明日菜
ー見なくて、いいよ?
そう言ってあげられるかも、しれない。漠然とした思いが少し、リアルになったのは、目をまだ、赤くした真央をみた時だった。
赤木くんとのこともあるけど、真央がいま、目が赤い理由はちがうかもだけど。
「真央、大丈夫?」
私を迎えに来てくれた真央についきいてしまう。真央が意表をつかれたみたいに、キョトンとした顔になる。
「えっ?私?私は大丈夫だよ?そんなに赤木にショックうけてるように見える?」
「うん、キツそうだよ?」
私は手を伸ばして、私より背が高い真央の細い頭を胸にひきよせる。
「ー明日菜?」
「キツイなら、キツイって言ってね?私は東京に行っても、真央から離れないよ?」
誰かと縁を切る時、まったく心が動かない、は、ないよ?身勝手な悪意も、好意すら、なんか口に出したら、なんだか口にしたり、思ってしまう自分に、自分を嫌悪しちゃうんだ。
私はまだそれを、大人になる、とは思えないし、大人になって隠すことは、上手くなるけど、慣れるかもだけど、心が揺れない、はないと思う。
幼い頃から、いろんな場所で耳にする洋楽を歌ってた人が亡くなってたりして、私はリアルタイムで知らないけど、悲しくなるんだ。
ー歌が残ってる。
だけど、優しいんだ。その声は。
真央には、そういう音、があるのかな?あとから知ったけど、寝るときやひとりの時なんかは、パーカーのフードをかぶって、扇風機の風と音を聴くらしい。
自然界には存在しない規則正しい音と風を、パーカーのフードのわずかな自分の体の位置で、音や風が自由にかわるから、変わっても、自分でまた変化できるから、
ーおちつく。
涼んでるわけじゃないよ?好きなんだ。落ちつくだけだよ?風がすべての音をシャットアウトしてくれるから、夜が怖くなくなる。
みんなが音楽つけたまま眠るのと、変わらない。音を楽しくきいてるだけ。
ー変わってる。
とは、私も思うけど、想像したら微笑ましいから、いいのかな?
そこまでして、ただ生きるが辛い音や光を私は知らない。
ーにぶくてよかった。
真央を見てたら、真央には、ごめんね?だけど、そうおもうんだ。
「明日菜?」
「ー私は東京に行くよ?」
せめて、私のことだけでも、見せないようにしたいんだ。
真央が驚いた顔で私をまた見てる。
ー真央が望んだくせに。
ちょっとだけ、内心であきれる。
「真央?」
ぎゅっと抱きついてきたから、嫌な予感がする。
「ー明日菜、水着はやめときなよ?」
抱き寄せた胸でニヤッと笑うから、私は無言で真央の頭の横を指ではじいた。
「痛いな?せっかく、アドバイスしてあげたのに」
「水着なんかならないよ?」
「契約書をきちんと読むんだよ?サインしたら終わりだよ?ちなみに治験なんかは、サインしてもすぐ取り消せるよ?」
「治験?」
「お薬とかを開発したら、人間でためすんだよ?」
「えっ?動物じゃないの?」
「そりゃあ、最初から人間じゃ試さないけど、最終的には、人間相手に試すよ?じゃないと、正確な効能も副作用もわからないし、日本の審査基準は厳しいんだよ?」
「真央は将来、そっちに行きたいの?」
「ううん、たまたま知り合いがその話をしてただけだよ?迷ってた。治験バイトとかじゃなく、病院の治験って、色々な制約とかあって、経済的なメリットはあんまりないし。むしろデメリットがあるし?だけど、そのデーターが、そのお薬を望んでる子たちに、早く認可されるために必要なんだ。迷ってた」
迷うのかな?治験って、ラッキーじゃないの?
「だって、お薬の効果をしるために、他の強い薬を切るんだよ?」
じゃないと意味がない。病院の治験対象には制約が当たり前にくる。
「し、いつでも辞められるんだ。治験開始後も自由意思だよ?だから、迷うとも言ってたけど。データーを残してあげたいって、迷いもでるだろうし?」
そこで真央は私から身を離すと、じっと私を真剣に見つめてきた。
「ー明日菜、これだけは言うよ?」
私は健康だから、正直、治験とかよくわからないけど?ただ、誰かの願いがあり、人しれない葛藤があり、薬があるは、理解したけど。
ー私は健康だから、ピンとこない。
「うん?」
だから、真央を見て首を傾げたら、真央がますます真面目な顔になる。
「ちかんに、あわないように、契約書はきちんと読むんだよ?治験みたいにサインしても取り消せないよ?」
ー両方パターンで、説明したかったらしい。
サインしたら、終わり。
サインしたら、始まり。
サインしても、自由意思。
たくさんの、サインは、けど、
ーたいせつ。
で、あのサインは同意書だから、契約書では、ないはず?
私の両親とあの強引なスカウトの人がするのは、たぶん契約書だよね?
「明日菜、ダメだよ?」
「えっ?」
「明日菜の意思でちゃんと決めるんだよ?私や村上は、きっかけに過ぎないよ?」
って、真央が言った。




