明日菜
バスの中で質問攻めには、ならなかった。私の班の子たちがスカウトされた時のことを話し出したからだ。
よく噂にきくし、芸能人がスカウトされてるから、東京の大手プロダクションのスカウトが気になったみたいだ。
「へぇー、でも、あの事務所ほとんどスカウトしないって、きいたことあるけど」
「あっ、それ私も知ってる。入ることが難しいって」
「神城やっぱり、すげーんだな?」
…なにも、すごくない。
私は窓の外を見ながら思う。行きとは違うバスの出発で、村上くんたちのバスが先にでていく。
ーあのバスに村上くんが乗ってるんだ。
昨日とは違う不思議な感覚でそう思う。まだ顔を知らなかった彼をもう私は知ってる。
少し茶色がかった不思議な瞳で私を、
ーいらだたせる。
べつに私が毎回、村上くんにひとりで怒ってた気もするけど。真央まで私を短気って言うけど、私はふだんは、他人に興味がない。
さっきスカウトされた時の赤木くんを思い出して、嫌になってるけど、あのとき、
ー3人も動いてくれた。
村上くん、真央、そして、
ー大人の加納さん。
そういえば、お母さんたちにスカウトのことを、話さないといけない。
ー村上くんのことも話すの?
ううん?必要ないよね?って思うけど、
「私、もうさっき、グループライ◯しちゃった」
「私も!SNSにあげた」
その声にとなりで本を読んでた真央が顔をあげる。
「明日菜の名前や写真のせたら、アウトだよ?明日菜の写真には、もうプロダクションが動くから、よく考えなよ?それに、なにより、ふつうにアウトだよ?」
真央の言葉に、慌ててクラスメートがスマホをとりだした。
「ほら。消したよ?」
「その一瞬がアウトだよ?アップ前によく考えなよ?」
あまりに冷たい真央の声に、バスがシーンと静かになる。真央には発言力があるけど、あまりきっぱり言わないし、淡々とした口調は怖くもあった。
担任がとりなすように、重ねる。
「柴原の言う通りだ。昨日の風呂騒動もそうだし、とにかく場合により、警察に相談もありえるぞ?各自、よく考えて行動しなさい」
「ー各自なんて抽象的すぎる。だから、ダメなんだよ。大人がやってるのを子供達に、ダメだって理解させるのは、大変なんだ」
って真央が小さなため息をつく。私は見ないし、私が小さな頃はあまり流行ってなかったから、見ないですんだけど、ネット動画はたしかに大人たちがやってる。
あれを子供達にやったら、ダメな理由を教えていくのは、かなりキツイ。
ーなんでこの人たちはいいの?大人だから?
ーいや、この人たちもダメだよ?
ー?
そりゃあ、納得しないよなあ?って思う。やってる友達がいると、やらせろと駄々をこねるけど、ダメな理由を繰り返し教えてく。
じゃあ、◯◯ちゃんは、ダメなことしてるの?悪い子なの?
ーそれは違う。やってる大人がダメで、もし危ないことしてたら、まわりの大人に伝えなさい。
やったらダメだけど、教えてないというか、大人がやって金稼いで好き勝手してるので、
ー説明が追いつかない。
し、ネット動画はもう子供達の世界に存在してる。
もう、いまさら規制はムリだと、あきらめながら、ルールを一個ずつ教えていく。
ーでも、これはお家のルールだよ?他の子には他のお家のルールがあるからね?
とは毎回伝えていく。学校でルールを、じゃなく、家庭でルールを、だろう。
その上で社会は動いていくけど、まだ、先かなあ?
「ありがとう、真央」
私が小声でいうと、真央は笑った。
「めんどくさい時代に生まれちゃったね?明日菜」
守りたくても、守れないよ?
「生まれる時代を間違えたってこと?」
「うーん?それはわからないかなあ。だって、私はこの時代しか知らないし?」
「真央は、真央だね?」
つくづく、私の友人はマイペースらしい。村上くんもかなりのマイペースだから、あんなに似たような雰囲気なのかな?
「私より明日菜だよ?明日菜は誰でも態度変化ないよね?」
って、言いながらニヤッと人の悪い笑みを浮かべる。
「村上には短気かな?」
「だって、よくわからないんだもん」
私の声がまたすねてると、自覚するけど、なんだか、すねてるは、わかる。
ー真央にはふつうに話すくせに。
って思う。
「やっぱり、キッカケは、あの屋上から?」
真央は、不思議な笑い方で穏やかに私にきいてくる。だから、素直に私は首を振った。
「ううん、違う。あの時は、真央が野球部って言ったから、納得してただけ」
すごく寒い日だったから、グランドにあまりやる気のない野球部いたかなあ?だったけど。うちの中学はバスケやサッカーが人気あるし、強かった。
いまは野球部だから丸坊主ってわけでもないし。
「村上くんのことは、最初、ほんとにストーカーだと思ってたから、怖かったよ?」
せっかくシューズ箱に入れてくれた傘を何回も置いて帰ってた。
ある日、まだ寒い土砂降りの日に、お母さんもいない日に、シューズ箱に小さな紙切れがあった。
ー絶対に風邪引くから、捨てていいから使ってください。
名前はなかったし、ご丁寧に真新しい使い捨てのビニール手袋まで入っていて、その日は豪雨だったから、折りたたみ傘では間に合わないから、落とし物入れに空色の蛍光ペンでマークをいれて置いてくれてた。
ーなんで手袋に、プリントアウトした文字?
どこかで見てるのかな?ってまわりを見たけど、へんな視線はなかった。
使い捨て手袋にちょっと、あきれてたし、ムッともした。
そりゃあ、知らない人がいちいちシューズ箱を勝手に開けて、傘入れてくれても、警戒するよね?
ーでも直接渡されても断る。
めんどくさいから。
だから、この人って、なに考えてるんだろ?私が気持ち悪がってるから、
ープリントアウトして、新品の使い捨て手袋。
なんかズレてる、ようで、合理的?
ただ、寒かったし、手袋ごしにビニール手袋をしたら暖かくて、濡れなくて、足元は濡れたけど、帰ってすぐお風呂に入ったから、風邪はひかずにすんだ。
あの真冬の屋上で、凍える指でフェンスに触った時とは、違ってた。
濡れずに、風も通さなかった。むしろ、ほかの部分が冷たくて、手は暖かい。
ーあんな風に、村上くんの手は暖かいのかな?
ふと思う。
そういえば、男の子なんか意地悪だから、大嫌い!ってわんわん泣いた私にお母さんが、
ー人生はなにがあるかわからないわよ?
って大人の常套句を言ったあと、
ー手をつなぎたい、触れたいって思うなら、恋のサインだよ?
ささやかなサインだよ?
頭より先に手が動くよ?
ーお母さん、それは犯罪だよ?
ー朝陽、ぶち壊しにしないで。
って会話あったよね?私よりずっと漫画やドラマが大好きなお姉ちゃんは、いつかドラマみたいな恋をしたくは、ない、らしい。
ー明日菜はヒロインピッタリだけど、私はいいかなあ?
見てるだけで、なんかお腹いっぱい?って言う。
ー怖いかもだけど、お礼はちゃんといいなね?
って言われたし、私も顔が見たくなって、傘を落とし物入れに入れた日、少し待ったけど、部活の時間になって、帰る頃にはなくなってた。
あの日から私は、朝、雨が降る日は、傘をもうあまり持ってこなくなってる。だって壊さるかなくなるだけだし。
ー必ずある。ホタル傘。
お姉ちゃんにいわせたら、カエルだけど。
ー触れてみたい。って思ったら、恋のサインだよ?
ってお母さんが言ったけど、
「私や村上系って、手をつなぐとか苦手なんだよね」
って真央が言ったから、すぐ忘れた。
そのパターンもあるらしい。




