表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/652

第9話 彼氏と彼女の 恋人期限


大好きな人と結婚して。


子供を産んで。


たいせつに育てて。


大好きな人と孫にかこまれて。


幸せな人生をおくりたい。


それはきっと子供の頃に、多くの人が描く夢だろう。


いまは、結婚がすべてじゃない時代になったと私でも思う。


実際に独身でも人生を謳歌している人はたくさんいる。むしろ既婚者より楽しそうだとも思う。


私みたいに、平均的なサラリーマンより収入が高いなら、安定を求めるだけなら、結婚するメリットは、ないとも思う。


シングルマザーで自立している人もたくさんいるし、事実婚を選ぶ人だって周りにたくさんいる。


年齢が上がれば上がるほど、結婚に対してハードルが高くなるといったのは、うちのマネージャーだ。


彼女は自立しているし、その辺のサラリーマンより給料がいい。


それに仕事も楽しそうだし、理想もやっぱり高い。


だから私のことを羨ましいと、たまにお酒に酔った彼女は、口にする。


「だって、明日菜は、ずっと新鮮な気持ちで、恋しているでしょう?」


優しく笑う彼女は、修学旅行の時に私をスカウトした張本人だったりする。


だから、春馬くんのこともよく知っていたし、私が芸能界に乗り気じゃなかったことも、知っている。


「でも、彼がいなければ、明日菜はスカウトの話を断ってたしね。その点でも春馬くんには、感謝しないといけないわね。まあ、この間、魚のことで叱っちゃったから、電話にでてくれるかわからないけど」


・・・例の魚のせいで、私が悲鳴を上げてしまったため、私に過保護なこのマネージャは、春馬くんに雷を落としていた。


そのあと寮母さんになだめられて、ふたりで、仲良くあの魚を食べていたけど。


ちなみに後輩たちにも大好評で、春馬くんが言うところの尺オーバーのアコウは、見た目に反して大好評なうちに一生を終えた。


ー私は食べなかったけど。


いまでは、すっかりマネジャーの大好物になっている。


「でも高いしあんまり、でまわってないのよねー」


とよく嘆いている。


よくメッセージで、春馬くんに大きなものが手に入ったら、送ってほしいと頼んでいるらしい。


そんなに美味しいなら、私も食べてみたらいいのかなあ。


春馬くんの家の冷凍庫に、何匹かいるし。


ーでもやっぱり、気持ち悪い。


見た目より実力で勝負って、ことなんだろうけど。


やっぱり見た目も大事だなと、私が言うのもなんだけど、思ってしまう。


真央の言う通り、坊主頭でない春馬くんはわりとイケメンだ。


いまはちょっと、涙や鼻水で、顔がはれぼったくなっているけど。


ーって、ダメだなあ。


ほんとうに、寝ている春馬くんに、触れたくてたまらなくなる。


こんな顔ですら、私にとっては愛おしくて、泣きたくなるくらい大好きだと伝えたい。


春馬くんにふれる代わりにもう一度、春馬くんのマグカップを手にとる。


お酒がはいってるから、飲めないけど、そっと唇をマグカップによせた。


22歳にもなって、間接キスにバカみたいに、ドキドキと鼓動がはやくなる。


13歳の夏に、はじめて春馬くんとキスをした。


そして、さっきのセカンドキス。


ー春馬くんとは、二回しかしていないキスだけど、春馬くん以外の人とはたくさん経験している私の唇。


ううん。


唇だけでなく、舌や、歯も、他の人に知られている。


春馬くんだけを、知らない私の口。


けれど、私の唇に残っているのは、さっきの春馬くんとのキスだし、いつだって記憶に残っているのは、あの夏の野球部の部室と、


ームカデ。


「なんでムカデがメインになっちゃうかなあ。もう、春馬くんは」


私は、軽く眉をしかめる。


ちなみに、この話もマネージャーは、というか寮のみんなの笑い話のいいネタに、なっている。


後輩なんか、笑いすぎて声がかれていた。


ダンスボーカルユニットのくせに。


まあ、高校生の彼女たちも学校は、リモートで歌番組やコンサートも中止が多くなって、暇を持てあましていたから、いい笑い話なんだろうけど。


春馬くん名物?の手作りお菓子も彼女たちに、大好評だったりする。


ロシアンルーレットのハズレしかないのに、よく食べるなあ?


いまの若い子の感性は、よくわからない。


ってこれじゃあ本当に、ダメじゃん。同じ平成生まれなのに。


でも昭和元年と昭和64年じゃ還暦超えているんだよね。


しかも昭和元年と64年は7日間しかないから、うるう年うまれより貴重だろうし。


昭和のはじまりとおわりが7日間しかないって、すごいなあ。


相変わらずの春馬くん。


ネット嫌いのくせに、変なところでものしりな私の大切な彼氏。


こういう雑学さえ、春馬くん絡みで覚えてる私は、どこにいっても、春馬くんから、離れられないんだろうなあ。


あの日、春馬くんと約束した修学旅行の2日目には、予想しなかった。


ー現在。




春馬くんとの初めての会話?「あいうえお」作文をおえて、私は春馬くんに頭をさげた。


「村上君、ごめんなさい」


春馬くんは、いきなりの私の行動に、きょとんと目を瞬いて、


「ふぇっ?」


「・・・笛なんて、ないよ?」


「ええっ?」


「・・・絵は、ひとつでいいと思う」


「へー?」


「・・・なんにも減らないから」


「・・・・」


「・・・・」


「・・・ちっょと、キレがないな」


「漫才なんかしてないからねっ?!」


なんでいま残念そうに、みられたの!?


おもわず、睨んでしまったら、春馬くんは、ちいさく唇を噛んでため息をついた。


「なんで残念そうなのよ?」


だって、いまの会話でため息をつくのは、私の方じゃないの?


「神城さんは、俺の擬音についてくると、思ったのに?」


そう言って、夜空を見上げた。


福岡は私たちのすむ南九州の片田舎よりずっと、都会だったけど、その日は星がきれいに、みえていた。


春馬くんは、その星を指さす。


「神城さんの故郷だろ?」


「なんでよ?」


「星の英語、知らないの?」


「しってるよ!starでしょ!?」


「じゃあ、やっぱり、あってるじゃないか」


春馬くんがちいさくつぶやくように言うから、私にも何をいいたいのか、わかってしまった。


「いかないよ。東京なんて」


「・・・どうして?」


「どうしてってー。芸能界に興味なんてないし、行ったって、なにも変わらないよ?」


変えたいって、おもったって、どうにもならないじゃない。私は私のことを誰よりも、一番よくわかっている。


「俺はそうは、思えないけど?」


「どうして?」


「神城さんが、理不尽ないじめにあっているのを、見るのは嫌だから」


そういうと春馬くんは、まっすぐに私をみた。


「・・・やっぱり、村上君がいままでたすけてくれたんだね」


「へっ?」


「こういう真剣な話でまで、それやるのっ?!」


「えー?}


「のばしても、絵は絵です」


「ええっ?」


「増やしても、絵は絵!」


「えー」


「それは、Aだよね?」


「・・・やっぱすごいな。神城さん」


「うれくないけど、ありがとう?」


「あっ、蟻といえばさあ」


「もーいいから!話が進まないよ?!」


本気で春馬くんを、にらみつたら、


「いや、真面目な話さあ」


と真面目な表情に、なった。


「蟻ってさ」


「やっぱり、蟻じゃない!?」


叫んだ私は、悪くないと思う。


春馬くんは、うるさげに、ちょっと顔をしかめるけど、なんで!?私の方が正論だよね?


「神城さんって、ほんと短気だな」


「はじめて、言われたんですけど?!」


私は気の強さを自覚しているけど、決して、短気じゃない。


するとは春馬くんは、前歯で下唇噛んで、じっと私を見つめてきた。


それは、ほんの一瞬だったけど、やけに私の目にやきついた仕草だった。


「俺は、神城さんは、東京に行くべきだとおもう。だって、神城さん短気じゃないか」


「だっての意味がわからないんだけど?」


「短気は損気っていうけどさあ?むしろ、長所でもあると思わないか?」


「どうして?」


「クールな奴より沸点は低いかもしれないけれど、それだけ一瞬で、なにかに夢中になれるって、ことだろう?神城さんは、いつも泣きそうな顔しているくせに、人前に出ると、背筋をピンと伸ばして、絶対に弱みをみせない。そういう切り替えの早さは、すごいと俺は思う」


「そんなこと、はじめて言われたっていうか、やっぱり屋上で、助けてくれたり、私のロッカーに折りたたみ傘を入れてくれたり、スリッパを借りてくれたのは、村上くんだったんだね?」


「そんなふうに、いじめにあう学校に、神城さんは、ほんとうにいたいの?」


とても静かな眼差しが私をつつみこむように、見ていた。


「・・・・だって、ほかに行くとこなんてー」


そこまで言いかけて、春馬くんが何を言いたいのかわかった。


「あのスカウトの人って、面倒くさそうだけど、いいひとっぽいし、言っちゃなんだけど、東京にいけば、神城さんクラスの美少女は、たくさんいるだろう?」


「・・・ほんとに、言っちゃだめだよね?女の子に」


春馬くんは不思議な表情で笑う。


「芸能科のある学校に転校すれば、もう悪目立ちも、なくなるだろ?」


「・・・そうかもしれないけど」


「それに演技もうまいし?」


「ただの部活だよ?」


「そうだけどさ。一生懸命やってたじゃないか」


「よくみてるね」


「野球部の全員が神城さんファンだから、練習さぼって、俺まで付き合わされた」


ーのぞき。


って、犯罪だよなあ?ってぼやいてるけど、


「のぞきっ!?」


「べつに着替えとかじゃないし?ただの練習風景だよ」


といわれて安心したけど・・・。


そういえば、


「私、昼に一応、村上君に、告白したよね?」


「へっ?告白?」


「真央にー、柴原さんたちにOKさせられていたよね?」


「ああ、なんかすごい女王バチみたいな?赤木のもと彼女?」


「なんで例えが、いつも虫なの?」


「やっぱり蟻の話ききたいの?今日俺がさあー」


「どう考えても、いま必要ないよね?!」


「なんでっ?!すごい感動話なのに?!」


「ただの蟻の行列の話だよね?!」


「・・・なんでお俺の唯一の動画しっているの?」


「村上くんをみていたから」


私はじっと春馬くんをみつめた。


脳裏に真央が言った偽装彼氏の話をおもいだす。


―偽装も何も。


「過程はどうであれ、私たち彼氏と彼女に、なったよね?」


「ーたぶん?」


「そうなの!」


言い切った私に、春馬くんは、笑った。


「ほら、やっぱり、短気だ」


「村上くん限定でね」


「ーそれで?」


「東京に私が行くまで、私と付き合ってほしいの」


その時、私は付き合ってほしいとだけ伝えたけれど、春馬くんは、ぎゅっと下唇を前歯で噛んだ後、


「わかった。神城さんが東京に行くまで男除けになるよ」


そういって笑うと、夜空をみあげた。


なにかを嚙みしめるように。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ