はじまりの、あいうえお、春馬
「あっ、村上?待って」
大浴場で、風呂入って、さっばりして、そとにでたら、柴原がいた。
「あれ?村上だけ?黄原は?」
柴原が首を傾げる。柴原も風呂からでたばかりみたいだ。
「ホイホイ?」
俺も首をかしげると、
「ああ、なるほど。村上には、きかないか」
柴原が納得してる。大浴場でも、黄原はたくさん声をかけられていた。
ー俺と神城がらみで、黄原がいるだけで、面白いように集まってきた。
黄原ホイホイ。
俺には、きいてくるヤツらはいなかったから、黄原をおいて先にでた。
だって、のぼせるしな?黄原もそれでいいって言うし?
「黄原に用事か?」
なら、呼びに行くしかないよな?柴原は、男湯に入れないだろうし。犯罪になるのか?いや、たぶん、俺がやったら、大変だけど、
ーあっ、ごめん、間違えた?
ですむ、か?
「そうだね?ある意味大変だね?しかも悲鳴をあげるね?まあ、それはいいとして」
…いいのか?
「だって私は、やってないし?」
そりゃそうだ。じゃあ、柴原が俺に用事だよな?ってなると?
「そう、明日菜だよ?いちおう私相手でも、返事する練習しようか?村上。ちなみに、1文字以上でね?」
柴原には、あいうえお作文は、ダメらしい。
「まあ、いまはいいか。明日菜が待ってるから、行こう?」
まわりを見ながら、柴原が歩き出す。たしかに立ってるだけで目だつしな。そういや、柴原ト赤木も話題にはなってるしな。
まあ、赤木ですんで、柴原が頭いいけど、男を見る目なかったってなって、なってー。
ーそっちか。
頭いいヤツも大変だな。
柴原は、旅館の庭の片隅にでると、神城がいた。
「明日菜には、返事するんだよ?一字でいいから」
って言って、柴原が去ってく。
あいうえお作文がいるらしい。俺に気づいた神城が近づいてくる。
ーあいうえお作文?
はじまりの、「あ」。
なんて言うんだ?そのままでいいのか?
会話なるのか?
俺は目の前にきた神城に、なぜか焦ってた。だって、こんな至近距離で、ふたりきりだ。
ー神城が目の前にいる。
なんで焦ってんだ?俺は。
戸惑いながら、とりあえず、目に入ったのは、神城をほのかに優しく照らす灯り。
だから、つい。
「あ?」
「灯り?」
神城の脇にある小さな灯りをみてしまった俺の視線を追って、神城は不思議そうに首をかしげて、質問してきた。
質問だよな?
なら、返事する?
次は、えっと、灯りが照らす神城のしたには、石があった。
あ、の次ならー。
「い?」
「石?」
また神城がきいてくる。すげー、睨んでこないぞ?
1文字で。
ー神城と会話できてる。
神城が俺をみてる。
マジ?
つぎは、「う」だよな?神城は知ってるかな?
「う?」
「鵜飼?」
指さした方向には、遠くにたしかに鵜飼の屋形船があるけど、神城はまた首を傾げながら、けど俺にとっては、会話してくる。
こたえて、くれる。すげーな?神城。つぎは、たしか?
「え?」
「絵?」
中庭からみえる廊下には、古風な日本画が壁に飾ってある。
それでも、神城は少しずつなんか、
ー不機嫌になりつつあるけど、次が、ラストだよな?
あいうえお作文。
「お?」
「…お風呂は、入ったよ?」
ご丁寧に温泉マークを指さしたら、あきれた顔をしたから、
お風呂ってこたえたから、答えだしたら、終わるから、
まだ、終わりたくないって、思った。
だって、神城が俺をみてる。じっと俺を見てる。いま、この時間だけかもだけど、
ー俺を見てくれてる。
だから、つい、口からでたんだ。
「ブブッー。残念、ハズレだ」
「えっ?なんで⁈いまの流れなら、お風呂であってるよね⁈」
神城がムキになって、言い返してきた。
やっぱり、短気だな?神城。俺はつい笑った。
古びた旅館の薄暗い中庭の片隅で、足元のささやかな灯りに照らされた。
ー神城がいる。
なんか、わかんねーけど、目の前にいる。それがうれしくて、俺はつい笑ってた。
ーなんでうれしいのかな?俺。こんなふうに笑うのいつ以来だ?
つい、笑ってた。
神城が笑う俺に、戸惑いながらきいてくる。
「…正解は?」
質問だ。すげーな。会話したぞ?会話になったぞ?
「おおっ!すごいな、神城さん」
だって、あいうえお、から、神城の「か」に続く。
そういや、明日菜の「あ」でもあるよな?
はじまりの、「あ」。
あいうえお、で終わらないで、神城の「か」に続いてくぞ?
って、思うけど、ちいさな灯りに照らされた神城は、やっぱり、神城で。
その上に夜空がひろがって、
ー神城は、スター、だよな?
俺の頭が少しさめていくけど、
「村上くん、ごめんなさい」
いきなり神城が謝ってきた。
「ふぇっ?」
って間抜けな声がでた。なんで神城が謝んの?俺がストーカーしてたよな?
ラッシーは悪くないけど。俺はラッシーを内心で援護する。ラッシーは、犬笛ふいても、微妙なヤツで、むしろラッシーがよんだら、俺が行く?
「・・・笛なんて、ないよ?」
なんで笛だとわかったんだ?
「ええっ?」
「・・・絵は、ひとつでいいと思う」
たしかにさっきは1文字だったよな?
「へー?」
じゃあ、
「・・・なんにも減らないから」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・ちっょと、キレがないな」
え、と、へ、だとおなじ発音なるときあるし?
「漫才なんかしてないからねっ?!」
神城が睨んでくるけど、だって、神城の頭上に星空がひろがってる。
「なんで残念そうなのよ?」
俺はちいさく息をはきだした。よくわからないけど、なんか夜空を見たくない気になるんだ。
さっきまではしゃいでたのに。夜空に打ち上げる花火は、打ち上がって、でっかい花火があがる。ひかりと音が夜空に輝いて、刹那の輝きとは、違う静かな輝きを圧倒的なパワーで、てらしてくるから、さ?
「神城さんは、俺の擬音についてくると、思ったのに?」
そう言って、俺は勇気を出して、夜空を見上げた。
目をそらしたって視界に夜空は入ってくる。
福岡は俺はたちのすむ南九州の片田舎よりずっと、都会だったけど、星がきれいに、みえていた。
俺は、その星を指さす。
「神城さんの故郷だろ?」
「なんでよ?」
「星の英語、知らないの?」
「しってるよ!starでしょ!?」
「じゃあ、やっぱり、あってるじゃないか」
夜空に輝いてる。肉眼でもはっきりみえる。月の輝きすらも、下手したらかすむぞ?
ー金星。
神城は、ちょとだけ、スネたように俺を見る。
「いかないよ。東京なんて」
「・・・どうして?」
「どうしてってー。芸能界に興味なんてないし、行ったって、なにも変わらないよ?」
そうあきらめた瞳で、下をみることすら、できないなら、
ーやっぱり、俺は見たくない。
「俺はそうは、思えないけど?」
「どうして?」
「神城さんが、理不尽ないじめにあっているのを、見るのは嫌だから」
俺はまっすぐに神城を見て、言った。
「・・・やっぱり、村上君がいままで、たすけてくれたんだね」
「へっ?」
助けた?ストーカーだぞ?
「こういう真剣な話でまで、それやるのっ?!」
いや、いまのは、違うけど?さっき重ねたらダメって言ってたよな?
なら?
「えー?」
「のばしても、絵は絵です」
ー重ねてきてますが⁈
「ええっ?」
「増やしても、絵は絵!」
じゃあ、漢字じゃなきゃいい?
「えー」
「それは、Aだよね?」
神城がまた睨んでくるけど、
「・・・やっぱすごいな。神城さん」
ふつうに話せる。俺が会話してるぞ?神城と。
「うれくないけど、ありがとう?」
ありがとう。
よく言う親父ギャグ?いや、じぃちゃんのギャグか?
ーありが10匹。
そういえば、俺のスマホに、あるよな?
「あっ、蟻といえばさあ」
「もーいいから!話が進まないよ?!」
相変わらず短気すぎるな?神城。
「いや、真面目な話さあ」
めちゃくちゃあの時に小さな蟻が餌を運んでたよな?
「蟻ってさ」
「やっぱり、蟻じゃない!?」
ーやっぱり、
「神城さんって、ほんと短気だな」
「だから、はじめて、言われたんですけど?!」
なんなの?真央も村上くんも?って口にでてるけど?
柴原は神城と続くけど、俺はきっとこうやって、星空をみあげるたびに、思い出すかもしれないけど。
ー柴原は、これからも神城と続いていくだろうけど。だって、おなじ異世界人だし。
俺は違うし。
ーなによりも、やっぱり、あんな神城は見たくない。
それだけは、やっぱり、変わらないんだ。
俺は、つい前歯で下唇噛んで、じっと神城を見つめる。
「俺は、神城さんは、東京に行くべきだとおもう。だって、神城さん短気じゃないか」
「だっての意味が、わからないんだけど?」
「短気は損気っていうけどさあ?むしろ、長所でもあると思わないか?」
「どうして?」
「クールな奴より沸点は低いかもしれないけれど、それだけ一瞬で、なにかに夢中になれるって、ことだろう?神城さんは、いつも泣きそうな顔しているくせに、人前に出ると、背筋をピンと伸ばして、絶対に弱みをみせない。そういう切り替えの早さは、すごいと俺は思う」
「そんなこと、はじめて言われたっていうか、やっぱり屋上で、助けてくれたり、私のロッカーに折りたたみ傘を入れてくれたり、スリッパを借りてくれたのは、村上くんだったんだね?」
ー助けられてたら、こんなことには、ならない。
「そんなふうに、いじめにあう学校に、神城さんは、ほんとうにいたいの?」
俺の手は、なんで、まだこんなに小さいんだろ?どうして、神城をあの日見つけたんだろ?
ーだけど、見つけてしまったら、どうしょうもないじゃないか?
ー見たくない。
なのに、見てしまったら、見つけたら。
ー神城が輝くから、だ。
「・・・・だって、ほかに行くとこなんてー」
そこまで言いかけて、神城は俺の言いたい事に気づいたらしい。息を少し飲み込んだ。
「あのスカウトの人って、面倒くさそうだけど、いいひとっぽいし、言っちゃなんだけど、東京にいけば、神城さんクラスの美少女は、たくさんいるだろう?」
「・・・ほんとに、言っちゃだめだよね?女の子に」
ーそんなヤツいない。
俺はきっと神城を大都会でも、100きんの手作り望遠鏡も使わないで見つける。
そうなぜか思うけど。
「芸能科のある学校に転校すれば、もう悪目立ちも、なくなるだろ?」
「・・・そうかもしれないけど」
「それに演技もうまいし?」
「ただの部活だよ?」
「そうだけどさ。一生懸命やってたじゃないか」
「よくみてるね」
「野球部の全員が神城さんファンだから、練習さぼって、俺まで付き合わされた」
ーのぞき。
って、犯罪だよなあ?
「のぞきっ!?」
「べつに着替えとかじゃないし?ただの練習風景だよ」
あの時はもう見つけてた。
神城はじっと俺を見つめてきた。
「私、昼に一応、村上君に、告白したよね?」
「へっ?告白?」
あれ、告白だったか?スカウト断る口実だよな?
「真央にー、柴原さんたちにOKさせられていたよね?」
いや、神城があのスカウトに言ってたよな⁈
「ああ、なんかすごい女王バチみたいな?赤木のもと彼女?」
絶対になんか敵わないヤツ。
「なんで例えが、いつも虫なの?」
「やっぱり蟻の話ききたいの?今日俺がさあー」
「どう考えても、いま必要ないよね?!」
「なんでっ?!すごい感動話なのに?!」
「ただの蟻の行列の話だよね?!」
「・・・なんでお俺の唯一の動画しっているの?」
「村上くんをみていたから」
神城が俺を見てくる。そういや、今日は自由行動一緒だったしな。
「過程はどうであれ、私たち彼氏と彼女に、なったよね?」
「ーたぶん?」
彼氏がいてもいいのなら。
あれ、もう決定してたよな?過程どころか、仮定すら、なかったぞ?
ー神様のサイコロを止めたよ?明日菜が。
柴原はそう言ってたよな?
「そうなの!」
めちゃくちゃ短気だから、とめたんだよな?
俺は笑った。
「ほら、やっぱり、短気だ」
「村上くん限定でね」
「ーそれで?」
「東京に私が行くまで、私と付き合ってほしいの」
ー東京に行く、まで。
もうこたえはでてる。過程なんか吹っ飛ばして、答えがでてる。
一生わからない問題みたいに。答えしかわからないなら、
答えがあっても、バツ。
「わかった。神城さんが東京に行くまで男除けになるよ」
俺はそういって笑うと、夜空をみあげた。
大好きなミザールや望遠鏡で空を見上げるたびに、きっと、この胸の痛みが込み上げてくるけど。
ーそれが俺への罰だろう。
あんな神様は、もう見たくない。
それだけで、神城を手放したんだ。
だって、じぃちゃん。
ー手放すことでしか、もう守れない。
あんな神城を俺は、見たくないんだ。




