、
ー親より違う人が支えになった。
気づいたらいた、のが、親、だけど。
私と村上の視界に入ってたのは、べつの存在が早かった。
いまの村上があやふやなのは、その存在を失くしたからだろうけど。
ー私にはいるんだ。
明日菜を失ったら、さらにまた村上は、あやふやになるかも。
村上にも残酷なことを私はしてる。
「東京には、明日菜が自分で行くんだよ?」
繰り返し言えるんだ。
ーお前は人の心がわからないから。
パパから何度も繰り返し言われた言葉は、ほんとうにそうなんだ。
いつだって、私にはわからないから。
ー村上と一緒なら明日菜は大丈夫かも?
って迷ってるくせに。だけど、
ームリだよ?私たちは子供だ。
私なら守れる。
あの力強く宣言した、大人には敵わない。
し、
ー敵いたくもないんだ。
信じたいんだ。私たちがあきらめてしまった世界に、明日菜だけでも、救ってほしいんだ。
そう信じたいんだ。
ー優しい人には、優しい世界であってほしい。
…なんで、人は私たちを分けたがるんだろ?
誰のために、私たちは名付けられ区別されなきゃダメなんだろ。
ー人の心がわからないアスペルガー。
じゃあ、その言葉を言う人たちは、私たちの心が傷つかないと思うんだよね?
それなら、
ー人の心がない、アスペルガー。
って言ってくれた方がマシだよ?
いつも思うんだ。
ー誰のために私たちは、わけらるんだろ?私はべつに困ってないのに。
療育の先生たちは、優しくて、私のまわりの子たちも最初は怖くて仕方なかったけど、少しずつ遊んで笑ってた。
ー私たちだって成長するよ?しかも知能テストは問題ないから、普通の世界で生きて行くしかない。
し、私たちには、厳しいと思う。地下鉄やいろんな音がたぶんみんなと見え方や聴こえ方が違う、は、なんとなくわかりはじめてきたけど。
ーそれでもこの世界で、生きてく。歩いていくのに。
誰のために、私たちは名付けられ、わけらるんだろ?
自分たちから診断うけるなら、わかるけど。
たくさんの事がただキツイ。この世界で生きていくんだ?
自分たちは、普通だと言いながら、普通じゃない事を望むくせに、普通であることを誇る。
ーよくわからない世界。
って、もう普通扱いされたことないから、思うけど。
ーなんで、それなら、もっと自分たちを誇らないんだろ?
わからないけど、こんな私にも職人さんたちは優しいし、明日菜がいる。
ー優しい人たちには、せめて優しい世界があると信じてたい。
じゃないと、私たちが分けられる意味がない。
ー人の心がわからないアスペルガー。
もう少ししたらASDになるけど。
だけど、さ?
ー痛いよ?別れたくない。
だって、
「だいじょうぶだよ?真央。私もちゃんと考えるから」
明日菜が私を抱きしめてくれたんだ。
優しい感触が、私には、やっぱり、
ー優しい世界に思えるんだ。




